トトガノート

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空海

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「空海の夢」(春秋社)
「25.ビルシャナの秘密」を読みました。

ビルシャナ仏の前身は鬼神アスラである、というお話です。古代インドからの歴史的な変遷が書かれています。元は宮坂宥勝さんの論文のようです。

《以下引用》
華厳の教主となったヴァイローチャナは、ついで密教の大(マハー)ヴァイローチャナに再昇華する。これが大日如来であった。

アスラから数えて何度目の“脱皮”であろうか。しかも今度の、そして最後の“脱皮”は顕教から密教への一大横議横行の総決算であった。それはアスラにはじまった神から仏への、また多から一への最終的跳躍を賭けた「イコンの転位」という事件であった。

そればかりではない。乱暴にいうならば、仏教は中インドから南インドあたりで形成された般若や中観の直観哲学、いわば「空の哲学」という頂点と、これにたいするに唯識哲学をも組みこんだ「悲の哲学」という頂点との、ふたつの絶穎をきわめたのであるが、密教は時代的な流れからみても、この「空」と「悲」の統合をなんとかはたさなければならないところにさしかかっていたのである。新しいイコン、大日如来の性格は、こうした空悲不二の世界観にふさわしいものでもなければならなかった。仏教史上で最も巨大なイメージをもつ華厳のヴァイローチャナが密教理念の主人公のマハーヴァイローチャナとして選ばれた背景には、こうした全仏教史の成果を包摂したいという意図もひそんでいた。
《引用終わり》

遠くは古代イラン文明から始まり、ゾロアスター(ツァラトゥストゥラ)や奈良興福寺の阿修羅までつながってくる歴史物語はなかなかおもしろかったです。

もっとも大日如来は「全て」ですから、何とつながっていようが不思議はないのですが…。

《つづく》
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「空海の夢」(春秋社)
「24.憂国公子と玄関法師」を読みました。

天長七年(830年)に『秘密曼荼羅十住心論』十巻とその要約版ともいうべき『秘蔵宝鑰』三巻を淳和天皇に献上しています。要約版にのみ挿入されている部分が「憂国公子と玄関法師の十四問答」という対話篇だそうです。

天皇に献上するものであるから、ラディカルな書き方はしていないけれども、空海の国家観がうかがえるそうです。

《以下引用》
空海がここでみせた国家観はランケやブルンチュリ以降の近代国家学を先取りしているようなところがある。みごとに国家観念のレベルを個我観念のレベルの集積としてとらえているからである。

個人の自由の成立の上に構える国家が近代国家というものであるが、それは個人主義的放縦の度合に応じて乱脈を余儀なくされる。空海はそのことを早くも平安朝の古代律令国家の末路のうちにとらえていたようだった。…王法をそのまま説くことなく、むしろ個我からの脱出をこそ説いて、はるかに密法を上においた。「国家―個我」という一直線上の紐帯を、「無我―国家」という順にきりかえてしまったのである。周知のようにマルクスはそうは考えなかった。「国家―個我」という軸線そのままにひっくりかえそうとした。…
《引用終わり》

仏教で国家を考えるということは、そういうことなのですね…

儒教は国家とか政治のあり方を説いていて政治学のようなものかと思います。社会が対象であり、国家の存在が前提にあります。しかし、仏教はもっと普遍的・根源的な思想です。科学に近い側面があります。国家の有無など必要ありません。だから、聖徳太子以来目指している「仏教国家」というものがピンときませんでした。

近代国家よりも進んだ考えのように思います。

《以下引用》
もうひとつ注目しておいてよいことがあるとおもわれる。空海は「第四唯蘊無我心」のうちに国家を説くかたわら、わが中世に流行する出家遁世の先駆をなしていたということだ。鴨長明や兼好法師、さらには西行におよぶ出家遁世の精神は、実はこの憂国公子と玄関法師の問答からも出来していたのである。

これを「無常の自覚」と言ってもよいかとおもう。すでに聖徳太子の「世間虚仮・唯仏是真」に発している日本の無常観ではあるが、これを思想の潮流にまでもちこんだのは弘法大師空海が最初ではなかったろうか。もし聖徳太子に仏教ニヒリズムか日本ニヒリズムの萌芽を認めたいというなら、私は空海こそその深化をもたらしたのだと言いたい。
《引用終わり》


《つづく》
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「空海の夢」(春秋社)
「23.マントラ・アート」を読みました。

