トトガノート

All about TOTOGA

病気

ガッテンのダイエット決定版を見ました。体重を毎日測り、運動してカロリーを消費するとともに食欲を減らす、ということでいいようです。今年も春のドックまで、秋から正月にかけて増えた体重を戻したいと思います。

人に尋ねられて「運動なしのダイエットって現実に有り得るのか?」と考えたことがあります。一つだけあると思います。それは「病気になる」ことです。もちろん、体重が増える病気も有りますから、そこは選ばないといけませんが…

何かを食べてダイエットに成功したという話があります。でも、その「何か」に効果があったわけではないということを示す実験が今回のガッテンSPでも紹介されていました。ガッテンの場合は「測るだけダイエット」を加味しなければ成功しませんよ…ということでしたが、もうひとつ成功する場合があって、それは「何か」ばかり食べるという偏食によって「病気」になった場合です。

痩せる薬を飲んでダイエットに成功したという話もあります。でも、いちばん印象的だったのは、漢方薬かなんか怪しい薬を飲んで、心臓がバクバクになって、基礎代謝が増えて、痩せたという話。亡くなった方もいたはずです。これは、薬によって「病気」になった場合です。

運動もせずに、病気もせずに、食べるだけ食べて痩せるというのは、エネルギー保存の法則とか質量保存の法則が成り立つ世界に住むかぎり不可能だと思います。

これを超越する方法があったら、誰か教えて下さい。
《トトガメモから転載》
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 45ページに「病気して死ぬだけのじぶん」という言葉が出てきます。病気して死ぬのを待つだけの人生に何の意味があるのか?非常に重い疑問だと思います。

 そもそも、人生に意味があるのか?という疑問の答えを私は知りません。漫画『浮浪雲』の中で、「人生に何の意味もなし!ただ生きるのみ」という一節を見つけた時に、ホッとした記憶があります。人生には、もともと意味が無いのでしょう。意味があるにしても私たち人間には理解できない次元の問題だと思います。

 それは老若男女で事情は同じなのですが、若いといろいろやりたいことがあり、恋人がいたり、子供がいたりで、ゆっくり考える暇が無いし、体の衰えも自覚されないので、悲嘆することは余りありません。しかし老いてくると、友達もひとりひとり去って行き、日々からだの衰えも感じざるを得ず、この重い疑問が毎日のしかかって来るのでしょう。

 だからこそ、老いた身で生きていくことは大きな意味があります。この疑問の重さに耐え続けているということだから。でも、こんなことを言ってもお年寄りの慰めにはなりません。「どんな言葉をかけてあげればいいのか・・・」そんな疑問に悩みながら、そして答えなど見つかりそうもないことに半ば気付きながら、私たちも老いに一歩づつ近づいていきます。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 42ページに「何で死ねばいいんだい」という言葉が出てきます。健康教室では「こうしてはいけません。こんなの食べてはいけません。やめないとこうなります」ということばかり教えてくれますが、どんなに健康を心がけても、誰でもいつかは死ぬわけです。死に方は教えてくれないのかい?という疑問が生じます。

 高齢になって、しだいに機能が衰えて、トイレに行くことも大変になって、ちょっと休養を取るつもりで病院に入院したお爺さんが、そのまま帰ってきませんでした。病院で肺炎になって(院内感染だ!)衰弱して、ベッドに縛り付けられたまま、酸素吸入や強心剤で長生きさせられる。家族も本人もつらそうで見ていられませんでした。病気らしい病気をせずに健康で長生きし、老衰で亡くなることが理想とされているのだと思うのですが、この理想的なプロセスを通った筈のこのお爺さんがいい死に方をしたとは思えないのです。

 積極的に戦略を立てて死ぬ、ということがあってもいいのではないかと私は思っています。社会的に責任のある立場を退いたら、苦しまずに死ねる病気を選ぶ。定期的に健康診断を行い、自分が志望する病気になれるように意図的に不健康な部分を作り、その病気に関しては一切治療を行わない。死ぬまで治療を拒否すれば、健康保険を使わないから社会に迷惑をかけることも少ない。そんな都合の良い病気はないものか、探しているところである。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