トトガノート

All about TOTOGA

2012年08月

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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「これからの教室はどう創るか」(p133〜228)の「幼児教育は幼児期だけのものか」(p145〜154)を読みました。(小林教室収蔵

斉田先生の教室の幼児教室についてです。本書にはさらに詳しく教室の雰囲気についての描写もありますので、是非合せて御覧下さい。

《以下引用(p149)》
〈入室〉
お茶とお菓子(ビスケット1コ)が用意されている。しばし息をととのえる時間。安心した幼児の顔、顔、顔。
1.あいさつ……正座して、教室に入ってきた一人ひとりに「こんにちは」、生徒も「こんにちは」
2.紙芝居……一作品の紙芝居終了後、簡単な質問して会話をする。幼児の気持ちがほぐれる。
3.俳句……秋の句30枚(「俳句カード」を拡大コピー)。その後、1人2〜3枚ずつ発表。

…《略》…

4.指折り数唱……指を使って、1→10、逆唱10→1
5.歌……「たす1のうた」
6.数表で数唱……100までの数唱。30からの逆唱や、奇数の2とび、偶数の2とび、5とび、10とびもする。
7.位取り……
先生「一の位です」。生徒「3」。先生「1ケタの数を読みます」。生徒「3」。
先生「十の位です」。生徒「8」。先生「2ケタの数を読みます」。生徒「83」。
先生「百の位です」。生徒「4」。先生「3ケタの数を読みます」。生徒「483」。
先生「千の位です」。生徒「6」。先生「4ケタの数を読みます」。生徒「6483」。
先生「万の位です」。生徒「5」。先生「5ケタの数を読みます」。生徒「56483」。
8.数字の書き……生徒の能力に合わせて、「1〜10」、「1〜100」のなぞり、自力書き用のB4の用紙を配布。時間は3分間。先生「あわてないで、きれいに書いてね」。書けたところまで丸つけ。先生「残りはおうちで書いてね」。

…《略》…

9.英語カード……カードを見せながら、「Aa」「ant」「apple」「Bb」「bed」「bear」……Zまで。
10.What is this?……「What is this?」「It is a dog.」など…。
11.英語で数唱……数表で「1〜30」、「10とび」
12.英語の歌……「The alphabet song」
13.アルファベットの書き……数字の書きと同様に、自力書き、なぞり、母親が手を添える子用にわけたプリントをくばる。8番目におこなった数字の書きと同様、書けたところまで丸つけ。
14.月、曜日……表に書かれた月、曜日を読む。その後、「Sunday, Monday, Tuesday」をうたう。
15.英語の歌……「わたしはI」カード取りをしながらうたう。人称代名詞表で「I my me」の歌をうたう。
16.疑問詞の歌……「もしもしカメよ」のメロディで、「who 誰」「what 何」…疑問詞を入れた歌をうたう。
17.年齢を聞く……「How old are you?」→生徒は一人ずつ英語でこたえる。「I am 3 years old.」
18.命令に体で反応……「Stretch your body.」「Walk in the park.」「Swim in the pool.」「Jump very high.」
19.英語の歌……「Head shoulders knees and toes」をうたう。

…《略》…

20.たして10……指をつかって、たして10になる足し算をする。
21.ひらがなの読み……「五十音」、「濁音」、「拗音」の読み。
22.五十音表の書き……なぞり用、自力書き用、カタカナ用を使い分ける。指導は8、13と同じ。
23.文読み……「ま、まどからみえる、まるいつき」など…。
24.たしざん書き……「1+1=2」から「9+9=18」まで。なぞり用、自力書き用がある。「たしざんのうた」を歌いながら書いていく。
25.ジグソーパズル……一人ひとつのジグソーをする。
〈終了〉
《引用終り》

《インデックス》
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ふとつ:LI18(大腸経

〈取穴〉:喉頭隆起の後方3寸で、胸鎖乳突筋上に取る。
〈標準〉:前頚部、甲状軟骨上縁と同じ高さ、胸鎖乳突筋の前縁と後縁の間。

〈筋肉〉:広頚筋、胸鎖乳突筋

〈運動神経〉:顔面神経、副神経、頚神経叢筋枝。
〈知覚神経〉:頚横神経。

〈血管〉:上行頚動脈。

〈主治〉:咽喉腫痛、嗄声、嚥下障害、寝違え、扁桃体炎、頚部リンパ節腫脹、甲状腺腫脹、喘息。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉

参考文献1「経穴マップ」
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「新・ヒトの解剖」の「解剖の秘密」(p8〜28)を読みました。(小林教室収蔵

大学で行われる人体解剖は、献体という制度の下で、生前に本人が希望され、なおかつ遺族の反対も無い場合に行われます。

《以下引用(p12)》
死刑囚や行路死亡人を解剖していた時代とちがい、今では解剖体のほぼ100パーセントが篤志家によって提供されるようになり、解剖学実習の雰囲気が大きく変化してきている。すなわち、実習にのぞむ学生も教師も、「よい医師・歯科医師になるように私のからだを使って勉強してください」という献体者のご遺志むくいようと、感謝の気持ちをこめ、その期待にこたえる責任を自覚するようになったのである。それはそのまま、学生が将来医師になったさいに、患者さんにたいする思いやりの気持ちにつながることが期待されるからである。
《引用終り》

実習の時には、身体を提供して下さったこの方は生前どんな生活をされていたのだろう、と思うことがありました。医療関係の仕事に就いていた方がやはり比率としては多いだろうと、大学の先生がおっしゃっていました。この人、ひょっとして生前はドクターだったのだろうか?とか思ったりもしました。

顔には白い布はかぶせてありましたが、チラリと一瞬だけ取れて、お顔が見えた時がありました。その映像は、しばらく目から離れませんでした。

死刑囚だったと言われれば、解剖する方も穏やかではないはずです。死んでからもなお切り刻まれるということになれば、解剖実習も刑罰の一部のように思えてきたりします。行路死亡人だったということになれば、とてもとても気の毒でなりません。

しかし、本人の遺志であったということになると、しかも医療関係者だったとなれば、解剖実習の実態もある程度理解した上での希望なわけです。その上で、これから医師になろうという人たちのために我が身を捧げようというお気持ちには敬服しましたし、「ただただありがたい」という感謝の念を感じた覚えがあります。

《インデックス》
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J教材の180番まで終わりました。

161番からは剰余の定理、171番からは因数定理です。

整式の割り算に入ってから、なぜかスピードアップしていて、計算する手が止まらない状態…解く方針が決まらなくて考え込む時もありますが、方針が決まると手が止まらない。

どうしたんだ?私らしくない…

と思って、思い出しました。整式の割り算は、会社にいた時にやっていたのでした。

会社員時代は通信で使うデジタル回路の設計をしておりました。通信回路では、送信する前に必ず送りたいデジタルデータを符号変換します。これによって暗号化すると共に、伝送路上で発生したエラーを受信側で検出したり訂正したりする機能を持たせることができます。このための符号理論は、整式の割り算や剰余定理を用いて導かれます。

よい子の皆さんは、そういう仕事に将来就かないとも限りませんので、頑張って勉強しましょう!

【グラス片手に大人の公文】数学〔J-180〕
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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「これからの教室はどう創るか」(p133〜228)の「どこに価値をおいた教室をつくるか」(p134〜144)を読みました。(小林教室収蔵

入会初期指導とは、一連の教室のルールを身につけるまですることです。斉田教室の入会初期指導の項目、主要なものだけを列記します。

《以下引用(p141)》
(1) 教室に入ると、まず入り口ちかくに置いてある自分の「成績表」をとって席につく。
(2) もってきた宿題を採点者にわたす。
(3) 本日分の教材を自分のカバンから取り出し、成績表に教材名、教材番号を書く。
(4) 学習開始時刻を記入して、教材の学習に入る。
(5) 数学は一枚目を解答後、採点者にすぐに提出。あとの教材も自分の机のまえにそろえておく。
(6) 宿題分もふくめて、採点者からもどされた採点済み教材の直しをする。
(7) 斉田先生に呼ばれたら、先生のところへ行って指導をうける。
(8) 学習が終われば、「成績表」に宿題、および本日分の得点、ならびに終了時刻を記入する。
(9) 教材と「成績表」をもって先生の所に行く。
(10) 教材が少なくなると、先生が「成績表」に記した教材を棚からとってカバンに入れる。
《引用終り》