この章は、AとBの対話形式。空海の言語思想について自由に語っているということになっています。

《以下引用》
B:一番の核心は、空海にはインドのマントラの発想と中国の文字の構想と日本のコトダマ観が混然一体となっているということだとおもう。こんな言語思想はむろんインドや中国にはなかったし、日本でもまたはじめてだった。…

A:なぜこんなことが考えられるかというと、ひとつはきっと空海が梵語も漢語も理解できたということにあるとおもう。梵語のマントラやダラニは漢訳仏典ではそのまま音写することが多い。ということはインド的マントラは中国に入って漢字の中にひそむ新しい性質をひっぱり出したということだ。古代日本の万葉仮名時代の最晩期に育った空海には、その「声から文字をつくる」というプロセスがよく見えたのだとおもう。…

B:そうはいっても、本来は果分不可説の宗教世界に果分可説の言語宗教をもちこむのはよほどのことだ。大半の仏教者が現象世界は言語にもなるが、絶対世界のサトリは言語にならないのだから大悟してもらうしかないと言っているのに、むしろ絶対世界のほうが伝えやすいと逆襲しているようなものだ。よほど真言に純粋な伝達力を認めていたのだろうか。

A:真言(マントラ)を自立させて考えていたのではないと思う。むしろ真言の一律性を最大に拡大して、身体領域から世界領域にまでおよぼした。『般若心経秘鍵』には「秘蔵真言分」の一節があるけれど、そこでは「真言は不思議なり、観誦すれば無明を除く。一字に千理を含み、即身に法如を証す」という考え方を出して、有名なギャティ・ギャティ・ハラギャティ・ハラソウギャティ・ボウジソワカという般若心経の真言ダラニを解釈している。つまりギャティ・ギャティの音に意味をつけてしまったわけだ。空海は真言を純粋培養するというよりも、そこに徹底して意味の世界を入れるということを選んだのだとおもう。…



A:はたして空海がそのように“真言の広布”を考えていたかどうか、疑問だとおもう。一を無数にふやすというより、無数を一にするようなところを感じる。…「一は一にあらずして一なり、無数を一となす。如は如にあらずして常なり、同同相似せり」同じものをクローン的にふやすというのじゃなくて、むしろ相違のあるものを丹念に同じうさせてみるという点に、空海の意図があったようにおもう。…空海が確信していたことは真言か念仏かなどということではなくて、仮にどこかに一人の真言者がいるとするなら、その一人の世界をのぞきこめばそこは無限の真言がはじまりうるということだったんじゃないかとおもう。…
《引用終わり》

このホロニクスのような考え方は華厳経で見つけたものでしょう。畳込み積分として数式でも表現できるし、ホログラムは実際に手にすることができます。特筆すべきは、ホロニクスという概念が広まるずっと昔に華厳経があったということ、そして空海がそこに着目したということでしょう。

声や文字には、発語者が意図しているか否かに関わらず、無限の要素が含まれているということでしょうか。そう考えれば、果分可説も即身成仏も、当然の帰結として導かれてくるような気がします。

《つづく》
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「空海の夢」(春秋社)
「22.呼吸の生物学」を読みました。

「内外の風気わずかに発すれば、必ず響くを名づけて声というなり」という一行ではじまる『声字実相義』が取り上げられています。その中の偈が紹介されています。

五大にみな響きあり
十界に言語を具す
六塵ことごとく文字なり
法身はこれ実相なり

そしてこれを元に、生物学か生理学の講義のような呼吸の話が結構長く続きます。

私としては、まず、量子力学を想起します。全ての物質の構成要素である原子等の現象を波動関数で解いていくわけで、これはまさに「五大にみな響きあり」です。

「響き」即ち「波」と置き換えれば、フーリエ級数はひとつひとつが単語であり、「言語を具す」という一節も技術者としてはかなりスンナリ入ります。

「六塵とは色・声・香・味・触・法のことをいう」と本書に解説があります。自分を取り巻く周囲の全ての事象、ことごとくが文字であるということになります。これは技術者のみならず研究者一般に言えることと思いますが、研究とは自分の研究対象から何かを見つけ出し解読することと言えます。

何でもない単なる模様と思われていた物が、実は古代文字で、とても高度な内容が書いてあった!という考古学の研究も、落下するリンゴの速度変化から天体の運行さえ予測できる法則性を解読する研究も、文字を読む行為(読書?)として一括りにすることができそうです。

空海という人は、いろいろなことに興味を持ち、宗教・書道・筆の制作・語学・土木・等々、八面六臂の活躍をしますが、「六塵ことごとく文字なり」として、経典に限らず、墨の香り、紙の色、毛の手触り、土の性質・等々を文字として読み、理解していったということなのでしょう。

