トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Tag:異常気象

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今年のサクランボ、特に佐藤錦は最悪でした。農家の方がサボったわけでも精進が悪かったからでもありません。ひとえに天候のせいなのです。

ここ何年かは、さくらんぼの花の咲いた日が寒くてハチが飛ばなかった、ということが悩みの種でした。ハチそのものがいない、という問題も昨年は起こりました。受粉がうまくいかないので、実が少なくなります。これは、たった2,3日の天気に左右されるということになります。

今年は、この点だけは恵まれました。6月1日には「今年はサクランボ豊作」という発表がありました。「量」という点では、この予想は当たりました。でも、「質」という点で、最悪でした。

さくらんぼの「質」が決定するのは、収穫前の約2週間くらいの天気ではないかと思います。赤く色づいて、糖度が増していく…これは紅葉と似た仕組みらしくて、一日の温度差が決め手になります。

今年は、朝が冷えなかったのです。霜に悩まされることもあるのに、今年は寒くなかった。曇りや雨の日が6月下旬に続きました。6月いっぱいは色も味も付きませんでした。

でも、サクランボは6月の商品です。7月には別の果物の出番になります。色や味はどうでもいいから、早く出してほしいという要請がありました。色も味も無い佐藤錦が店頭に並ぶことになりました。赤い佐藤錦もありましたが、これはおそらく農薬で色を付けたものです。ですから、味は伴わない。スモモや梅の実を食べたような酸味があったはずです。

多くのさくらんぼ農家の収入源は、贈答用として、直接注文いただくものです。毎年同じ方に食べていただきます。値段も相場に関係なく一定にしている場合が多いと思います。安定した収入源になりますので、農家の人はこういうお客様を大切にします。

今年が、上記のような状況でしたから、少しでも例年に近い佐藤錦を食べていただきたくて、色と味が付くのを待ちました。出荷できるようになったのは7月に入ってからでした。

佐藤錦は酸味が強いのだと思います。しかしおいしい佐藤錦は、その酸味を蔽い隠し、しつこいとさえ思わせるほどの甘味があります。この強い酸味と強い甘みの共存が、佐藤錦のおいしさだと思います。今年はこの甘味が十分ではありませんでした。

紅秀峰という品種もあります。この品種は酸味が無いのだと思います。だから、酸っぱいのが嫌いな人にはお薦めです。今年もそれほど遜色ない味が出ていたと思います。でも、酸味と甘味の併存する佐藤錦が好きな私には全然物足りない。

ほんの数日間の天気で出来栄えが大きく変わるサクランボ。異常気象が続いてますので、これからもどうなるか分かりません。

こういった事情は県内でさえもなかなか報道されないようです。今年のさくらんぼを食べて、山形のサクランボを嫌いになる人がいないようにと筆を執った次第です。
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天気屋になった天気を「異常」と呼ぶ心理…妄念の一端を垣間見る気がします。

そもそも、この範囲内にいますという保証が全くないものが、自分たちが勝手に決めた範囲から逸脱しそうになると、大騒ぎを始める。

天気の問題でさえ、「温暖化」という名のもとに、やれ発展途上国が悪い、やれ先進国が悪い、という醜い争い。

おそらく人間は、無意識のうちに、あらゆることに対して、こういうことをやっているんでしょうね…

例えばアメリカとか中国のような外国、例えば総理大臣のような政治家、例えば仕事で関わる人たち、例えば友人とか家族…

勝手に範囲を決めて、押しつけていませんか?

法律のように、みんなで相談して範囲を決めて、それを守らなかったらどうするかということも決めたものならば、まだいいでしょう。でも、それさえも絶対ではないということは覚えておくべきでしょう。

そういう「範囲」、「形」「虚構」というようなものを一切ナシにして、あらゆるものを一旦は受け入れるべきなのでしょう。

そうでなければ、例えばテロリストを救うことはできません。

それは、テロ行為を是認するとか、許容するとか、宥和するとか、そういうことではありません。最も悲しいケースのひとつとして、その人がそんなふうになってしまったこと、他の人もそんな風になり得ることを受けとめるということです。

それはとても難しいことだけれども、それが大乗が「大」を名のる所以だと思うし、であるがゆえに尊いのだと思う。
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異常気象と最近よく言われます。先日、九州に雪が降りました。何十年ぶりかの降雪量だそうです。それをニュースで見ると、山形の人まで言い始めるのです。「こんなに雪のひどい所には住みたくない!」

あのね、久しぶりに雪が降ったのは九州ですよ。大雪が当たり前の山形なのに九州と同じくらいしか降ってないじゃないですか!夏は台風が来なくて、山形は良いところだと言ってたじゃないですか!

夏と言えば、山形の日本最高気温の記録が破られたとか破られないとか、報道されたことがありました。その日もそうでした。「こんな暑いところには住みたくない!」

あのね、今日暑かったのは岐阜かどっかだったんだよ、山形じゃないの!だから記録破られたんでしょ。山形はたいしたことなかったの!

人間の記憶というのはいい加減なものです。よその地域で「観測史上初」と報じられると、90歳にもなるお婆ちゃんが「確かに、こんなの初めてだよ」と言うのです。

でも、気象が異常だと言うのはどういうことなんでしょうね。記録を取り始めたここ数十年の傾向を「正常」と決めて、お天気があたかも「正常」な範囲内におさまっていなければいけないかのように決めつけているわけです。範囲内におさまらない変化が起こると、「異常」だという。

変化して止まない人のことを「天気屋」という癖に、本家本元の天気が「天気屋」になると、「異常だ!異常だ!」と騒ぎ始める。

そもそも自然とは、無常なのです。正常も異常も無いのです。地球はこれまで火の玉だったり氷の玉だったりしてきたのです。つい最近になって、人間が住めるくらいの気候がちょっとだけ続いているに過ぎないのです。

電気屋じゃあるまいし、気象に3年保証も5年保証も無いのです。

それなのに人間は、無常なるものを恒常と決めつけ、それを前提に全てを組み立て、勝手に先走っている。恒常という虚構妄想)が崩れたとき、「異常だ」「想定外だ」と言って混乱し、苦悩を深める。

ゆえに、より賢い人ほど、より大きなバカを見る…
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