トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2009年11月

ブログネタ
悟りへの道 に参加中!
「仏教入門」(東京大学出版会版)
「序章 仏教とは何か」を読みました。

きちんと入門書から勉強したいというのが当初からの願いでしたが、書店で見かけるのはどうも物足りなくて読まずにいました。今回やっと、しっかりした入門書を見つけましたので、じっくり取り組んでみたいと思います。もとは駒沢大学の学生用教科書であったものに加筆修正したものだそうです。

《以下引用》
仏教の特質をひとことでいえば、真理と一つになる、絶対との合一ということを目標とする点にあると言えよう。…絶対者との合一を目標とする思想はひろく神秘主義(mysticism)とよばれる。神秘主義はキリスト教やイスラム教の一部にもあるが、主流とはいえない。それに対しインドではヒンドゥー教も「梵我一如」の教えに見られるように絶対者との合一を説く。仏教はむしろ、このインド的伝統に根ざすものと言うべきだろう。なお、わが国の宗教的伝統も神人合一というか、神人未分というべき思想が強い。宗教学の姉崎正治はこの伝統を「神人合一教」と名づけ、キリスト教などの「神人隔絶教」から区別した。
《引用終わり》

この世の全てと一つになるということ。神の視点の下降は、「神人隔絶教」から「神人合一教」への移行と言えるかもしれません。

ここでまた「大乗非仏説」の話が出てきます。高崎先生も「学問的常識として当然」と言いながらも、佐々木先生とはニュアンスが違います。

《以下小生要約》
「阿含」といえども仏説のままではない。それぞれの部派が「阿含」を伝承しているうちに独自の解釈を加えるようになり、ブッダの教えとはだいぶ隔たりを生じてきた。大乗仏教はむしろ、そのような従来の諸教団の学説がブッダの真意をそこねていると考え、ブッダの立場への復元をめざして、その運動を展開した。
《要約終わり》

部派の教学をアビダルマ(abhidharma)と言います。「龍樹」のところで出てきましたが、何だか分かりませんでした。ダルマ(dharma)すなわちブッダの教えに対して(abhi-)これを研究するという意味。

《以下小生要約》
時の流れとともに、仏の教え、すなわち「法」はしだいに理解しがたい点が生じた。また、ブッダの教えは対機説法を旨とし、「八万四千の法門」と言われるほどさまざまに説かれたので、往々にして表現上の差異や矛盾と見える教説もあった。そのため、整理分類する必要が生じて「アビダルマ」の動きが出てきた。西洋でいえば、スコラ哲学に匹敵する。
《要約終わり》

法は教えの基本線という意味で「経」(スートラ)、アビダルマは註釈解説という意味で「論」(シャーストラ)、これに教団の規則「律」を加えて三蔵となる。

《以下引用》
大乗経は…総じて大乗仏教の成立に呼応して、しだいにできたもので、歴史的には教主シャーキヤムニの説法とは何のかかわりもない、後世の産物である。その意味では「大乗非仏説」にちがいないが、ただ大乗経典の作者の自負においては、これこそ仏の教えの真意を伝えるものであるとして、阿含経よりも深遠で究極的な教えである。それを「仏説」と表明したのは、単なる権威づけというよりは、作者の信念の表白と見るべきだろう。事実、大乗仏典はいくたの発展した教義をふくみ、それが仏教を思想的に深め、高めた点で、絶大な価値を有している。
《引用終わり》

こういった経緯を踏まえれば、「偽経」も、内容的に仏教として一貫性があり、すぐれたものであれば経とみなしてかまわないだろう。また、日本の各宗の祖師たちの著作も「お経」と呼んで差し支えないだろう。…ということです。

「仏教としての一貫性」ってなんだろう?とも思いますが、穏便なお人柄にホッとしております。「仏」を学ぶ人は、こうでなくちゃね…。

《つづく》
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どうしようもない政治 に参加中!
NHKスペシャル「永田町・権力の興亡」(11月1日より三夜連続放送分)を見ました。宮沢内閣滅亡(!)後の16年間の政治の駆け引きを、国会での多数派工作に終始した部分に焦点を当ててレポートしたもの。小沢一郎、細川護熙、村山富市、武村正義、野中広務、森喜朗、亀井静香、加藤紘一、菅直人、前原誠司、安倍晋三といった人々にインタビューを敢行し、「今だから話すけど…」というのを語ってもらった番組でした。

安倍・福田・麻生という内閣は、ただ与党であり続けるためのものだった。頭であるはずの総理大臣が実質はトカゲのシッポ的存在だった。ただ体裁だけのために存在していて、切り捨てても何の支障もない存在だった…ということを以前書きました。でも、これは、細川内閣誕生の頃から始まった政治手法だったようです。そして、その興亡の渦の中には、常に小沢一郎という男がいた。