その文字は読める人には読めるけれども読めない人は文字だとさえ思わないという点で、秘密の文字である…密教の「密」につながるところもありそうです。さらには果分可説へとつながるのかもしれません。

NHKの「こだわり人物伝」で生命誌研究者の中村桂子さんが宮沢賢治について語るのを見ました。中村さんは正に、生体の文字たるゲノムの読者であります。そして、宮沢賢治は、風の音とか星の光とか、身の周りのものから色々な物を読み取った人です。

宮沢賢治は共感覚の持ち主だったのではないか?と中村さんはおっしゃっていました。空海もそうだったのかな?と、ふと思ったりしました。

《つづく》
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以前、不殺生について考えた時から、人間は生まれた瞬間から二律背反に苦しむさだめ…という憂鬱なとらえ方をしていました。

改めて噛みしめてみて、確かに憂鬱なとらえ方が基本だとは思ったのですが、ちょっと吹っ切れたところもあって、何だか明るい気持ちにもなったのでした。

それは、「不殺生を完全に守ったら、人間は生きられない」ということは、生きること自体が破戒になるということではありますが、「生きる」を認めるなら不殺生の例外も認められるということに気付いたことでした。

人がいなくなってしまったら、仏道も修行もなくなってしまうわけです。だから、「人が生きる」ということは善悪はともかくとして受け止めなければいけない。他者を食べたり他者に食べられたりという衆生のドロドロとした営みは受け止めることになる。

そう考えると、正邪はともかく淫もなければ人は生まれてこないわけで、これも受け止めざるを得ない。で、結局、十善戒ことごとく必要悪として受け止めざるを得ない部分があるのではないか…

淫を受け止めたのが理趣経だ!という言い方をしてみると、空海という思想家、真言密教という思想に、現実的なものを感じました。

そもそも、宗教は生きた人間が修めるもの。死んで生まれ変わったところにしか希望が持てないような教えでは話にならない。つまり即身成仏を唱えなかったら、何の意味があるのか?

人間が生まれ出ることを受け止めずして何とするか、例えそれが暗いものであるにせよ。
人間が生き続けることを受け止めずして何とするか、例えそれが他者の冥い死の上に成り立っているにせよ。

この吹っ切れが結局なににつながったかと言いますと、「金を稼ぐ」ことで感じていた罪悪感を軽くしたのでした。獲物を追いかける雌ライオンのように、仕事も頑張らないといかんな…と思ったのでした。
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「21.いろは幻想」を読みました。

いろは歌が仏教の教えを踏まえているという話は前にもありました。

《以下引用》
その「いろは歌」にひそむ無常を引き出したのは、真言密教中興の祖である興教大師覚鑁だった。覚鑁は当時真言宗内部ではあまねく知られていたであろう「いろは歌」を『大般涅槃経』の偈に見立て、密教の底に流れる無常観をさぐりあてることによって作者空海説をさらに万全のものとした張本人である。覚鑁は『密教諸秘釈』第八に「以呂波釈」の一節を設けて、次のようにワリフリを行っている。

色は匂へど散りぬるを(諸行無常)
わが世誰ぞ常ならむ(是生滅法)
有為の奥山今日越えて(生滅滅已)
浅き夢見じ酔ひもせず(寂滅為楽)
《引用終わり》

いろは歌の作者が空海である可能性は低いようです。

《以下引用》
万葉仮名は漢字本来の表意性をかなぐり捨てた音読用の記号文字である。…ただ、誰もが万葉仮名を日本人の創意工夫であるとおもいこんでいるのは、かならずしもそうとばかりはいえない面がある。

たとえば『三国志』魏志倭人伝にみられる有名な卑弥呼(ヒミコ)や卑奴母離(ヒナモリ)や邪馬台(ヤマト)の漢字あてはめのアイデアは、聞きなれぬ日本語音を前にした中国側の史官の当意即妙だったとも想像される。

かれらはすでに訳しがたいインド語のボーディサットヴァ(bodhisattva)を「菩提薩埵」に、プラジニャー(prajna)を「般若」に、パーラミター(paramita)を「波羅蜜多」に音写する能力の持ち主だったのである。その「菩提薩埵」が略されて「菩薩」となってこれが定着すると、もはやボサツという音写記号はひとつの自立する生命をもった新しい言葉となり…
《引用終わり》

不空三蔵が陀羅尼を漢字で写すために、サンスクリット語と漢字との厳密な音韻の対応組織を確立したという話も以前ありました。万葉仮名はこれを参考にしたものと言えそうです。

