*** The train which we get on is going to Moscow. ***

信市郎さんがマッサージ師だったということが判明した翌週、施術する部屋に行ってみると、彼は壁を背に座っていた。その目は遠くを見つめていた。そう、時空を超えた遠くを。

「燃えている…」と彼はつぶやいた。彼の視線の先を追ったが、火の気配は全くない。

「台所で火を使ってますか?」とスエさんに尋ねたが、「使ってないよ」と言う。

信市郎さんは視線の先を指差して、「山が燃えている。見えませんか?」と言う。

その方向に窓はない。山の絵や写真が壁にかかっているわけでもない。これは、調子を合わせた方が良さそうだと私は思った。「そうですね。煙が見えますね。」

すると、信市郎さんは視線を下ろし、周りを見渡した。ここは三畳ほどの部屋で、布団が敷いてある。

「この貨車はどこに行くんですか?」

全く訳が分からないが、付き合うしかない。「どこでしょうね…。私も分からないんですよ。」

「モスクワですかね?」

それを聞いてスエさんが笑い出した。信市郎さんがどこにいるか分かったのだ。

「お父さんはね、捕虜になってシベリアにいたのことがあるんだよ。そん時のこと思い出したんじゃないの。」

この二人の人生経験には頭が下がるばかりである。

「お父さん、モスクワまでなら時間もありますから疲れを取っておきましょう」と私が言うと、信市郎さんはうなづいて、布団の上に横たわった。

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