上記の人々、謙虚と言うか正直というか、「そのときは与党になるために(あるいはあり続けるために)そうするしかなかった。それ以上の大層なことは何も考えていなかった。」ということを口々に言っていました。

「与党になること、あるいは与党で居続けること」が政治の至上命題だった。そのために国会での多数派工作に夢中になっていた。思想・信条・主張とか全く関係なく、手を組めるところとは誰とでも手を組んだ。そのためには、脅し・騙し等々手段は選ばない。ゆえに、与党になった瞬間、何をしたらいいか分からなくなる…

バカ野郎!というより、覚醒剤をやめられない人みたいで、可哀そうな人たちだなと思いました。

本来の政治は目的ではなくなっているのですから、官僚にやってもらうしかなかったんですね。そうなれば、官僚も自分たちの老後のために、いろいろな仕組みを作るのは当たり前かもしれません。

ずっと、政界をかき回してきた小沢一郎。これまでにも何度か与党の中にいたこともありますが、なかなか思い通りに事は進まなかった。「今回は、日本という国にとっても最後のチャンスだし、僕にとっても最後のチャンス」と、しきりにおっしゃっていました。

民主党はこれまで野党だったと言っても、小沢一郎のように与党経験者はたくさんいます。全くの素人集団ではない。平家物語の平家の如く堕落していく自民党を見ながら、ずっと鼻をほじってきた人たちです。政権交代直後に打ち出された数々の政策は(その後の些事はともかくとして)、まずまず悪くないと私は思っています。

とにかく実現して欲しいのは政治主導です。トカゲのシッポに成り下がった現状を、なんとか本来の姿に持って行って欲しい。官僚を政治家が束ね、政治家を国民が評価するという形に持って行って欲しい。これが、これから数十年の政治の潮流になるように、我々も頑張らなければなりません。
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〈起始〉:肩甲骨の下角の後面
〈・〉:★肩貞
〈停止〉:上腕骨の小結節稜

〈作用〉:肩関節●伸展●内転●内旋▲水平伸展
〈神経支配〉:肩甲下神経〔(C5)〜C6〜(C7)〕
〈筋連結〉:棘下筋小円筋広背筋
〈変異〉:広背筋との融合や完全な欠損が見られる。

〈触察〉:
・起始付近:(腹臥位で)肩甲骨下角の後面で膨隆している。ここから広背筋と共に腋窩の後壁を形成する。広背筋と肩甲骨の間。
・停止付近:(背臥位で)肩関節屈曲位で、胸郭,肩甲骨外側縁,上腕骨に向かって圧迫。停止付近では、広背筋は腱のみ。正中神経や上腕動脈が走るので注意。

〈関連痛領域〉
三角筋中部と前腕背側の上。

参考文献1「骨格筋の形と触察法」
参考文献2「クリニカルマッサージ」
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悟りへの道 に参加中!
言葉…言の葉、葉っぱなんですね。

木を蔽い、春は若々しく、夏は青々と、秋は色とりどりに装う。

そして、綿帽子をかぶる頃には忽然と消えてしまう。

それが、葉っぱ。

実体のようでいて、実体ではない。

確かに輪郭を捉えてはいるけれど、決して幹の形を正確に伝えているわけではない。

むしろ幹を隠し、時として大げさに、時として慎ましく、

あるいは美しく、あるいは都合よく、あるいは醜く…

健気に真実を語ろうと用いられることも有れば、

邪に真実を蔽い、虚偽を取り繕うために用いられることもある。

しかし、どうあろうとも、葉っぱは葉っぱ。

幹にはなれない。
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標準料金(鍼灸なし・33分触察)の目安
1人:【昼】1900円【夜】2000円
2人:【昼】1800円【夜】1900円
3人以上:【昼】1700円【夜】1800円

詳細は以下のとおりです。

触察料:
標準(33分)で…
・1653円(午前9時〜午後6時)
・1753円(上記以外の時間帯)
※100円(2分)単位で増減できます

出張費:
・1人の場合:283円
・2人の場合:183円
・3人以上:83円

追加項目:
・当日申込は100円
・鍼灸は1体位あたり100円の他、鍼20円(1本)、灸20円(1壮)

端数処理:
・百円未満は切り捨てとします

※今回反映します消費者物価指数(生鮮食品を除く)100.2は9月のものです。

・11月の価格
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司馬遼太郎を読む に参加中!
「空海の風景」(中公文庫)
「上巻の一」を読みました。

