トトガノート

All about TOTOGA

重い話題

池谷幸雄さんが東根で体操教室をして下さったのは、去年の10月4日でした。一緒に写真を撮って下さった上に、サイン入り色紙まで下さいました(特に頼んだわけでもないのに)。バック転も披露して下さいました。

そのときにおっしゃったのです。「選挙に出たりするかもしれないので、その時はヨロシク」と。冗談だと思ったので笑いましたが、そうじゃなかったんですね国会でもバック転するんでしょうか。

福田政権の時に衆議院と参議院の意見が揃わないのは異常だということが言われました。でも、それは自分を客観的に見れていない首相の言い訳です。衆議院と参議院の意見が分かれて、議論が尽くされることこそ望ましいこと。そうでないと独裁の危険すらある。

ですから、この次の参院選で民主党が負ければ、ただでさえ進まない国会はますます空転するでしょう。しかし、たとえまとまらなくとも、国民の種々雑多な意見は国会にも存在しなければいけない。つまり「空」の状態でなければいけない。その中から政策を捻り出すのが民主主義たるもの…。

衆議院は民主党が多数なのですから、参議院は負けてもいいでしょう。小沢さんがそのままだということは、民主党も覚悟しているのかもしれません。

小沢さんの傲慢な態度は目に余るものがありました。今のままでは、民主党に投票することは、私にはできません。といって、自民党は論外。新党というのもどうなんでしょう…。またまた、選択肢のない選挙になりそうです。
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「美は乱調にあり」をもじりました。オリンピックについてです。バンクーバー、終わりました。

前回のトリノオリンピックの時にも、冷めた意見を書いているのですが、テレビを見ると、どうしてもしらけてしまうのです。出場選手みんなが金メダルを取れるような報道しかないですから…。

結果として、金はゼロだったわけですから、あの数々の熱のこもった解説はなんだったのだろう…と思ってしまう。

もちろん、競技をする前から「ダメだろう」的な発言は、士気に関わるし、応援している人たちにとっては不愉快だし、ある程度は慎むべきです。でも、金が難しいという冷静な分析&解説は、もう少しあってもいいんじゃないだろうか。

前向きなだけの論調は、偏向としか言いようがなく、聞いていて気持ちが悪いのです。

以前は、オリンピック選手に対して、国民が辛く当たった時期もあったようです。期待に答えられず、自殺に追い込まれた選手もいたようでした。その反省もあるのでしょうけどね…。

その時期の論調を「冬」としたならば、今は「春」なのでしょうか、「夏」なのでしょうか。金メダルへの哀愁は「秋」でしょうか。

「冬」の論調の人もいれば、「春」「夏」「秋」の論調の人もいる…そんな、四季が混じった報道が一番健全だと私は思うのですが、「春」は飽くまでも「春」、「夏」は飽くまでも「夏」。「冬」を一切語ることを許さない論調(風潮)は、やはり国民性なのでしょうか。

スポーツに限らず、政治評論とかもそうです。これでは、言論の自由も無いような気がします。
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山一証券のドキュメントだったと思います。ある日、突然、社長が叫ぶ。「これは倒産ということなのか?」…あのような大会社が、いつの間にか倒産していたというのです。日本を揺るがす大事件が、社長も気づかないほど静かにやってくる。

先月、昨年8月のNHKスペシャル「海軍反省会」を再び取り上げた番組を見ました。戦争さえも静かに(さりげなく!)やってくることが示されていました。海軍と陸軍の張り合い。組織の中でそれぞれの思惑を通すための策略の積み重ね。個々の策略は全てが戦争を志向していたわけではありません。むしろ勝てる見込みはないということで、反戦の動きさえも少なくなかった。それなのに…

策略の積み重ねは、今日、どこの組織でも日常的に普通に繰り広げられています。勢力争いとか、面子とか、意地の張り合いとか、そんな人間のちっぽけな感情も、つもりつもって思いもよらぬ方向に転がっていくことがあるようです。

反戦運動さえも、戦争への引き金になるポテンシャルを孕んでいる…

戦争を志向しないベクトルだけを集めたのに、全部足し合わせたら、バッチリ戦争を指し示していた!なんてことが有り得るようで、とっても怖い話です。
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爆笑問題 に参加中!
NHK「爆笑問題のニッポンの教養#96」(12月15日放送分)を見ました。生物学の中垣俊之先生でした。粘菌の研究をされている方です。

とにかく驚いたのは、あの粘菌という奇妙な生き物、単細胞生物だったんですね。しかも、結構いろんなことを考えているらしい。

一時間ごとにある刺激を与えると、その周期性を憶えて、予測するらしい。迷路も最短経路を割り出すことができる。

意識と言うほどのものは無いんでしょうけど、無いと断定もできない。今のところ私たちは、脳の中でのシナプス結合を基にした活動が思考とか意識につながっていると考えています。でも、細胞ひとつだけでも結構なことができるとすると、果たして本当にそうなんでしょうか?と考えてしまいます。

私たちの体の細胞ひとつひとつも何かそれぞれ考えているんだろうか?「私」というのは個々の細胞の集合意識なのだろうか?それとも神経細胞たちの共同作業としての「私」と、個々の細胞の中の「私」は別個に存在するのだろうか?

