トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

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タイムスクープハンターで「算額」について知りました。

江戸時代には庶民の間でも算数の問題を解くのが流行っていて、難しい問題が解けると絵馬のように板に書き、神社に奉納するというもの。これは、江戸だけではなく、各地方にも広がっていて、算数の得意な人が旅をして歩き、村で解けないでいる問題を解いてあげたりしていたという話。気に入られると住みついたりしたようでした。

先日伺ったお客様のお宅で、この問題を写真に撮って、額に入れて飾っているのを発見!ビックリしました。天保年間のもので、問題はよく意味が分かりませんでしたが、図を見た限りでは高校入試の証明問題よりは十分に難しい。聞けば、寒河江のある神社にあるものらしい…

どこの神社か、少々しつこく聞いたんですが、秘密なのかもしれません。ここだけの話ということで(笑)

私は出張専門の仕事なので、仕事をする前とした後に必ず車の運転が伴います。最近、路面が冷えてきたこととは関係なしにヒヤッとすることが立て続けにありました。

2011/12/15 18:00:22
さきほど、対向車が車線を間違えて向かってきました。スピードが出ていたら正面衝突でした。怖かった… #yachi #yamagata

これは、交差点で、直進もしくは左折車用の車線と右折車用の車線と対向車線の3つに分かれているところで、私は右折だったので真ん中の車線に入った時でした。右折してきた対向車が対向車線に入らずに私の真正面に来たのです。私は赤信号であと数メートルで停止しようとしていたので良かったのですが、スピードが出ていたら間違いなく正面衝突。暗くなっていて、路面が濡れていたので、車線がどうなっているか分からなくなったのだと思われます。

そして、その次の日には、ゆるいカーブで対向車がセンターラインを越えてこちらに来ようとしている。運転者の顔をみたら、ずーっと横を向いたままなのです。ギリギリで正面を向いてハンドルを直したので大丈夫だったのですが、こういう人は最近少なくないですね。


2011/12/13 18:27:26
高齢者が交通事故の被害になりやすいのは横断に時間がかかるからだとNHKが解説していたが、ゆっくりの方が発見されやすくて安全なのではないのか?

交通事故で高齢者が犠牲になる事故が先日多発しました。事故を起こしたドライバーは全員、歩行者と衝突するまで歩行者に気づかなかったと言っているとのこと。その中の一つは、朝明るくなってから、信号機のない交差点の横断歩道を横断中の老人が、渡り終わる間際に轢き殺されました。「暗くて見えなった」のではないのです。老人が「変なところを渡った」とか「信号無視をした」とか「渡り終わる前に赤信号になってしまった」とかではないのです。

ただ、ドライバーが前を見ていなかっただけなのです。

高齢者は歩くのがゆっくりだから、ドライバーはちゃんと前を見て運転さえしていれば、かなり手前から歩行者を確認できたはずなのです。急に飛び出して来たのなら避けられなかったということもあり得ますが、今回は当てはまらない。運転者はかなり手前から、前方を全く見ないで運転していたことになるのです。

そして、このニュースで、「高齢者は歩くのが遅いからドライバーは注意しなさい」という忠告を聞いて二度ビックリ。繰りかえしますが、高齢者が渡り終わる前に赤信号になってしまったために起きた事故は今回発生していないのです。それなのに、山形県警がそういうことを言っているという。まず、警察が間違っている。

でも、「そこは違うんじゃないですか?」と突っ込まないNHKもどうかしている。間違いをそのまま報道している。「県警はこんなことを言っているんですが、これは今回はあてはまらないですね。何を言ってるんでしょうね。」と言うくらいの気概が欲しい。「高齢者に失礼ですね」くらい言って欲しい。

NHKも、警察も、事故を起こした運転者も、どこを見ているのか分かりません。

ともあれ、これから、雪道です。私も気をつけます。みなさん、安全運転で行きましょう。

NHKの世界のドキュメンタリー「終わらない悪夢」を見まして、ショックとか怒りとかも失せて、大きな落胆とともに、何となく腑に落ちた気分になりました。

日本の原子力がダメだというのは3.11以降痛いほどよく分かったのですが、2009年に制作されたフランスのドキュメンタリーを見て、アメリカもフランスもロシアもドイツ(はマシな方)もコイツも、かなりヒドイということが分かりました。