呉音と漢音の話も興味深い内容です。
《以下引用》
日本においてはまず呉音がさきに定着して、そのあと七世紀くらいから大陸にわたった留学僧によってニューサウンドの漢音がもたらされた。…おもしろいことには、『古事記』は呉音中心の字音を、『日本書紀』は漢音中心の字音を採用した。…仏教界では伝統的に呉音を用いることを慣習としてきた。…ところが遣唐使の往来がさかんになるにつれ、新しい唐文化を吸収しようとした朝廷が、かれらのもちかえる唐音に新しい時代の息吹を感じ、僧侶や学生たちに呉音を禁じるようになってきた。唐音は漢音を主体としているので、もっぱら漢音による言語修得が強く申しわたされたのだ。
《引用終わり》

「呉音から漢音へ」という大転換方針は奈良後期からかなりしつこく通達され、その最後のピークが延暦11年に明経科学生に対する「呉音を排して漢音を習熟しなさい」という決定的な勅令だったそうです。空海が明経科に入学したのは延暦10年です。

以上のこと、お経は呉音で読まれ理趣経のみが漢音で読まれること、を合せて考えると、空海という人についていろいろと想像が膨らみます。

《つづく》
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「空海の夢」(春秋社)
「20.六塵はよく溺るる海」を読みました。

《以下引用》
われわれがつねに考えなければならない最も怖るべき問題のひとつは、「生命は生命を食べて生きている」ということにある。この怖るべき事実から唯一のがれられるのはわずかに緑色植物の一群だけである。
《引用終わり》

「生命とは何か」という問いには完全ではないながらも、科学で何らかの説明ができるようにはなってきています。しかしながら、「生命が生命を食べる矛盾」には何ら答えが見つかってはいません。

《以下引用》
…「生命が生命を食べる矛盾」は、ひとり人間のみが尊大な善人面をしていられないことを、また悪人面をしてもいられないことを、生命史の奥から告発しているかのようなのである。
《引用終わり》

人は何かを食べなければ生きられません。何かとは他の生き物。他の生き物を殺し続けながら、私たちは生きていかなければならない。

《以下引用》
…矛盾を犯してまで前進する生物史は、またあくなき冒険の歴史でもある。摂取と排泄の爆発、海中から淡水への前進、「性」の発現、水生から陸生への転換、地上から空中への飛翔、樹上から地上への逆退転――。生物史はその矛盾と冒険に充ちたプロセスにおいて、信じられないほど多くの発明をし、また失敗をくりかえしてきたあげく、結局のところはふたつの相反する特徴を残すことになったのである。

第一にはそれらの生物が共存するということ、第二にはそれらの生物は共食するということだった。第一の特徴が認められないかぎり第二の特徴はなく、第二の特徴が認められないかぎり第一の特徴も成立しない。
《引用終わり》

私たちは他の生物を殺さない限り生きられない。そして、他の生物を全て殺してしまったら、私たちも生きられない。ウイルスのモラルにも似た微妙な関係。

かの名文「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」には、この矛盾が含まれているということのようです。

『秘蔵宝鑰』を読むとき、この章を再読したいと思います。

《つづく》
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「空海の夢」(春秋社)
「19.即身成仏義体験」を読みました。

《以下引用》
…では、最も大事なことを書いておきたい。『即身成仏義』において最も注目すべき個所は「重重帝網を即身と名づく」という一行であろうということだ。

重重帝網の「帝網」とは帝釈天が世界に投じた網のことである。その帝網が重なりあい、さらに重なっている。その網目のすべてには光り輝く宝珠がついている。互いの宝珠は互いに鏡映しあっている。そのさまこそが「即身」というものだと、そう空海は言ってのけたのだ。

ここで帝網とはホロニックなネットワークをイメージすればいい。どんな部分も全体を反映しているホロンのネットワークである。空海は、そのホロニック・ネットワークの一点ずつがそのままそれ自体として「即身」ととらえたのである。

この思想的直観は、本書の最後にのべるように、世界哲学史上においてもとくに傑出するものだ。そこには現代科学の最先端のフィジカル・イメージさえ先取りされている。このイメージはのちに〈華厳から密教に出る〉の章に詳説するように、もともと華厳世界観にあったものだった。華厳世界観の前にはウパニシャッドにも芽生えていた。空海はそれをのがさなかったのである。「帝網のイメージ」は密教的生命を得ることによって現代につながったのだ。

