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世紀末のある日、波動測定器を前にして、オペレーターのトレーニングをしていました。

波動測定器で調べることができる項目には、「怒り」とか「悲しみ」とか「愛」とか、主観的なものがかなりありました。「そういうことも機械で測定できるなんてスゴイですね!」と言う人が多かったのですが、私は困惑するだけでした。科学では主観を排除することが至上命題ですから。

それから測定結果に「+」とか「−」とか符号が付くわけですが、これも私としては理解に苦しみました。「陽性(ポジティブ)」とか「陰性(ネガティブ)」という意味であれば医学的な検査と整合性が出てくるわけですが、「+」は「良い」で「−」は「悪い」という解釈をするらしい。これも主観的な評価です。測定結果が、科学的には意味をなさない可能性がある。

そんなふうに考えてブルーになる反面、科学が今まで踏み込めなかった領域をパソコンと一緒になった測定器で開拓できるかもしれない!という情熱が湧き起こることもありました。

例えば手元のボールペンを測定器の上に載せ、「怒り」という項目の波動を調べる。「−10」とかいう結果が出れば、「このボールペンを持って、何かネガティブな怒りを込めて、字を書いた人がいるかもしれないですね…」とか言うことになります。

ボールペンが持っている波動を私(オペレータ)の体が増幅して、機械に伝えているのだという解釈でした。自分が客観と主観の交差点になる…でも、やってることはコックリさんと変わりないんじゃないだろうか?

当時、Oリングテストも流行っていました。この原理の説明は理解できる人もいるでしょうし、理解できない人もいるでしょう。ドクターが考え出したことだから、こういうのもアリかな〜という目で見れば、波動測定器もアリかもしれない。

世紀末の夜、私は仙台のあるビルの一室で波動測定器を前にして、信号機のようにブルーになったりレッド(情熱的)になったりしていました。

誤解のないように付記しますが、一鍼灸師としての現在の私の立場では、Oリングテストには否定的な意見です。治療の場では一切使用しておりません。

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