相対論(E=mc2)に基づき核開発競争は始まりましたから、アメリカにもロシアにも放射能に汚染されて50年以上も経っている地域があるのです。しっかり蓄積されているから、放射性物質の放出がほんの一瞬しか無かったHiroshimaやNagasakiとは比較にならないほど酷い状況。

チェリヤビンスクのマヤーク核施設付近では、家族をガンで亡くしながらも、他に行くところもなく、内部被曝と外部被曝に満ちた生活をしている人がいまだにいる。測定値は50年経った今でも明らかに高い数値なので、当局は正確な値を公表しない。そんな、明日のFukushimaみたいな地域が世界にはたくさんあるようなのです。

核燃料はリサイクルが可能と言われますが、それはほんの一部で、約9割は劣化ウランとなり、今でもただ棄てるしか方法は無いようです。以前はドラム缶に詰めて船から海洋投棄されましたが、これは現在禁止されているとのこと。でも、このドラム缶は海底で腐食し、放射性廃棄物は海にほとんど流失しているようです。

海洋投棄は禁止されていても陸上から海に投棄するのはこの限りではないため、フランスのアレバ社の核再処理施設からは、放射性物質が海や空に毎日放出され続けています。番組の取材に対し、アレバ社の広報の人は「(排気や排水に)放射性物質が存在はしているが、これを汚染と呼ぶかどうかは分からない」という明らかにクロの言い訳をしました。

ですから、Fukushimaでも、大量の汚染水を海にあっさり捨てましたが、業界の方々からしてみたら別にどってことなかったわけです。

処理方法の見つからない核廃棄物は世界中のいろんなところに、いろんな方法で貯蔵(もてあま)されており、ここからも今現在漏出していない保証はないのです。アレバ社が生み出す劣化ウランはロシアに引き取ってもらっていて、それはシベリアに運ばれ、そのコンテナが山積みされている様子は衛星写真から確認できます。ここから漏れている可能性はかなり高いようなのですが、この影響が顕在化したとしてもFukushimaのせいになることでしょう。

結局、Fukushimaの今日は、業界の方々からしてみればバッチリ想定内であり、Tsunamiはむしろもっけの幸いだったかもしれません。ヨーロッパの放射能汚染はチェルノブイリ、アジアの放射能汚染はFukushimaのせいにすればいいことになったのですから。

数十年前は有毒な化学物質が工場からどんどんと排出されましたが、放射性物質は今もなお盛んだというわけです。化学物質は最近やっと、慎まれるようになってきました。でも、放射性物質に関してはその気配すら未だ無いようです。

考えてみれば、私たちは、二酸化炭素が問題だと言いながらその増加を止めることすら未だに成功してはいません。今まで同様、自動車にも乗り続けています。その解決策としてクリーンな電気自動車が有望視されていましたが、これは原子力発電が前提です。ですから、風力発電のような本当にクリーンな発電方法に全面的に移行しない限り、電気自動車は劣化ウランを撒き散らして走っているのと同じなのです。これでは、ガソリン車の方がずっとずっとクリーンです。

人類とは、何と愚かな存在なのでしょうか。地球に生存するに値しない生き物なのかもしれません。何も知らずに生れて来た子どもたちが不憫でなりません。

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NHK に参加中!
NHKでホットスポットという番組が始まりました。絶滅危惧種が集中しているエリアを言うとのこと。

じゃあ、無線LANにつながる場所は何ていうだっけ?と疑問に思って調べてみたら、やっぱりそれもホットスポット。Wikiによればマグマが噴き出してるところもそう呼ぶらしい。マグマがホットなのは納得できるんですが、絶滅危惧種が多い所というのはどっちかというと冷え切ってる感じがするんですけど…。

