トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Tag:自民党

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「目と耳は二つあるのに口は一つしかないのはどうして?」
「よく見て、よく聞いて、喋るのは半分でいいから。」
という話があります。本当かどうか…

先日、3Dについて書きましたが、目と耳に関しては二つあると立体感を感知できます。口も二つあったら、ステレオとかサラウンドでお話ができましたね…ちょっと残念。

立体感の他に、まさかの時の保険みたいな役割もあると思います。事故や病気で機能を失うことがあっても、片方だけでも助かれば、光や音を完全に失うことは避けられる。

鼻の穴はいつも両方通っているのが当たり前だと思っていたのですが、そうでもないようで、片方ずつ数時間交代で働くらしいです。匂いに立体感はありませんから、それでいいんですね。

二大政党制も鼻の穴みたいなものじゃないかと思います。片方ばかりで呼吸していると、いろいろ問題が起こります。今は何十年と塞がっていたほうの穴が開通したので、新鮮な解放感があります。今まで酸素が行き渡らなかったところに酸素が流れてきそうな期待感。一方、今まで酸素を欲しいままにしていたところには行き渡らなくなる。

天才バカボンに出てくるお巡りさんは鼻の穴が一つしかないので、鼻の掃除をするとき大変だと言ってました。バカバカしいようですが、これは重要なことです。暖炉を使っているときに煙突掃除はできません。鼻クソを取っている方の穴で息をすることもできません。

野党になったら、与党のときにはできなかったことをやるべきです。党としての体質改善をしなければいけません。敵の足を引っ張るよりも、自分の足元を固める時…自分の鼻クソを取る時です。
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非常にブレる方が首相をされているものだから、政治ネタも書きにくいです。国政は語るに値しないほど御粗末な状態なので、山形県政について最近思うことを書きます。

今年の一月に県知事が変わりました。それまでの斉藤知事は人柄が「冷たい」という評判で、巷では人格の戦いのような雰囲気がありました。斉藤知事が圧倒的に票を得たのは我が東根市だけでした。土田正剛東根市長が強烈にバックアップしていたのです。ところが、見事なシーソーゲームの接戦の後、現職が敗れてしまった。斉藤知事よりも土田市長の方がガッカリしたんじゃないか?と言われるほどでした。

選挙の翌日、全国ニュースを見てビックリしたのは、「民主が支持した新人が当選」という報道。そう言えば民主党がついてたんだね…と思った山形県民は多かったのではないかと思います。県立病院、県立高校、農業予算、世界遺産登録問題、副知事二人制の存廃など、候補者のマニフェスト(それから人柄?)を見て投票した人が多かったはずで、政党を意識した人がどれだけ居たことか?でも、全国ニュースとなると、「民主党が勝って自民党が負けた」ということになる。

この辺りに、国政の後進性というか、地方の先進性を感じるのです。永田町よりも山形の方がまだ進んでいるんじゃないか?と。政党などという前世紀の遺物に構ってるほど田舎者じゃない…

吉村新知事の政治ですが、「最上川の景観を世界遺産に登録しよう」という活動を辞めさせました。これ私も大賛成です。「人柄」で選ばれた人だから、切れるかどうか私は心配していたのです。

もうひとつが、副知事二人制の廃止。これは県議会の最大派閥自民党の反対で頓挫してしまいました。これも私は是非やって欲しいことだったので大変残念です。憎むべきは自民党。やはり政党というものは県政でもわざわいのもとです。

そんな中、土田市長が「今度の衆院選では近藤洋介衆議院議員(民主党)を推す」と表明しました。近藤氏は、先日、小沢代表が続投すると言ったときに真っ先に異を唱えたので、私は好きになりました。土田市長の思い切った転身に大拍手なのであります。

知事とか市長が全国的にも存在感を増しています。国政があれではしょうがない。市長にもなれないような器量の人が、お爺ちゃんが有名だったというだけで首相になってしまう。こんな自民党がぶっ壊れることを心から願っています。

