トトガノート

All about TOTOGA

2012年05月

2000円コースの構成例
〔1〕触察のみ:触察(35分)
〔2〕鍼か灸か:触察(33分)+鍼(4本)or 灸(4壮)
〔3〕鍼も灸も:触察(31分)+鍼(4本)+ 灸(4壮)

詳細は以下のとおりです。

触察料:
標準(33分)で 1750円
※100円(2分)単位で増減できます

出張費:
・人数に関わらず:235円

追加項目:
・鍼25円(1本)、灸25円(1壮)

端数処理:
・百円未満は切り捨てとします

※今回反映します消費者物価指数(生鮮食品を除く)100.0は3月のものです。
※当院の価格に対する考え方はこちら

・5月の価格
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悟りへの道 に参加中!
「神秘主義の人間学」(法蔵館)「第一章 キルケゴール」を読みました。

これまで読んできた『瞑想の心理学』『自己認識への道』の両書は解説書という趣で、教科書のように順序立てて、丁寧に説明されていました。ところが、この章では、最後の結論として扱われていたようなことまでが初っ端からポンポンと出てきます。この本を最初に手にしていたら、かなり面喰ったのではないかと思われます。

この章は、キルケゴールが主語となる文が非常に少ないです。逆に「私」という一人称の文が多くみられます。ですからキルケゴールに関する小論・解説というよりは、キルケゴールをモチーフにしたエッセイのように捉えると良いかもしれません。

可藤さんの経歴を拝見しますと、コペンハーゲン大学キルケゴール研究所で学ばれています。キルケゴールに対する思い入れは、かなり強いものがあるのだろうと思われます。

この章は、前掲の二書の内容を凝縮しているようでもあり、それが一人称で綴られている点でも気に入った文がたくさんあります。これから何度も読み返してみたい箇所が多々あって、引用する個所も非常に迷うのですが、下の文章を引用しておきます。

《以下引用》
人間の尊厳(とうとさ)を説く人々がいかに的外れであるか、その無理解のためにかえって生命の尊厳は貶められ、人間は確実に生の意味を見失いつつあることに私はしばしば思いをはせた。彼らの教えるところから、生命はとてつもない誤解と錯覚の上に建てられた砂上の楼閣だと知るのにそれ程高貴な魂を必要としないであろう。そして私もまた、いわゆる生と呼ばれるものに何の意味も見い出せないでいることは、すでに繰り返し書いてもきたのであるが、その理由は投影された影のほか何も見えなくされた囚われ人に、真実など見ることができないということであった。ここに何の見誤りもないが、果たして生は何の意味も、目的もない偶然に過ぎないのであろうか。極めて逆説的な表現であるが、存在の意味を問わないところでのみ、この世の生は存続していけることをずっと以前から確信している私ではあるが、ここで生の意味は何処に求められるかを敢えて問うてみたい。他者はいざ知らず、私自身の生命の縁(よすが)としたいためである。
《引用終わり》

知ろうとすればするほど見い出せなくなるという、不確定性原理のような逆説的構造の上にこの世は成り立っているようです。

《つづく》
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「現代ソフィスト伝」の第二部「四、学力の外にあらわれる個人差」の「3、自信と余裕がない(1988〜1993)」の「5 学年を越えても自習で進む突破口」を読みました。(小林教室収蔵

これまで3回にわたって数学国語英語それぞれの「突破口」について書いてきました。まとめますと…

《以下引用》
二学年、三学年、さらにはそれ以上に学年を越えた学習ができるからこそ、自信がつき余裕ができる、そして、学年を越えてもなお自習ですすむためには、突破口として、数学においては「計算力」を、国語においては「読書力」を、英語においては「英文解釈力」を、と告げたのだった。この突破口を開くことによって、生徒の自学自習力は息を吹き返す。学力以外の能力が広がり、子どもたちは「自信と余裕をもって、自習ですすんでいける道」に立つことができる。

「計算力」を突破口にして、学年を越えた学習を自習でしていけば、数学の概念がたかまり、理論体系が見えてくる。生徒の「定義知」は一段と精緻になるはずである。また、「読書力」を突破口に、国語力をつけていくようにすれば、生徒の「経験知」はより豊かになって、さらに賢さを増す。英語はどうか。突破口は「英文解釈力」である。これを水先案内人にして、未知の英語の世界に進めば進むほど、生徒の英語の「運用知」はさらに磨きがかかるのだ。
《引用終わり》

そして、公氏はこの時期に「3つのちょうど」を提唱しています。「理解のちょうど」「作業のちょうど」「学習態度形成のちょうど」です。

《以下引用》
「理解のちょうど」とは、もちろん、生徒の学力の定着度合いをさす言葉である。次の学習に入るにはそれなりの理解力の裏打ちが必要になる。これが不十分では自習にならない。定着には個人差が付き物。しかし、その個人差を克服すべきである。次の学習に必要な理解力がなければならない。そうでないと、指導が空回りする。

