「自己認識への道」(法蔵館)
「第二部 トマスの福音書 真知の覚―自己認識と神認識」の「第四章 永遠の故郷」を読みました。
人間には外なる人(homo exterior)と内なる人(home interior)があるという、キリスト教独自の人間観があるそうです。これを理解するには、エックハルトの「ドアと蝶番」の説明がいいとのこと。
《以下引用》
…外側では生死、幸不幸、喜悲、愛憎、得失…と、ドアが大きく左右に振れるように、良いこと悪いこと、さまざまなことが絶えず起こっている。そして、この比喩が優れているのは、内側を蔑ろにして、外側へと向かえば向かうほどドアが大きく振れるように、二元性はその対立を深め、先進国に見られるように、社会の歪と矛盾はますます混とんとしたものになっていく。しかし、どんなに外側が揺れ動いても、それを支えている蝶番は何事も無いかのように、いつも変わらず不動を保っている。
《引用終わり》
ドアが激しく右往左往すればするほど、遠心力でますます外側に行こうとする…そんなところも、この比喩の優れているところかもしれません。
《つづく》
「第二部 トマスの福音書 真知の覚―自己認識と神認識」の「第四章 永遠の故郷」を読みました。
人間には外なる人(homo exterior)と内なる人(home interior)があるという、キリスト教独自の人間観があるそうです。これを理解するには、エックハルトの「ドアと蝶番」の説明がいいとのこと。
《以下引用》
…外側では生死、幸不幸、喜悲、愛憎、得失…と、ドアが大きく左右に振れるように、良いこと悪いこと、さまざまなことが絶えず起こっている。そして、この比喩が優れているのは、内側を蔑ろにして、外側へと向かえば向かうほどドアが大きく振れるように、二元性はその対立を深め、先進国に見られるように、社会の歪と矛盾はますます混とんとしたものになっていく。しかし、どんなに外側が揺れ動いても、それを支えている蝶番は何事も無いかのように、いつも変わらず不動を保っている。
《引用終わり》
ドアが激しく右往左往すればするほど、遠心力でますます外側に行こうとする…そんなところも、この比喩の優れているところかもしれません。
《つづく》