東京都議会選も、東京都のいろいろな問題に対して都民が投票するわけで、政党選びは二の次だと思うのですが、結局「政党選び」として報道されるのかもしれません。ともかく、結果を見守りたいと思います。
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先日、「自民党」という大樹から離れられない議員の弱さについて少し触れました。そこで思い出したのは、私が小泉純一郎という人を素敵だと思ってしまうのはそういう弱さを彼が全く持たないからだ、ということ。

以前、猪瀬直樹さんの講演で聞きました。小泉さんが総理になるずっと前から「郵政民営化は正論だが、そんなことを言っていたら総理にはなれないですよ。」と猪瀬さんは忠告していたらしい。でも、「それでなれないのなら、なれなくていい」という考え方。

総理になってからも、郵政解散のときも、その考えを一貫して持っていたと思います。自分のポストなどどうでもいい。それよりも自分の信念の方が大切だ。政治家はそうでなくてはいけないと思う。…まあ、政治家に限らないと思いますけどね。

小泉改革の良し悪しを論じるほど政治経済には詳しくないのですが、それは別として、その精神に男惚れしています。

私は、その精神を四誓偈の中に見つけました。「皆を救えないのなら、仏になど成りません!成っても意味がありません!」という宣言。法蔵菩薩を名のる若いころの阿弥陀さま。カッコイイと思います。

仏教を熱心に信仰している人の中には、「成仏するにはどうすればいい?」とか「往生するとどんな所に行けるの?」とか「成仏すれば本当に楽になれるのか?」とか「どうすれば助けてもらえるか?」とか、そこにばかり興味関心を持つ人が少なくないように感じます。でも、それはダメな自民党議員と同じなんじゃないかと思うのです。

自分のポストに固執するようでは、国会議員たり得ないと思います。国民が苦しんでいても自分が楽しければいいのなら、やはり国会議員たり得ないと思います。

どういう段階になると、成仏と言えるかは分かりませんし、仏教界(?)でも議論が分かれているのではないでしょうか。でも、仏になっても敢えて涅槃(楽な場所)に安住せず、衆生の救済に励むのが仏の道と心得ます。だから、自分が成仏していようがいまいが、楽になれるかなれないかはどうでもいいことでなくてはいけないのではないでしょうか?

自分が成仏したかどうか気にするようでは、仏では有り得ないのではないか?他人が苦しんでいても自分が楽になれればいいというのなら、それは仏では有り得ないのではないか?であるがゆえに仏の教えは尊い。

そういう意味で阿弥陀さまにも男惚れしています。
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どうしようもない政治 に参加中!
日本の政治…本当にどうしようもない状況です。先日ふと湧いた素朴な疑問…小泉純一郎がいいと思って投票して圧勝してできた衆議院なんだから、小泉さんが総理を辞めたら解散すべきなんじゃないだろうか?総理の任期が一政党(自民党)の総裁の任期で区切られるのはおかしいんじゃないか?国会よりも政党の都合が優先されてませんか?…という疑問。

でも、これが政党政治ということなんですね。衆議院の第一党の代表が総理になるという決まりなのでしょう、きっと。だから第一党の都合が優先される。

安倍さん以来、いくら政権が傾いても、総裁をすげかえて生き延びていく。頭を変えてアンパンマンのように強くなるのならまだいいのですが、どんどん弱くなっていく。トカゲはしっぽを切って生き延びていきますが、自民党という生き物は頭を切り捨てて生きていく恐ろしい化け物です。頭を取り換えたら、普通は別人格になると思うんですが。

解散しない理由は、「いま選挙したら負けるから」の一点のようです。聞こえてくるのは「このままでは選挙で戦えない」という悲鳴ばかり。世論調査の結果に即した行動をとる議員がいると、「党として団結しなければいけない時に、勝手な!」という批判。

国民世論を全く無視していながらも強気でいられるのは、現自民党議員は「自民党」という看板を背負わない限り再選はできないから、党に盾突くことはないだろうという確信があるから。

結局、国会議員たちにも自分の生活がありますから、「国民の利益」よりも「自分の再選」の方が大事ということですね。「国民の利益が守れないのなら、自分は国会議員になれなくてもいい!」という気概が無い。国会議員に最も必要な気概だと思うんですけど…