単細胞生物だった頃にお互いが相談しあって、「私たち大勢が集まって共同生活しませんか?」ということになり、多細胞生物になったのかもしれません。人間一人を構成する細胞たちの数は、地球上の全人口よりもずっと多いはずで、大変複雑な社会が構築・運営されていることになります。

「私」は、その上にいつの間にか宿り、乗っかっている存在。沈黙する細胞たちの意に反した生活をすると病気になるのかもしれません。

こんな大きな社会の上に、それを前提として生きている私たちは、少なくとも社会性を指向するのが当然と言えるかもしれません。反社会的思想・行動をする者は、その体を構成する細胞たちもバラバラになって、粘菌生活(単細胞生物としての生活)をおくるべきなのです。

多細胞生物は社会(ポリス?)的動物である…

《つづく》
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爆笑問題 に参加中!
NHK「爆笑問題のニッポンの教養#94」(12月1日放送分)を見ました。死生学の清水哲郎先生でした。

「死とは別れなのか?」と疑問を持ってしまうようなエピソード。太田さんの知人でお笑い芸人だった人ですが、その人が亡くなってしまった時のことだそうです。その人には恋人がいて当然悲しんだわけですが、その後に安心感を得たそうです。

死によって、彼の人生は完結・完成した。「彼」という存在は不変であり、病床の彼と一緒に過ごし、死を看取ったという思い出もまた不変である。その思い出を常に抱いていられることは、むしろ「分かれ」というよりは「一体感」である。

生きていれば、不変ではありません。たとえ恋人であろうと、自分の知らないところで自分の知らないことをし、常に変化している。それが生きるということ。

一方、離婚してしまった田中さん。豪邸に一人暮らしだそうですが、奥さんを亡くしてしまったような感覚に似ているとのこと。愛し合っていた時期があったことは間違いないわけですが、田中さんを愛していたその時の彼女はもういない。

生きるということは、無常ということ。一瞬一瞬、死んでは生まれ変わっているようなもの。

実際問題、脳のシナプス結合が常に変化している以上、その人の人格も一瞬一瞬変化している。呼吸や食と排泄は体を構成している分子を交換することであり、やはり一瞬一瞬変化している。

生と死は表裏一体。全くもって不可分だということですね…

《つづく》
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NHK に参加中!
NHKスペシャル「立花隆思索ドキュメント」(11月23日放送分)を見ました。大変衝撃的だったのは、がん細胞と正常細胞との見分けが非常に難しいということ。

顕微鏡で見れば一目瞭然というわけではない(もちろん爆発的に増殖してしまえば、その限りではないでしょうけど)。

がんになってしまったら頼れるのは自分の免疫(!)とばかりに免疫を高めると言われる健康食品を摂る人は多いです。他ならぬ立花隆さんもその一人でした。ところが、免疫系の代表選手たるマクロファージはがんの転移を手助けしているらしい!

とんでもない裏切り行為!?というよりも、免疫系すら見分けができないということなのです。

がんは、体の中で、正常細胞とほとんど同じようになりすましているのです。体の中の正常細胞をバックアップする全てのシステムを、がん細胞も利用しているのです。抗がん剤とはこのシステムを阻害する薬なので、そのシステムにバックアップされていた正常細胞もがん細胞と同じように衰弱してしまいます。

がんに関する研究は数十年の間にずいぶん進歩しましたが、それは「がんとは何か?」という研究であり、「がんを治すにはどうするか?」という研究はほとんど進んでいない、ということでした。

がん患者としての立花隆さんの結論:「次の検査で転移が見つかったとしても、私は抗がん剤の治療は行わない!」

番組には山中伸弥博士も出演されました。博士が研究されている人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体のいろいろな臓器になり得る万能細胞で、人工的に作り出したものです。

こういった万能の幹細胞がもともと生体内に備わっていれば、体中のあらゆる部分がトカゲのシッポのように切断しても生えてくるようになります。そうすれば、我々はもっともっと長生きできたはず…

