トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2006年07月

 どんなものだろう?という好奇心から始めたメール便ですが、だいぶ適応してきました。まず、足の痛みや筋肉痛などがなくなり、肉体面での適応ができました。訪問する家も、番地と名前から玄関のイメージが浮かぶようになりました。一日百冊前後という上限を設けさせていただくことで、鍼灸の仕事への影響も殆どなくなりました。(ブログを書く余裕も出てきました)

 最初は、同じコースを毎日歩く(というか車か自転車に乗りますが)ので、なんだか犬が散歩するみたいだなと思いましたが、健康のため犬と散歩するという人が多い中、自分は一軒配るごとにお金が入るわけで、世のため人のため家計のためにもなると満足しています。

 私が担当するエリアは母校(小学校)の周辺。学校は千年ほど前に城が築かれた所で、今では石畳の道路や遊歩道も造られ、観光バスも立ち寄るようなきれいな公園になりました。趣味で毎日サイクリングしてもいい場所です。仕事だし…ガソリンが上がったから…と言いながらも、なかなか楽しいひと時です。

 そして、ここは将来、娘たちが通学路として通うかもしれない道。そう思うと、危険な場所はないだろうかとか、変な人が隠れそうなところはないだろうかとか、考えてしまいます。親バカというか…世の中が物騒なんですよね・・・
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 今日は8月の価格を決定しました。5月の消費者物価指数(生鮮を除く)は98.5で、前月比で0.3ポイント上がりました。一律5円上げさせていただくことにしました。触察料1677円、標準の時間34分となります。

 8月から、夜間(午後6時以降)の追加料金は140円、鍼灸の追加料金(1体位あたり)は40円、当日予約の追加料金は90円いただくことにします。
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 以前勤めていた会社の同僚が携帯電話の一部を設計したとのこと。「一緒に仕事していた頃の技術も生かされてますよ」と言われて俄然欲しくなり、買うことにしました。F902iS。

 「携帯電話はケータイへと進化した!」と言われて久しいですが、私が3年ほど前から使っていたケータイも、メーラーであり、デジカメであり、電卓であり、電話であり、メモ帳でありました。そして、列挙した順がまさに私の場合の使用頻度でありまして、電話が一番目でないというのは面白いことです。元同僚が設計したのは音声処理部でありまして、電話の部分。最も本質的な部分でありながら、スポットライトがあたりにくくなっている部分であり、開発者の心境も複雑でしょう。

 携帯電話にカメラが付いたときには、思わず「どうして?」とつぶやいてしまいましたが、今では当たり前。今回はミュージックプレーヤーとお財布の機能が付きました。ミュージックプレーヤーの使用頻度がメーラーを上回りそうな状況です。

 ますます、携帯電話という呼称は不適切になっていきます。

「うろん語」第三巻目次(その1)を見る
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 やっと確認問題をやりました。採点はまだですが・・・。前回、問題をやった時に作ったファイルの日付を見たら6月6日!一月以上ブランクがあることが判明し、愕然としたところです。とにかく、時間を見つけて頑張ろう!という気持ちが大切です。と言って、また一日過ぎていく…

目次(その1)を見る
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 体重60.6kg、体脂肪率19%になりました。周りからも「痩せたね?」と言われるようになりました。食べる物も、量の制限は意識しなくとも太らなくなりました。毎日2時間は自転車に乗ってますから、当たり前かもしれません。

 でも、私が子供の頃は、半日も歩き続けたり自転車に乗り続けたりして、何十キロも移動することが珍しくなかったように思うのですが、最近は考えられないことです。「体を動かす」というレベルが、極端に下がってしまったのではないかと思います。だから、体にとてもいいことをしているように思えてなりません。

 思えば、私たちの体は毛皮を着てウホウホ言って走り回ることを前提にできています。三国志の「脾肉の嘆」という言葉も、運動不足で体がなまってしまったということでしょうし、家康は平和になってからも鷹狩りで体を鍛え続けたようです。ついつい運動不足になってしまうは、現代に限ったことではないようです。だからこそ、体を鍛える心がけは昔から大切だったし、今はなおさら大切です。

 このメール便の鍛錬に打ち勝ち、健康な体になるか?疲れて倒れてしまうのか?私のささやかな挑戦は続きます!
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「背中のこの辺りが凝っていますね」と言うと、「それはどういうことですか?」と尋ねるお客さんは割りと多いです。「○○の働きをする××という筋肉に負担がかかってコリができたということです」と説明すると、物足りなそう反応。中には、「勉強不足だな」とおっしゃる方も。

 こういう方は東洋医学に興味を持っている方が多く、「この位置は○○のツボの近くですから、肝臓が悪いんじゃないですか?」的な説明を期待されているようです。そのことは私も重々気付いてはいるのですが、敢えて上のような説明で終わらせています。

 私が鍼灸師になる前に、ある医学博士に言われたことがあるのです。「東洋医学の脈診やら触診やらで、胃が悪いとか肝臓が悪いとか指摘できたとして何の意味があるのかね?胃のどの辺りに直径何ミリのポリープがあって、それが良性か悪性か?というところまでわからなかったら、医学的には全く意味が無いだろう?」

 私も理系の人間ですから、これには全く同感です。ただ、いいとか悪いとか言うだけなら、それは診断ではなくて、占断つまり占いでしかないと思います。お客様に面と向かっては言えないので、この場を借りて反論致します。どちらが勉強不足でしょうか?
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 宇宙の中のゆらぎが特別な状態を作り出し、そのなかで化学反応が起きて生命が生まれた!という仮説があるようです。現代社会の生活の中でも、私たちはいろいろな変化に包まれていますし、それがストレスになる場合もある反面、その波に揺られているのが自然なあり方なのではないかと私は思います。全く波立たない海に浮かんでいても、つまらないのではないかと。

 でも、大きな波が来たときの苦労からか、人は安定を求めがちです。仏教でしっかりと「無常」を勉強してきた日本人ですが、強く安定を求める傾向があるのは、戦争という大きな波を経験した世代の残り香でしょうか。もっとも今の若い世代には見られないかもしれませんが。

 世の中には「安定」というものは偶然続くことはあるにせよ、基本的には存在しないのだと私は思います。安定していると思えるのが見せかけならば、そんな不安定な安定は捨てて、不安定な日常に敢えて身をおき、耐力をつけたいものだと思いました。

 ゴールデンウィークに泊まったビジネスホテルは、民宿のような雰囲気で、ご主人と少し話をする機会がありました。「うちは後継ぎがいないんだよ。息子は、ずっとこんな商売見てきたから、安定した公務員になりたいと言ってねぇ…」
「うちの両親は公社に勤めていましたから、その息子(私)は安定を嫌って自営業ですよ。全く逆ですね(笑)」

 これも無常ということでしょうか。

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