では、「作業のちょうど」とは何か。公が初めて教育の世界に持ちこんだこの「作業力」は、要するに、「五分間でも机の前にすわれる力」のこと。未知なる分野を学習するためには不可欠な体力のことである。もちろん、教材が進めば、学習時間は一題であっても長くかかってくる。5分の集中力を10分にし、10分の集中力を20分にして、先の学習をするための力をつけるのである。そのためには、教材1枚を標準完成時間内で学習しなければならない。これが「作業のちょうど」である。

三つめの「学習態度形成のためのちょうど」とは、「やってみよう、やってみなければ、わからない」という気構えのこと。未知の学習には不可欠な力である。「やり方がわかりません」。「やり方はあなたが考えるものです」。数学の書物を自分で読み進め、数学の世界を広げていく。さらには、自分の考えを固め、同時に、なおのこと人のさまざまな考えを知ろうとする姿勢。外国語は英語ばかりでなく、フランス語、ドイツ語と、第二、第三の言葉をモノにしようと思う心の姿勢。最終的には、この学習態度が醸成されているか、これをいつも見ながら、つまり、自学自習の学習姿勢との距離をつねに測りながら日々の指導をしていくことになる。
《引用終わり》

自学自習で未知の領域に踏み込む力の養成を目指す、そのための「3つのちょうど」です。

《つづく》
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きょうはく:LU04(肺経

〈取穴〉:尺沢の上5寸。上腕二頭筋の橈側縁に取る。
〈標準〉:上腕前外側、上腕二頭筋外側縁、腋窩横紋前端の下方4寸。

〈筋肉〉:上腕二頭筋

〈運動神経〉:筋皮神経。
〈知覚神経〉:内側上腕皮神経、外側上腕皮神経。

〈血管〉:

〈主治〉:上腕内側の知覚・運動障害、咳嗽、喘息、鼻血、急・慢性鼻炎、心胸痛。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉前斜角筋中斜角筋

参考文献1「経穴マップ」
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平均:2069円
最安値:1000円
最高値:3300円

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「現代ソフィスト伝」の第二部「四、学力の外にあらわれる個人差」の「3、自信と余裕がない(1988〜1993)」の「5 学年を越えても自習で進む突破口」を読みました。(小林教室収蔵

「自信がつき余裕ができ、高校進学後学校で特別できるようになる」。そのためには「学年を大きく越えて進むことを可能にする突破口」が必要である。高校で余裕をもった生活をおくり、特別にできるようにするための学習において、その過程では、多くの困難がある。そうした困難にぶつかったときに突破口となる力をつけておく必要がある。

《以下引用》
…外国語の教育は、どうか。高校で必要になる英語力の基礎として、公があげたのは、「英文解釈力」である。
《引用終わり》

学校で英語を習っても海外旅行で全く役に立たない、海外からの旅行者に道を教えようとしても会話が成立しない、等々の事例から、英語教育は見直され、会話重視に変わっていきました。そこから考えれば、公文式は時代に逆行しているのか?いえいえ、高校進学後を見据えているのです。

《以下引用》
高校生は、どこで英語に困っているか、である。もちろん、RやLの発音の問題でもないし、ましてや日常会話の決まり文句の習得でもない。高校でのテキストの数行を辞書片手に30分以上かける高校生のことを、少しでも思うなら、高校生がほんとうに必要としている英語力が何かがわかるはず。高校での英語の基礎力とは、高校レベルの英文が解釈できること。少なくとも教科書の英文がすばやくラクに読み取れなければ、そのほかの英語の学習、たとえば、コンポジションにしても、英語表現力にしても、大きなロスがともなってしまう。
《引用終わり》

公文式には「何を教えないか」というスタンスがあるということを以前書きました。このスタンスで考えるなら、日常会話は確かに真っ先に省かれるべきものだと思います。小・中学校でそれを重視していくのであれば、なおのこと公文式でやる必要はない。

《以下引用》
…英語教育独自のむずかしい点は、もう少し別のところにある。母国語教育では前提になる経験世界が、外国語の学習では本質的に欠如している。したがって、外国語教育にあっては、学習するにつれて、学習者のなかに外国語が生きる経験世界をじょじょにでも構築できるものにしなくてはならない。公のいう英文解釈力とは、もちろん、その学習のために前提となる英文解釈力なのだ。これが欠けていたのでは、他のどんな英語の学習であっても、経験世界への広がりは望めない。
《引用終わり》

確かに、この力が無ければ、海外に住まない限り英語は上達しないかもしれません。そして、次の指摘は逆説的で興味深いです。

《以下引用》
…英文を経験世界のなかで理解でき、運用できることと、シテュエーションのなかでの英語のつかい方に慣れることは同じではない。むしろ、学習の狙いは真反対である。英文解釈力とは、その英文がどんな人と人との関係のもとで発せられ、どんな場面を構成しているのかをイメージする力のことである。英文からイメージをつむぎ出す、これが公のいう英文解釈力の真の意味であり、こうした力があるから、これに端を発する他のさまざまな英語の領域の学習が成り立っていくのだ。
《引用終わり》