《以下引用》
…人間も犬もいま吹いている風も自然の一表現という点では寸分かわらないということをひとびとが知ったのは大乗仏教によってであったが、空海はさらにぬけ出し、密教という非釈迦的な世界を確立した。密教は釈迦の思想を包摂しはしているが、しかし他の仏教のように釈迦を教祖とすることはしなかった。大日という宇宙の原理に人間のかたちをあたえてそれを教祖としているのである。そしてその原理に参加――法によって――しさえすれば風になることも犬になることも、まして生きたまま原理そのものに――愛欲の情念ぐるみに――なることもできるという可能性を断定し、空海はこのおどろくべき体系によってかれの同時代人を驚倒させた。…
《引用終わり》

「密教を一言で言うと(司馬遼太郎の場合)」という感じですね。「千の風になって」はここから来てるんだろうか?

《以下引用》
…すでに長安に渡来していたインドのもっともあたらしい宗教である密教が、かれによって根こそぎ日本にもたらされた。その渡来の異様な思想をかれ自身が独自なものとして体系化…
《引用終わり》

その業績が認められ大変な有名人になった空海が、故郷の満濃池の治水工事を命じられて帰郷します。地方の、しかも空海の一族(佐伯氏)の領地だけが利するような工事を国家プロジェクトとして行った…司馬遼太郎はそんな空海を「ずるい」と評している。

《以下引用》
…空海の思想には「貧しいものには物をあたえよ、富める者には法をあたえよ」という、それまでの釈迦仏教――煩悩から解脱することだけを目的とした――にはない思想があった…
《引用終わり》

だから、それなりの大義名分は成り立つが、国家を手玉に取ることも何とも思わないところもあったのではないか?

《以下引用》
…すでに普遍的世界を知ってしまった空海には、それが日本であれ唐であれ、国家というものは指の腹にのせるほどにちっぽけな存在になってしまっていた。かれにとって国家は使用すべきものであり、追い使うべきものであった。日本史の規模からみてこのような男は空海以外にいないのではないか。…
《引用終わり》

空海の別の顔が見えてきました…

《つづく》

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科学 に参加中!
日本経済新聞に連載中の藤田紘一郎先生(人間総合科学大学教授)の記事からです。

水10ccにエタノール5ccを加えても14.6ccにしかならないそうです(25℃の場合)。エタノールが水の構造の隙間に入ったから、と考えられているそうです。「お酒」と考えると、ちょっと損した気分ですね。

水の体積の中で、水分子そのものが占める割合は38%程度だそうで、62%は隙間。ずいぶんスカスカなんですね。物が溶けるというのは、この隙間に分子が収まるということなのでしょう。

何年も寝かせて熟成させたお酒の味に丸みが出てくるのは、水分子の隙間に細長いアルコールの分子が入り込んで、水に包み込まれる形になるからだそうです。

この熟成が最も起こりやすいアルコール濃度は60%だそうで、溶液全体の体積の3%近くが減るそうです。

最も安定に保つ濃度は40%だそうで、アルコールが最も粘り気を持つ濃度でもあるそうです。

ちなみに、最も殺菌力が強くなる濃度は80%前後とされてます。これは鍼灸の学校で習いました。

今更ながらこんなことで新鮮に驚いてしまうのは、高校の「化学」で習わなかったからじゃないかと思います。試験問題には出せない内容ですから、教科書でも余計なこととして避けているのかもしれません。

でも、大人になると、かなり興味深い話です。参考書の片隅にでも書いててもらえれば、晩酌しているお父さんと親子の会話ができるんじゃないでしょうか。そして、お父さんは子どものおかげで飲み屋でウンチクを語れる…
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ブログネタ
悟りへの道 に参加中!
「如来蔵系経典」(中公文庫版)
「解説」を読みました。

前半は仏教を概説していますが、高崎先生の「仏教入門」を発注済ですので、そこで詳しく取り上げることにしまして、今回は各経典の解説をノートしておきます。

『如来蔵経』
・すべての衆生が如来蔵(仏となる可能性を持つ者・あるいはその可能性そのもの)であることを初めて宣言した経典。
・如来蔵系経典の三部経(著者が命名)。
・衆生は仏と本質を同じくするが、無量の煩悩に蔽われている。しかし、それは一時的な付着物(客塵煩悩)で、本質とは関わりがない。

『不増不減経』
・如来蔵系経典の三部経(著者が命名)。
・仏の本質と煩悩とは共存しているが本質的には結びついていない。

『勝鬘経』
・如来蔵系経典の三部経(著者が命名)。
・如来蔵を「在纏位の法身」(煩悩の蔽いから離脱していない法身)と呼び、「如来蔵は煩悩に関して空である(如来蔵には煩悩はない)」。一方、如来蔵は仏と同じ知恵やその諸徳性(仏の本質)に関しては「不空」。