でも、山中博士は「そうではない」とおっしゃいました。幹細胞とはがん細胞のようなものである。幹細胞を作るということは、がん細胞もどきを作るということ。我々の体に幹細胞が備わっていたら、我々は今よりももっとがんになりやすくなり、短命に終わるでしょう…と。

受精卵は爆発的に増殖していきますが、やがて成長とともにその増殖プログラムは封印されます。これを人工的に解錠したのが「iPS細胞」、自然に開いてしまったのが「がん細胞」と言えます。

神の如き「かん細胞」と悪魔の如き「がん細胞」…その違いは小さな濁点のようにわずかなものなのです。

12月9日付の日本経済新聞に大阪大学の研究成果が載っていました。がん細胞をiPS細胞に変化させると、もともと持っていた「がん抑制遺伝子」の働きが強まり、悪性度がほぼゼロになるとのこと。

まさに、「がん」から濁点を取り除く技術。がん細胞にも更生の可能性が出てきました。
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結婚 に参加中!


ちょうどひと月前のことです。親戚の結婚式に行ってきました。親戚と言っても本人と顔を合わせたことはありませんでしたし、自分の結婚式は済み、友人の予定もなく…特に深い感慨も無く参加しましたが、逆にくつろいだ感じで心地よいひと時でありました。ただ、ズボンがきつかった、ホック外してるのに!

特に気づいたこととしましては、「幸せ!幸せ!」と余り言わなくなったような気がしました。スピーチでは、むしろ「結婚生活はいろいろなことがありますが…」的な内容が多く、祝賀会というよりは壮行式という感じさえする。

驚いたのは、天童市長が「選挙に出馬すると妻に言いましたら、すぐに離婚すると言われました」とおっしゃったこと。もちろん、「何度も自分の気持ちを説明して理解してもらって離婚はしなかったから、お互いに話し合うことが大事だよ」という話でしたので、これからのスタートを前に二人の気持ちを引き締めるという意味では良い話なのですが…。披露宴のスピーチで「離婚」という言葉は絶対禁忌だと思っていたので、驚きました。

それだけ、結婚の厳しい現実に触れずにはいられない時代だということでしょう。

さて、前置きが長くなりましたが、先日の3Dの話が結婚のスピーチのネタになるんじゃないかと思いましたので、書いてみます。


立体感は、右目と左目で違った見え方をすることで生まれます。右目と左目が全く同じに見えていたのでは、立体感は生まれません。右目の見え方も左目の見え方も尊重し、見え方の違いを大切にすることによって、一つの目では見えなかったものが見えてくるのです。

だから、相手の考えが自分と違うからといって封じ込めてはいけないのです。違うからこそ大切にしなければいけない。性格の不一致、価値観の不一致、人生観の不一致…etc.があればこそ一緒にいる意味があるのであって、別れる理由にはなりません。毎日毎日、小さなことも話し合って、お互いの違いを見つけ合い、指摘し合い、尊重し合うことこそ重要なのです。

長い人生の中には、片方の目が病気で働けなくなることもあるでしょう。あるいは視野が狭くなって、大切なことを見落としたりすることもあるでしょう。それでも両目が補い合えば、大抵のことは乗り越えられるのです。


いかがでしょう。ちなみに、耳でもいけそうですね。とか手とか足とかも、できないこともないでしょう…良かったら、お使い下さい。
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科学 に参加中!
新型インフルエンザの流行で、ウイルスというものに皆が関心を寄せました。解説するテレビ番組も多々ありました。説明の仕方も微妙に違ってたりして、いくら情報を集めても戸惑いは解消しませんでした。一番の迷解説者は舛添さんだったと思いますけど。

ウイルス…生物とは呼べないシンプルな構造だけれど、遺伝情報を持ち他者に取りついて増殖していく…不思議な存在。

「何を目的に生きているんでしょうか?」という質問もありました。脳を持たない存在に目的意識があるのか?生きていると言っていいのか?質問にさえ疑問が湧いてくる…不思議な存在。

「人間を皆殺しにして、世界制覇を企んでいるんでしょうか?」という奇抜な質問もありました。

それに対する有識者の回答。
「いいえ。ウイルスは、人間が死ぬことは望んでいないはずです。取りついてる人間が死んでしまえばウイルスも死んでしまいますから。取りついても、全然人間に影響が無いようなウイルスが一番生存しやすいウイルスです。」

そんなふうに解説されると、悪い奴じゃないような気がしてくる。悪気はないのに自分が増殖しようとすると、人間が熱を出し咳をして、もがき苦しむ。それは自分の住環境が衰弱することでもある。奴らは我々人間と運命を共にしている?