英文解釈力を養わない限り、英語学習はすぐに壁にぶつかってしまう…ということになりそうです。

《つづく》
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てんぷ:LU03(肺経

〈取穴〉:尺沢の上6寸。上腕二頭筋の橈側縁に取る。
〈標準〉:上腕前外側、上腕二頭筋外側縁、腋窩横紋前端の下方3寸。

〈筋肉〉:上腕二頭筋

〈運動神経〉:筋皮神経。
〈知覚神経〉:内側上腕皮神経、外側上腕皮神経。

〈血管〉:

〈主治〉:上腕内側の知覚・運動障害、咳嗽、喘息、鼻血、喀血、吐血、急・慢性鼻炎。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉前斜角筋中斜角筋上腕二頭筋

参考文献1「経穴マップ」
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うんもん:LU02(肺経

〈取穴〉:鎖骨下窩にあり、烏口突起の内縁に取る。
〈標準〉:前胸部、鎖骨下窩の陥凹部、烏口突起の内方、前正中線の外方6寸。

〈筋肉〉:大胸筋三角筋

〈運動神経〉:腋窩神経、胸筋神経。
〈知覚神経〉:鎖骨上神経。

〈血管〉:腋窩動脈。

〈主治〉:咳嗽、喘息、胸部苦満、疼痛、感冒、咽喉炎、頚腕神経障害、胸郭出口症候群。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉前斜角筋中斜角筋

参考文献1「経穴マップ」
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「神秘主義の人間学」(法蔵館)「はじめに」を読みました。

キルケゴール、アウグスチヌス、エックハルトなど、12人の人についてまとめられています。これまで『瞑想の心理学』『自己認識への道』を読んできましたが、これらの本に多く引用されている人たちです。

言わんとしていることは同じなのかもしれませんが、それぞれの人物という違った方向から光を当てることによって、また見えてくるものが違ってくるかもしれません。

「はじめに」は、「いつの頃からか、誰に教えられるともなく、瞑想のひとであった私は…」という書き出しで始まり、著者自身の人物像にも光が当てられています。

書かれたのはこの本の方が古く、順序が逆になりましたが、今まで読んだことを確認しながら、新しい発見もあろうかと思います。

《以下引用》
さて、ここに取り上げた宗教的思想家は、それぞれの時代、文化、宗教の違いがあり、このような取り上げ方にご異存があるかもしれないが、どれも、何もすることがない、また何もする必要のない我が魂のすさびに認められた、言わずもがなの繰り言に過ぎない。それでは私は何を試みようとしたのかと言うと、ここかしこに点在する珠玉から一握りを掻き集め、それに私という一本の糸を通すことによって、ひとつのネックレスに仕立てあげ、そこに通底する宗教的要請、つまり、現代が逢着する問題の所在と原因(それはいつの時代も変わらないのだが)を詳らかにし、かつ自由への道を明らかにしたうえは、われわれ自身がその道を辿るのでない限り、決して真理は開示されては来ないという、ただ、それだけのことを言わんがためであった。
《引用終わり》

楽しみです。

《つづく》
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★くもん・公文・KUMON★ に参加中!
「現代ソフィスト伝」の第二部「四、学力の外にあらわれる個人差」の「3、自信と余裕がない(1988〜1993)」の「5 学年を越えても自習で進む突破口」を読みました。(小林教室収蔵

「自信がつき余裕ができ、高校進学後学校で特別できるようになる」。そのためには「学年を大きく越えて進むことを可能にする突破口」が必要である。高校で余裕をもった生活をおくり、特別にできるようにするための学習において、その過程では、多くの困難がある。そうした困難にぶつかったときに突破口となる力をつけておく必要がある。

《以下引用》
国語なら、どうか。生徒みずからが生きる母国語の言語世界のなかで、言葉を自分のものにする、つまり、国語をつかって、考えたり、文章に表したりする学習が高校では待っている。何が国語の基礎学力なのか。さまざまな文章の読解力をもっと高めようと思っても、その学習以前にまずテキストが読めない、読むのがおそい、これでは、困るではないか。「読書力」なのだ。読書する力がなければ、だんだん高校での国語学習についていけなくなる。おもしろくない。
《引用終わり》

頭の中で考えている時に使う言葉、それが国語です。他人に対して表現する時に使う言葉、それが国語です。そう考えると、思考力とか表現力は国語力が基になるはず。それを高めるのは読書だと思います。

他の教科を勉強する時に読む本も日本語で書かれていれば国語の読書力が重要になってきます。

《つづく》
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