ともかく現状は、一政党の都合だけが優先されている。それが政党政治ゆえならば、政党政治という制度自体を改めるべき時期が来ていると言えそうです。

例えば、選挙の都度、同じ考えを持った人が集まって、政策グループを作り、マニフェストを発表し、選ばれたら任期中はその実現に専念する。その政策に反対する世論が増えてきたら、議会も政策グループも解散する。…そんなやり方もあるんじゃないだろうか。

政党政治という仕組みが、民意を政治に反映させるのに有効な時期もあったのでしょう。しかし、今の日本においては明らかに違っている。国民の意見や利益よりも、一政党の都合が優先されている。

これが、この国の政治をどうしようもなくしている原因のひとつであることは間違いありません。
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憂国 に参加中!
基本的にはどっちでもいいんですが、「解散総選挙をすぐにした方がいいと思いますか?」という問いにはYesです。ところが、そう答えるとメディアから流されていることになるらしい。

私はテレビも新聞も余り見ない方なので、メディアがどっちを望んでいるかはいつも鈍感ですし、自分の意見とメディアの言い分が同じであれば支持するし、違っていれば批判もする…メディアに対しては中立(どちらかと言えば「反」かもしれないけど)だと思ってます。

メディアが解散を望んでいるのであれば、それはたまたま私の考えと同じだっただけです。それを頭からメディアに流されていると決めつけるのは短絡的だと思います。まあ、面と向かってそう言われたわけでもないんですけどね。他の人が言われているのを見て、おかしいなあ…と思いました。

そういう批判をする人が一番メディアを意識しているということだし、メディアに流されまい!流されまい!としている人こそメディアに流されているんじゃないでしょうかね…

今となっては就任直後に解散した方が麻生さんとしては良かったのかも知れない。あの頃なら、私も間違って自民党に投票したかも知れない。しかし、今となっては絶対有り得ないし、9月までに気が変わりそうにもない。

だから、国民にとっては解散しなくて良かったと思うのです。麻生総理就任直後に解散して自民党が勝っていたりしたら、あの人の政権が今年限りでは終わらなくなりましたから。経済がどん底のまま、消費税が上げられたことでしょう。

緊急事態だから選挙をしている場合ではない、という考え方もありますが、支持できない政権に甘んじる理由にはなり得ないと思います。まあ、どっちみち9月ですから、どうでもいいんですが…

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憂国 に参加中!
「何でこんな政党が与党なんだ?」「こんな政党を選挙で選んだっけ?」と不思議になって、少し過去を思い出してみました。

今の内閣は郵政選挙の結果がそのまま続いている…頭を何度もすげかえて。確かに、私はあのとき自民党に投票した。「郵政民営化大賛成!」と叫びながら、自民党の大勝に喝采を送った。

でも、違うんだ。私が投票したのは小泉純一郎に対してなのである。「郵政民営化」も大賛成ですが、あのとき私が最も支持した彼のスローガンは「自民党をぶっ壊す」なのです。自民党は大嫌いだが、小泉純一郎は大好きだ。それなのに、「自民党」と書いて投票する違和感を今でも思い出すことができる。

だからワタクシ的には、小泉純一郎が総裁を辞めた時点で、郵政選挙の結果は無効なのだ。

でも最近、「このままでは自民党は壊れてしまう」という声を聞くようになりました。麻生総理が見当違いのことばかりしているからです。就任早々に解散したら、私も間違って自民党に入れたかも知れない。でも、今となっては、冗談でも自民党に入れる気にはならない。

そこで深読みしてみました。実は麻生総理は、「篤姫」の将軍家定のように、馬鹿のふりをしているのだ。彼の真の狙いは「自民党をぶっ壊す」こと。

皮肉にも、小泉純一郎は、選挙で大勝することにより、自民党を元気にしてしまった。「自民党をぶっ壊す」ことには大失敗しているのである。

この宿願は、麻生太郎の大芝居によって、来年早々にも実現しそうな勢いである。あの男、実は、大物なのかもしれない。彼は破壊者小泉の正統な継承者なのだ!きっと!

きょうの言葉:燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや(ツバメやスズメのようなちっぽけな鳥が 鳳 ( おおとり ) の大きな志がわかるはずがない)。

…とでも考えなければ、現状を到底理解することができない。
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