(p1〜4)はじめに
1.前提となる「公文式」

「特別研究生」、その後

(p10〜43)教育の現場とは
2.佐世保の事件
3.「我に返す」ということ
4.「我を忘れる」ということ
5.学ぶということ

(p44〜58)公文公氏の最後のメッセージ、「特別研究生」
6.「教える」と「教えない」の間
7.「特別研究生」のグラフ

(p59〜69)公文公氏の方法
8.「特別研究生」つまづきの石

(p70〜89)特別研究生の後につづく指導運動―Iライン運動
9.Iラインのグラフ
10.「Iライン」運動の消滅

(p90〜109)斉田先生の教室で行われていたこと
11.斉田教室
12.自学自習を指導する
13.逆S字型学習曲線
14.特別研究生とIライン運動が目指したもの

(p110〜132)ちょうどの学習が実現できる場
15.採点について
16.標準完成時間について
17.自学自習という冒険
18.学年を越えた学習の必要性
19.自学自習の指導に必要なこと

(p133〜228)これからの教室はどう創るか
20.多様化の波
21.臨戦態勢の教室
22.斉田教室の入会初期指導
23.斉田先生の幼児教室
24.幼児教育とは幼稚な教育なのか
25.ちょうどなど、ない!
26.ヴィゴツキーの最近接領域
27.「学習とは?」再定義
28.アシスタントの役割
29.必要な二つの目と、よくありがちな教室の2つのタイプ
30.指導者管理型とアシスタント指導型
31.「ちょうどの学習」のための役割分担
32.「リアルタイムの採点」のための役割分担
33.生徒一人ひとりに目をくばることなど、しない
34.教えると、それ以上考えなくなる

番外.師匠と弟子

35.毎回、「頭をよくする」を続ける
36.頭の良し悪しの基準
37.「ちょうどの学習」と学力診断テスト
38.「見通し」とは
39.学力診断テストで「見通し」を決める
40.長期の「見通し」からの跳躍を可能にする、もう一つの「見通し」
41.無意味な復習はしない

(p229〜389)自学自習と教材の力
42.「学年を越える」とは未知の領域に挑戦するということ
43.「自学自習の指導」と「しつけ教育」との違い
44.「生徒」ではなく「指導」を点検する
45.学校の英語教育の欠陥をさらに助長する
46.英語の「運用上の言葉のきまり」を学ぶための教材プログラム
47.英語で行われる「ちょうどにする指導」
48.学力がつけば人格的にも立派になる
49.読書してるとき何が起きているか
50.「縮約」という方法〔1〕
51.縮約と読書の作法
52.考えさせる授業
53.Eの前のE五冊
54.「縮約」という方法〔2〕
55.国語で行われる「ちょうどにする指導」
56.「ろば売りの親子」のような教材改訂ではいけない
57.足し算は指折りから
58.間違いを見つける方法を分数で身につける
59.算数から数学へ
60.オランダのオールタナティブ教育

(p391〜561)自己を創造するー学年の枠をのりこえて
61.「会社の仕事」と教育の「方法」
62.個性は発達の機縁となる種子
63.個性を生かす教育
64.アシスタントはスタッフではない
65.「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の総括
66.冒険者をケアする教育

自学自習への道
(p10〜39)1.自分の可能性を知らない子どもたち
1.自分の可能性を知らない子どもたち

(p40〜93)2.ちょうどの学習が教育にはもっとも大切
2.余白をのこして、自学自習の遊びをひき出す

(p94〜138)3.ちょうどにする指導とは、何をどう指導することか
3.余白をのこして、自学自習の遊びをひき出す

(p139〜191)4.可能性の追求、そして、全面発達を可能にする自学自習
4.自学自習は自楽自習

◆◆◆公文式小林教室◆山形県東根市◆◆◆