『華厳経如来性起品』
・如来の生起・出現の意義を十相にわたって説く。
・如来蔵思想に先駆的および側面的助成を与える。

『智光明荘厳経』
・如来蔵については説かないが、如来蔵説に理論的根拠を与える経典。
・如来蔵思想に先駆的および側面的助成を与える。

※ ※ ※

如来蔵思想は、如来の慈悲に基づく衆生の等質性と、仏との同質性を高らかに説いたが、一方で、衆生がいくら努力しても煩悩を除去しきれないという現実、それが何に由来し、どうしたら除去できるか、という点については十分な説明を与えてくれない。

『勝鬘経』がその原因を「根元的無知」(無明住地)に求めて解明を試みたが、未完成であった。そうした点が、唯識説において、アーラヤ識の主張を引き出すことになったものと思われる。

『楞伽経』はアーラヤ識と如来蔵の同一を説き、この思想が『大乗起信論』へと発展した。

…ということだそうです。読みたい本が倍増しました。

《最初から読む》
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科学 に参加中!
「目と耳は二つあるのに口は一つしかないのはどうして?」
「よく見て、よく聞いて、喋るのは半分でいいから。」
という話があります。本当かどうか…

先日、3Dについて書きましたが、目と耳に関しては二つあると立体感を感知できます。口も二つあったら、ステレオとかサラウンドでお話ができましたね…ちょっと残念。

立体感の他に、まさかの時の保険みたいな役割もあると思います。事故や病気で機能を失うことがあっても、片方だけでも助かれば、光や音を完全に失うことは避けられる。

鼻の穴はいつも両方通っているのが当たり前だと思っていたのですが、そうでもないようで、片方ずつ数時間交代で働くらしいです。匂いに立体感はありませんから、それでいいんですね。

二大政党制も鼻の穴みたいなものじゃないかと思います。片方ばかりで呼吸していると、いろいろ問題が起こります。今は何十年と塞がっていたほうの穴が開通したので、新鮮な解放感があります。今まで酸素が行き渡らなかったところに酸素が流れてきそうな期待感。一方、今まで酸素を欲しいままにしていたところには行き渡らなくなる。

天才バカボンに出てくるお巡りさんは鼻の穴が一つしかないので、鼻の掃除をするとき大変だと言ってました。バカバカしいようですが、これは重要なことです。暖炉を使っているときに煙突掃除はできません。鼻クソを取っている方の穴で息をすることもできません。

野党になったら、与党のときにはできなかったことをやるべきです。党としての体質改善をしなければいけません。敵の足を引っ張るよりも、自分の足元を固める時…自分の鼻クソを取る時です。
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〈起始〉:胸腰腱膜浅葉,第7〜12胸椎,全腰椎の棘突起,仙骨の正中仙骨稜,肩甲骨の下角,腸骨の腸骨稜,第(9)10〜第12肋骨
〈・〉:僧帽筋の下(★肝兪),腰背腱膜(★胆兪★脾兪★胃兪★三焦兪),外腹斜筋内腹斜筋の上(★腰眼),★膈関★魂門★陽綱★意舎★胃倉★肓門★志室★痞根
〈停止〉:上腕骨の小結節稜

〈作用〉:肩関節●伸展●内転▲内旋▲水平伸展
〈神経支配〉:胸背神経〔C6〜C8〕
〈筋連結〉:棘下筋大円筋外腹斜筋下後鋸筋
〈変異〉:この筋から離脱した筋線維が筋性腋窩弓を作って、大胸筋に行くことがある。

〈触察〉:
・補助線1:腸骨稜上で、上前腸骨棘と上後腸骨棘の中点から2横指後方の部位と、腋窩の中央部を結ぶ線。
・補助線2:上後腸骨棘と腋窩の中央部を結ぶ線。
・腸骨から起こる筋腹:補助線1と2に挟まれる領域。
・補助線3:第7胸椎棘突起から肩甲骨下角を通り、腋窩に回り込む弓状の線。
・椎骨から起こる筋腹:補助線2と3に挟まれる領域。
・肋骨から起こる筋腹:補助線1より外側方で第(9)10〜12肋骨から起こる筋腹。
・停止付近の筋腹:大円筋と共に腋窩の後壁を形成する。大円筋の前外側。

〈関連痛領域〉
・肩甲骨の下角の周り、肩甲骨から腋窩にかけて腕背面下方橈側(小指および薬指)まで。
三角筋前部の上。
・腰部側面。

参考文献1「骨格筋の形と触察法」
参考文献2「クリニカルマッサージ」
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