「教材を生徒に持ち帰らせたら、バラバラにしたり、持ってくるのを忘れたりする子がいませんか?」という質問が当然あるわけですが、入会初期指導は入会初期だけやるのではなく、本人が確実にできるようになるまで続くという考え方です。だから、できない子はいない。できない子がいたら、それはまだこの指導が終わっていないということ。

上記の十項目以外にも細目があります。学習するプリント、し終えたプリントの置く場所(隣の生徒と重ならないように)、自分のコートや持ち物の置き方、机に向かう座り方、などなど。

《以下引用(p143)》
「成績表」は生徒に書かせると、時間がかかったりするし、なかにはデタラメを書く生徒がいる。だから、成績表の管理や記入はアシスタントにしてもらうという指導者がいるかもしれない。しかし、アシスタントの本来の仕事はそこにはないし、デタラメを書く生徒がいれば、書かなくなるまで指導するだけのことである。

それでも成績表の記入に時間をかけるよりも、その時間に一枚でもプリントをさせたほうがいいのではないかと疑問をもつ指導者に対して、斉田先生はいう、「先生、成績表ひとつ満足に書けないで、プリントを解いても意味ないでしょう」。

学力だけつければ、それでいい、という考えには立たない(当たり前でしょう)。学ぶためには学び方まで学ぶ必要がある。
《引用終り》

というか、国語で、算数で、英語で、学び方を学ぶのが公文式なんですね。

《インデックス》
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てんてい:LI17(大腸経

〈取穴〉:扶突の後下方1寸、胸鎖乳突筋後縁に取る。
〈標準〉:前頚部、輪状軟骨と同じ高さ、胸鎖乳突筋の後縁。

〈筋肉〉:広頚筋、胸鎖乳突筋

〈運動神経〉:顔面神経、副神経、頚神経叢筋枝。
〈知覚神経〉:鎖骨上神経。

〈血管〉:上行頚動脈、浅頚動脈。

〈主治〉:咽喉腫痛、嗄声、舌骨下筋群麻痺、嚥下障害、寝違え、扁桃体炎、頚部リンパ節腫脹。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉

参考文献1「経穴マップ」
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数か月前のことだったと思うが、「プリウスは元が取れないから買うもんか!」とアメリカ人が言っているという記事を見かけたような気がする。その時は、アメリカ国民の総意ではないだろうし、だから何なのだろう?と思った。そんなトンチンカンな人がアメリカにもいるんだな、とも思ったが、こんなくだらないことを太平洋のこちら側まで知らせてくれる人がいるというのも、これまたくだらない話だなと思った。

プリウスは燃料を節約するためのあらゆる工夫を装備した、重装備のエコカーである。だから、コストはかかる。それでも普及させたいから採算には目をつぶった値付けをしている、と発売当初からトヨタが言っていた。それでも割高である、という説明は当時から有った。燃料費で元を取るのはかなり乗らないと難しいだろう、という説明も。

それでも世に出したところにプリウスの意味がある。トヨタの先見性と格好良さがあったのである。プリウスに乗るということは「元を取れないけど、環境に貢献したいからプリウスに乗るんだ!環境のために少しは負担したいんだ!」という意思表示でもあったはずなのだ。

それは前世紀から分かっていたこと、それを今さらプリウスで元を取ろうだなんて…と笑った。でも、この不見識は、対岸の遠い国の一部の人だけではないことに気が付いた。

原発再稼働を議論する場で、日本の国際競争力の低下を懸念するなどの理由から、必要なものは必要なんだから原発で発電すればいいでしょう?という意見が、産業界から強く出たことである。

何とかしてエネルギー消費を縮小して、地球環境の悪化を食い止め、人類の滅亡を回避しましょう!というのが、20世紀の終り頃から始まった歴史の文脈なのだ。全人類の命がかかっているのだから、これよりも大きな課題は無いはずなのである。大震災が起こったくらいで、優先順位が入れ替わるようなちっぽけな課題でも無いのである。原発から放射性物質が大量に放出され続けている状況であるならば、なおさら喫緊の課題になったはずなのである。

まず唯一の被爆国である我が国から脱原発の社会的・技術的課題を解決していこう、という方向性を持てないのか?まず「もったいないの心」を持つ我が国からエネルギー消費を縮小していく行動を起こしていこう、とならないのか?一部のアメリカ人の不見識を一笑に付して、プリウスを生んだ我が国がまず…というリーダーシップを取れないのか?