空海はそれだけで満足したわけではない。その「帝網のイメージ」が身体のコズミック・リズムと同調していることに気がつく。身体重視思想なら密教の独壇場である。空海は「帝網のイメージ」に「身体のイメージ」をぴったりと重ねあわせた。それこそは沙門空海が若くして四国の大滝や室戸岬で感得した不二の感性の理論的再生というものであったろう。
《引用終わり》

宇宙と自己存在を語る上でいろいろな比喩がありますが、網の喩えは知りませんでした。「ネット」という点でも、現代を先取りしていると言えそうです…。

《つづく》
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「空海の夢」(春秋社)
「18.和光同塵」を読みました。

《以下引用》
…空海の神々にたいする態度はなかなか凛としている。

弘仁十年・空海は高野山の七里四方を結界するのであるが、そのときの啓白文は「敬って十方諸仏、両部大曼荼羅海会の衆、五類の諸天および国中の天神地祗、ならびに此の山中の地・水・火・風・空の諸鬼等に白さく」という高らかなファンファーレではじまっている。さらに壇場を結界するときの啓白文では、「諸々の悪鬼神等、みなことごとく我が結界するところ七里の外に出で去れ、正法を護らん善神鬼等の我が仏法の中に利益あらん者は意に随って住せよ」と、これまた決然と宣言する。神仏習合による七里結界によほどの自信があったかとおもわせる。…

…以上の高野結界にあたっての空海の活動はいわゆる和光同塵の先駆性が発揮された例として重視されるべきである。しかもこの傾向はその後もしだいに強まり、密教は日本全国の神仏習合に拍車をかける主役をになうことになる。

修験道ばかりではない。とくに台密がおこした山王一実神道や、中世において伊勢神宮の内宮と外宮を金胎両部のマンダラにしてしまった両部神道の出現はことのほかおもしろく、それこそ第七章にのべた密教のエントレインメントの特徴をよく体現したのであるが、残念ながら空海を主人公とした本書の主題からややはずれてしまうので割愛することにする。
《引用終わり》

エントレインメントとは習合のことなのかもしれません。

《つづく》
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「空海の夢」(春秋社)
「17.イメージの図像学」を読みました。

《以下引用》
…カイヨワはその著書『反対称』のなかでこのように書いている。「確立された完全な対称の中に、部分的で偶発性のものでない破壊が突如として生ずることがある。この破壊はすでに形成されている平衡を複雑にする。このような破壊が厳密な意味での反対称である。反対称は、結果として、反対称が生じた構造あるいは組織を豊かにする。すなわちこれらに新しい特性を与え、より高度の組織の水準に移行させる」。…

マンダラにもそれがあてはまる。マンダラが全体においては大同の対称性を求め、かつ部分においては小異の反対称を演じているという知られざる秘密をこめていることは、「ゆらぎの科学」が発達するにつれ、今後さらに興味深いテーマになってくるにちがいない。
《引用終わり》

この文章が書かれたのは、プリゴジンの散逸構造論が注目を集めたころだったろうと思われます。「ゆらぎ」は扇風機の制御にも使われ、とても身近なものになりました。「ファジー」はボケたときの言い訳によく使われました。

昨年これを語るなら、益川敏英先生らの「対称性の破れ」が使われたかもしれません。

《以下引用》
さきに、空海は『即身成仏義』において「須弥山=宇宙身=マンダラ」という等式を発見したと書いた。空海は須弥山を六大に同定したのである。これを一口に「随類形の構想」と名づけてもよいかとおもう。

随類形とは類にしたがって形をあらわすこと、仏教用語では所生、すなわち「生みだされるもの」の意図である。空海は六大を能生、すなわち「生みだすもの」ととらえ、その六大が四種法身とマンダラと三種世間を生みだすと考えた。六大という能生によって、マンダラなどの所生がもたらされていることである。ソシュール言語学でいうのなら、所生を「シニフィアン」(指し示すもの・意味するもの)と、能生を「シニフィエ」(指し示されるもの・意味されるもの)とみなしてもいいだろう。しかも空海にとっては、この能生と所生は不即不離なのである。マンダラは「生みだすもの」と「生みだされるもの」の関係の同時性のうちにとらえられるべきものだったのだ。日本語にもしばしば「造作なく」という用法がつかわれる。造(な)すというも作(な)されるというも、これは両義的な象徴表現である。空海はそこを一口に「法爾の道理に何の造作かあらん」と書いていた。
《引用終わり》

この世はすべて造作ないこと。造作なく生きればいい…。

《つづく》
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