さて、無線LANの方のホットスポット。これが子供たちの間でかなりホットだという噂を耳にしました。

無線LANが備わっているお家は今では珍しく無いと思うのですが、WEPとかMACアドレスとかでアクセス制限をしていない場合が結構多いらしいのです。そういうお家の軒下は無線LANにアクセスできるわけです。これがまさに、子供たちの間で流行っているホットスポット。

DSを手にした子供たちが、このホットスポットに集まって、ゲームを楽しんでいるとのこと。

インターネットは常時接続で定額料金ですから、子供たちがアクセスしたところでパケット料金が発生するわけでもなく、そのお家に迷惑がかかるわけでもありません。だから問題は無いんでしょうが、現代らしい子供の遊び場というわけです。

うちの公文の教室も無線LANを備えたら、ホットスポットにしてみようかと話しています。半分冗談ですが、半分かなり本気です。

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悟りへの道 に参加中!
COP10というのが開催されているようで、「生物多様性」という言葉がよく聞かれます。

多様性の意義はいろいろあるんでしょうが、現存する遺伝情報にバリエーションがあることの重要性は、今回話題になった「遺伝子資産」という言葉の流布を待たなくとも、認識されておりました。

地球環境の変化というのは必ず起こり得ることですので、いまの環境に適応した遺伝情報だけが生き残ることになると、環境が変化したときに生物が全滅する可能性が出てきます。

遺伝情報のバリエーションを増やす有性生殖の生物の存在意義がここにあります。これを踏まえて人間や思想の多様性も重要であることは以前も書きました

今回は「人物多様性」という言葉を提唱したいと思います。

江戸時代の庶民は長屋暮らしなどをしていましたから、運命共同体としての連携が強かったそうです。特に世界的大都市だった江戸は、なにかちょっとしたことが商売になり、その日暮らしでも食い繋いでいくことができました。(爆笑問題のニッポンの教養#122「落語ぢから」参照

さらには困っている人を助けようという機運が強く、勝海舟の父親のようなとんでもない変わり者でも、他人に助けられて、生きていくことができました。(歴史秘話ヒストリア第53回「大江戸なんだこりゃ!?ハジケて笑える“文化文政時代”」参照)こんな変わり者の息子だからこそ、江戸城無血開城というような当時としては奇想天外なことを実現できたとも言えます。

「生物多様性」が危機にさらされているのと同様、「人物多様性」も危機にさらされているような気がします。変わり者は潰してしまえ!という風潮が感じられるからです。

江戸のように、懐が寒くても、懐の広い、心の暖かい社会が実現できないものでしょうかね…

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NHK に参加中!
山一証券のドキュメントだったと思います。ある日、突然、社長が叫ぶ。「これは倒産ということなのか?」…あのような大会社が、いつの間にか倒産していたというのです。日本を揺るがす大事件が、社長も気づかないほど静かにやってくる。

先月、昨年8月のNHKスペシャル「海軍反省会」を再び取り上げた番組を見ました。戦争さえも静かに(さりげなく!)やってくることが示されていました。海軍と陸軍の張り合い。組織の中でそれぞれの思惑を通すための策略の積み重ね。個々の策略は全てが戦争を志向していたわけではありません。むしろ勝てる見込みはないということで、反戦の動きさえも少なくなかった。それなのに…

策略の積み重ねは、今日、どこの組織でも日常的に普通に繰り広げられています。勢力争いとか、面子とか、意地の張り合いとか、そんな人間のちっぽけな感情も、つもりつもって思いもよらぬ方向に転がっていくことがあるようです。

反戦運動さえも、戦争への引き金になるポテンシャルを孕んでいる…

戦争を志向しないベクトルだけを集めたのに、全部足し合わせたら、バッチリ戦争を指し示していた!なんてことが有り得るようで、とっても怖い話です。

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どうしようもない政治 に参加中!
NHKスペシャル「永田町・権力の興亡」(11月1日より三夜連続放送分)を見ました。宮沢内閣滅亡(!)後の16年間の政治の駆け引きを、国会での多数派工作に終始した部分に焦点を当ててレポートしたもの。小沢一郎、細川護熙、村山富市、武村正義、野中広務、森喜朗、亀井静香、加藤紘一、菅直人、前原誠司、安倍晋三といった人々にインタビューを敢行し、「今だから話すけど…」というのを語ってもらった番組でした。