日本の国際競争力の低下を懸念…という論拠から、私は二つの世界大戦の戦間期における軍縮の動きを思い出した。第一次大戦の戦勝国間で、軍艦の保有比率の取り決めをしようとしたことである。これは温室効果ガスの排出枠と似ている。

「自国の国際競争力の低下を懸念」という論拠が何のためらいもなくまかり通ったら、それこそ軍縮条約の破綻が制限なき軍艦建造競争につながったように、地球環境保護は木っ端微塵に吹き飛んでもおかしくない。

電気自動車が「究極のエコカー」と呼ばれても、怪訝な顔をしない人は意外に多い。原発で発電した電気を使っているとしたら、電気自動車は放射性廃棄物を生み出しながら走っているのに等しい。火力発電で発電した電気を使っているとしたら、二酸化炭素を吐き出しながら走っている他の車と大した違いは無い。電気自動車とプリウスとでどっちがエコかというのは、実際のところ決しがたいはずなのである。

プラグインハイブリッドのプリウスであれば、ますます電気自動車とプリウスは近い存在になる。何で発電するか?によって、電気自動車やプリウスがどれだけエコであるかが決まるのである。車だけではない。震災の停電で、あれだけ痛い目をみたはずなのに、いまだにオール電化の家を建てている人が東北にもたくさんいる。これら電気製品すべてが、何で発電するかによってエコかどうかが一斉に決まるのである。

米ゼネラル・エレクトリック(GE)最高経営責任者(CEO)が、原子力発電は採算性が悪いと発言したらしい。

プリウスの採算性は、この発電の採算性から考慮されなければならない。環境負荷や万が一の賠償額も加味した上で。家計とか国家財政とか、そういう小さな枠組みではなく、全人類という枠組みで採算性を考慮していただきたい…

なぜ、脱原発を即刻行わないのか、私には分からない。

(8月7日記)
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「神秘主義の人間学」(法蔵館)「第四章 十字架の聖ヨハネ」(p71〜90)を読みました。

人間の歴史はどこに行き着くこともなく擾乱と葛藤を繰り返している。しかし…

《以下引用(p83)》
われわれの社会は、このようなことを一顧だにしたことがない賢者から成り立っている。それ故、神の賢者と世俗の賢者とは、相互に愚者に見える。「この世の知恵は、神のみ前に愚かである」。
《引用終り》

胸を露わし足を跣(はだし)にして鄽に入り来たる
土を抹(な)で灰を塗り笑い腮(あぎと)に満つ


ということですね。

《以下引用(p85)》
「神は目も見ず、耳もこれを聞かず、人の心に思い浮かぶことのないものである」。感覚(知覚)と理性(思考)のいずれもが神を知る器官でないのなら、われわれが神を知るための方法論は一体どのようなものであろうか。人間的関心事は、それに相応しい方法に基づいてなされる努力と能力をまって成就されるが、そういう意味における方法論は宗教にはあてはまらない。宗教が他の試みと決定的に相違するのは、この方法論にある。

われわれが神について知り得るすべての知的認識は、それがどんなに崇高なものであろうと神認識ではない。むしろそれらを超えて、無知の境地にまで至らねばならない。われわれは理解しようとするよりも、むしろ理解しないように努めるべきなのだ。…外的、内的な事柄から心を引き離し、神のうちに愛に満ちたまなざしを注ぎつつ、いわば死につつ生きるというテクニックが十字架の聖ヨハネのいう観想なのである。
《引用終り》

