トトガノート

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本当

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つらいことばかりで何もいいことがない。何をしてもうまくいかない。そして理不尽なことばかり横行している。この世を憂き世(浮世)とは、よく言ったものです。

そんな逆境の中で、希望を捨てず、明るい明日を信じて、夢に向かって頑張り続けるには、どうしたらいいでしょうか。憂き世と呼びながらも、この世を諦めることなく、私たちの祖先はどうやって頑張ってきたのでしょうか。

それは「本当はいい世の中なのに…」という宇宙モデル(!)を心に描き、共有していたからではないかと思います。もちろんそれは仏教信仰の中から、知らず知らずのうちに芽生えていったものだと思いますが。

本当は、この世は極楽浄土なんだけど、現状はそうなっていない。だからみんなでこの世を極楽浄土に近づけようよ!という共通認識を持っていたから、頑張れたんじゃないか?

それが仏教の重要なエッセンスのひとつだとすると、たとえ仏像に手を合わせなくとも、この宇宙モデルを常に頭に描いておけば、だいたいOKじゃないだろうか?

先日、「「哲学としての仏教」が示す宇宙観・人間観を身につけることで、なるべく動じない心が養われていくように思います。」と書いたのは、そういうことです。

「本当はいい世の中なのに…」と捉えることによって、つらい憂き世を諦めない道もあるのかもしれない…

それはそれこそ悟りの道。遠く険しい道でしょうね…

《つづく》
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確か公文の本の中で見つけたと思うのですが、「本当はいい子なのに…」という気持ちで子どもを叱ると良い、という説があります。

長女を叱るときに試してみました。
「本当はいい子なのにね…本当はこんなことしたくなかったのにね…間違ってしちゃったんだよね…」と言って抱きしめたら、暴れていた娘が私の腕の中で泣いていました。余りの効果にビックリ!

もちろん、人によるみたいです。長女は特別ナミダもろいので(私に似た?)。次女には効きません。次女は、
「だって、○○だったからしたんでしょ!」と言い訳にならない言い訳を繰り返して暴れ続けます。そもそも次女は他人の言葉に耳を貸しません。

この「本当はいい子なのに…」という捉え方は、「罪を憎んで人を憎まず」とも似てますね。これって、結局、仏教から来てるんじゃないかと最近思います。

本当は人間は清らかな存在。それが妄念の雲に包まれて、本来の生き方を見失ってしまっている。これが仏教の基本的な捉え方のはず。

「本当は」というところがポイントだと思います。これから一生、ずっと悪いことしかしない子かも知れない。それでも「本当はいい子」となると、「本当」って何なんだ?という気持ちにもなるのですけど。

でも、子どもに限らず、人間を信じるってそういうことですよね。いいことなんかひとつもしてないような極悪人を前にしても、「本当は…」と言えるかどうか。もちろん冤罪で捕まっている人ではなくて、本当(!)にヤッてしまった人に対して。

信じるとは本当(!)に難しい…

でも、人間が人間を信ぜずして、どうするんだ?とは思ってます。まだ、実践は出来てませんが。まずは我が娘からということで…

《つづく》
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