人間に悪さをしない奴ほどウイルス界でも優等生!ということになると、生きているとも言えない、考えているとも言えない、そんな奴らにもモラルがあるように見える。殺人は、ウイルス界でもモラル・ハザードなのである。

さて、我々人間はどうなのか?地球を壊滅させて、宇宙制覇でも狙っているんでしょうか?霊長類という名誉ある生き物を自負し、脳という器官を有して複雑な思考繰り返している我々が、ウイルスと同程度のモラルを守れずにいるとは!

ウイルスには殺意をもつ能力(脳)もなく、責任能力もありません。人を殺したと言っても罪に問えるものではありません。しかし、人間が地球を壊滅させた場合は間違いなく有罪になりそうです。
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どうしようもない政治 に参加中!
NHKスペシャル「永田町・権力の興亡」(11月1日より三夜連続放送分)を見ました。宮沢内閣滅亡(!)後の16年間の政治の駆け引きを、国会での多数派工作に終始した部分に焦点を当ててレポートしたもの。小沢一郎、細川護熙、村山富市、武村正義、野中広務、森喜朗、亀井静香、加藤紘一、菅直人、前原誠司、安倍晋三といった人々にインタビューを敢行し、「今だから話すけど…」というのを語ってもらった番組でした。

安倍・福田・麻生という内閣は、ただ与党であり続けるためのものだった。頭であるはずの総理大臣が実質はトカゲのシッポ的存在だった。ただ体裁だけのために存在していて、切り捨てても何の支障もない存在だった…ということを以前書きました。でも、これは、細川内閣誕生の頃から始まった政治手法だったようです。そして、その興亡の渦の中には、常に小沢一郎という男がいた。

上記の人々、謙虚と言うか正直というか、「そのときは与党になるために(あるいはあり続けるために)そうするしかなかった。それ以上の大層なことは何も考えていなかった。」ということを口々に言っていました。

「与党になること、あるいは与党で居続けること」が政治の至上命題だった。そのために国会での多数派工作に夢中になっていた。思想・信条・主張とか全く関係なく、手を組めるところとは誰とでも手を組んだ。そのためには、脅し・騙し等々手段は選ばない。ゆえに、与党になった瞬間、何をしたらいいか分からなくなる…

バカ野郎!というより、覚醒剤をやめられない人みたいで、可哀そうな人たちだなと思いました。

本来の政治は目的ではなくなっているのですから、官僚にやってもらうしかなかったんですね。そうなれば、官僚も自分たちの老後のために、いろいろな仕組みを作るのは当たり前かもしれません。

ずっと、政界をかき回してきた小沢一郎。これまでにも何度か与党の中にいたこともありますが、なかなか思い通りに事は進まなかった。「今回は、日本という国にとっても最後のチャンスだし、僕にとっても最後のチャンス」と、しきりにおっしゃっていました。

民主党はこれまで野党だったと言っても、小沢一郎のように与党経験者はたくさんいます。全くの素人集団ではない。平家物語の平家の如く堕落していく自民党を見ながら、ずっと鼻をほじってきた人たちです。政権交代直後に打ち出された数々の政策は(その後の些事はともかくとして)、まずまず悪くないと私は思っています。

とにかく実現して欲しいのは政治主導です。トカゲのシッポに成り下がった現状を、なんとか本来の姿に持って行って欲しい。官僚を政治家が束ね、政治家を国民が評価するという形に持って行って欲しい。これが、これから数十年の政治の潮流になるように、我々も頑張らなければなりません。
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ブログネタ
科学 に参加中!
NHK「爆笑問題のニッポンの教養#87」(10月13日放送分)を見ました。細胞シート工学の岡野光夫先生でした。

「体の部品交換ができればいいんだけどね…」とつぶやくお年寄りは多いです。絶対にできないという前提で、冗談としておっしゃるわけですが、「もう少しでできそうですよ」ということになったら、むしろ複雑な気持ちになるんじゃないでしょうか?

細胞シートということで、薄いシート状に細胞を作っていく技術。ラットの心臓のシートがピクンピクンと動いている映像は、ショッキングでした。角膜に関しては、人間で既に何例か手術例があって、経過も良好ということでした。だから、決して未来の話ではない。

ただ、角膜とか関節軟骨とかくらいなら抵抗はないですけど、最終的には脳に行くと思うんですね。例えばパーキンソン病ならドパミンを産生する組織を移植すれば治りそうです。その辺りから少しずつパーツ交換技術は脳の中に入り込んでくると思うんです。脳梗塞でやられた組織だけちょっと交換とか…

かなり複雑な気持ちですね…そんなにまでして生きたいのかよ?なんて思うのは他人事だと思っているからでしょうね。医学の進歩と、素直に喜ばなければいかんのだな…

《つづく》
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