この「愛」は当然のことながらキリスト教の「愛」ですね。仏教の「愛」ではないですね。

《インデックス》
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★くもん・公文・KUMON★ に参加中!
「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「これからの教室はどう創るか」(p133〜228)の「どこに価値をおいた教室をつくるか」(p134〜144)を読みました。(小林教室収蔵

そんな多様化の波の中で、時代の終焉と次の時代の黎明を敏感に感じ取って、それを表しているかの如き教室がありました。能力開発に切磋琢磨する教室から抜け出そうとしている教室がありました。

《以下引用(p137)》
斉田先生の教室は公文式の教室のなかでも一頭地を抜いて、子どもたちの能力開発に積極的な教室である。その実績はハンパなものではなかった。数人の優秀児、それも三学年先、四学年先の生徒の輩出をねらう他の多くの教室にくらべると、その学習の成果は図抜けて特異であり、非公文式といってもいいほどだった。教室の生徒の半数以上の生徒が三学年、四学年以上の教材を学習している。七学年以上、八学年以上を学習している生徒もふつうに学習していて、めずらしくない。教室に行けば、いつも最終教材にちかい生徒が何人かはいる教室である。まさに創設者公文公氏が以前からめざした教室像そのものがここにあるといった感じだが、公文式ではひとり際立ちすぎていた。じっさい、斉田先生の指導は特別だから、マネをしないようにというお触れまで出たほどであった。

しかも、本人は自分の教室の進度一覧表掲載率(半学年先学習者の学習率)や三学年先、四学年先、五学年先の学習者が教室全体の何%なのか、知らない。関心がないのである。人から教えられて、はじめてその数字を知る、という人である。
《引用終り》

公文公氏は教室の指導者とひんぱんに連絡を取り合い、前線の状況を把握することに余念のない人でした。斉田先生は、そんな電話相手の一人でした。

《以下引用(p138)》
斉田先生の教室には活気がある。いつも臨戦態勢といった感じである。臨戦態勢、これは比喩ではない。教室に行ったときのあとに、本人はいつも、きょうはこうこう、こういう事情で、いつもとちがう教室であった、先生は言い訳をする。

いつもとちがう理由はさまざまである。教室のアシスタントに急な休みが出たり、たまたま自分の体調がわるかったり、いろいろな事情を現場はかかえるものである。理想どおりに教室が動いたことがない。こうした内輪のことなら、どこの教室でもあることだが、臨戦態勢で教室に立たなければならない真の理由は、肝心の生徒のほうがなんらかの非日常的な事情をかならずさし出してくるからなのだ。

このことがある人たちには問題のある教室だと映るようだった。ときに局員が教室を見学に来ることがある。来て見ての感想は、「流れが少し悪いですねえ」。こうした感想を聞くと、先生はこの局員にはもう来てもらいたくないと思う。いちいちきょうの教室の事情を説明しようとも思わない。流れをよくするために教室をしているわけではないのだ。この局員は教室に来て何を見ようとするつもりだったのだろうか。

目の前にどうしてもいまのいま、指導をしなければならない生徒がいれば、そこにどんな事情があっても、しなければならないことをするのが教室である。そのために教室の流れがわるくなろうと、生徒のほうに多少の停滞が生じようと、それがなんだというのか。こんなときは生徒のほうが教室の事情をよくのみこんでいる。自分の学習をかれらは我慢づよくつづける。突発事故が起これば、生徒を待たせればいい。待てないことはないのである。
《引用終り》

子どもが一人しかいない家庭でさえ、突発事故は日常茶飯事です。まして、数十人の生徒が入れ替わり訪れるのが教室なのですから、平穏であることがむしろ異常なわけです。

《インデックス》
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ここつ:LI16(大腸経

〈取穴〉:鎖骨外端と肩甲棘の間の陥凹部に取る。
〈標準〉:肩周囲部。鎖骨の肩峰端と肩甲棘の間の陥凹部。

〈筋肉〉:僧帽筋棘上筋

〈運動神経〉:副神経、頚神経叢筋枝、肩甲上神経。
〈知覚神経〉:鎖骨上神経。

〈血管〉:肩甲上動脈。

〈主治〉:肩こり、肩関節及び周囲軟部組織障害、五十肩。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉

参考文献1「経穴マップ」
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