ブログネタ
悟りへの道 に参加中!
「空海の夢」(春秋社)
「22.呼吸の生物学」を読みました。

「内外の風気わずかに発すれば、必ず響くを名づけて声というなり」という一行ではじまる『声字実相義』が取り上げられています。その中の偈が紹介されています。

五大にみな響きあり
十界に言語を具す
六塵ことごとく文字なり
法身はこれ実相なり

そしてこれを元に、生物学か生理学の講義のような呼吸の話が結構長く続きます。

私としては、まず、量子力学を想起します。全ての物質の構成要素である原子等の現象を波動関数で解いていくわけで、これはまさに「五大にみな響きあり」です。

「響き」即ち「波」と置き換えれば、フーリエ級数はひとつひとつが単語であり、「言語を具す」という一節も技術者としてはかなりスンナリ入ります。

「六塵とは色・声・香・味・触・法のことをいう」と本書に解説があります。自分を取り巻く周囲の全ての事象、ことごとくが文字であるということになります。これは技術者のみならず研究者一般に言えることと思いますが、研究とは自分の研究対象から何かを見つけ出し解読することと言えます。

何でもない単なる模様と思われていた物が、実は古代文字で、とても高度な内容が書いてあった!という考古学の研究も、落下するリンゴの速度変化から天体の運行さえ予測できる法則性を解読する研究も、文字を読む行為(読書?)として一括りにすることができそうです。

空海という人は、いろいろなことに興味を持ち、宗教・書道・筆の制作・語学・土木・等々、八面六臂の活躍をしますが、「六塵ことごとく文字なり」として、経典に限らず、墨の香り、紙の色、毛の手触り、土の性質・等々を文字として読み、理解していったということなのでしょう。

その文字は読める人には読めるけれども読めない人は文字だとさえ思わないという点で、秘密の文字である…密教の「密」につながるところもありそうです。さらには果分可説へとつながるのかもしれません。

NHKの「こだわり人物伝」で生命誌研究者の中村桂子さんが宮沢賢治について語るのを見ました。中村さんは正に、生体の文字たるゲノムの読者であります。そして、宮沢賢治は、風の音とか星の光とか、身の周りのものから色々な物を読み取った人です。

宮沢賢治は共感覚の持ち主だったのではないか?と中村さんはおっしゃっていました。空海もそうだったのかな?と、ふと思ったりしました。

《つづく》