安倍・福田・麻生という内閣は、ただ与党であり続けるためのものだった。頭であるはずの総理大臣が実質はトカゲのシッポ的存在だった。ただ体裁だけのために存在していて、切り捨てても何の支障もない存在だった…ということを以前書きました。でも、これは、細川内閣誕生の頃から始まった政治手法だったようです。そして、その興亡の渦の中には、常に小沢一郎という男がいた。

上記の人々、謙虚と言うか正直というか、「そのときは与党になるために(あるいはあり続けるために)そうするしかなかった。それ以上の大層なことは何も考えていなかった。」ということを口々に言っていました。

「与党になること、あるいは与党で居続けること」が政治の至上命題だった。そのために国会での多数派工作に夢中になっていた。思想・信条・主張とか全く関係なく、手を組めるところとは誰とでも手を組んだ。そのためには、脅し・騙し等々手段は選ばない。ゆえに、与党になった瞬間、何をしたらいいか分からなくなる…

バカ野郎!というより、覚醒剤をやめられない人みたいで、可哀そうな人たちだなと思いました。

本来の政治は目的ではなくなっているのですから、官僚にやってもらうしかなかったんですね。そうなれば、官僚も自分たちの老後のために、いろいろな仕組みを作るのは当たり前かもしれません。

ずっと、政界をかき回してきた小沢一郎。これまでにも何度か与党の中にいたこともありますが、なかなか思い通りに事は進まなかった。「今回は、日本という国にとっても最後のチャンスだし、僕にとっても最後のチャンス」と、しきりにおっしゃっていました。

民主党はこれまで野党だったと言っても、小沢一郎のように与党経験者はたくさんいます。全くの素人集団ではない。平家物語の平家の如く堕落していく自民党を見ながら、ずっと鼻をほじってきた人たちです。政権交代直後に打ち出された数々の政策は(その後の些事はともかくとして)、まずまず悪くないと私は思っています。

とにかく実現して欲しいのは政治主導です。トカゲのシッポに成り下がった現状を、なんとか本来の姿に持って行って欲しい。官僚を政治家が束ね、政治家を国民が評価するという形に持って行って欲しい。これが、これから数十年の政治の潮流になるように、我々も頑張らなければなりません。

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司馬遼太郎を読む に参加中!
「空海の風景」(中公文庫)
「『空海の風景』を旅する」の「第一章 なぜ、今、空海なのか」を読みました。

チーフプロデューサーの鎌倉さんの文章。「なぜ、今、空海なのか」という、番組のメインテーマが決まらなくて悩んだことが述懐されてます。

そもそも、番組を作ることになった発端はプロローグを書いた冨沢さんの事情ですから、「なぜ、今」と言われればそれが理由なのでしょうけれど…

もっともっと大きなことを世に問いたかったんでしょうね。

それでも「なぜ」にしたらいいか、悩む。後先逆なんですけど、世の中というのは、特にサラリーマンというのは、そういうことがよくあるものです。

そんな矢先、同時多発テロが起きる。それで大きなテーマを見つけることができた…という話です。

今でも9月11日という日付けをみるとドキリとします。火曜サスペンス劇場が中断して流されたあの映像はドラマなど比較にならない衝撃で、信じられない現実に震撼したものです。2001年の出来事だったのですね…

この番組は、その後に放送されたということになりますが、全然記憶にない。世界はそれどころではなかったのかもしれない。

番組スタッフから見れば、それも皮肉な話だ…

《つづく》

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科学 に参加中!
サイエンスZERO(10月10日放送分)を見ました。今年は3D元年と呼ばれ、3Dの映画が本格的に普及しそうな雰囲気です。

大画面でサラウンドのテレビが普及してしまった現在、映画館に行かなければ体験できないことは少なくなりました。むしろ、家でテレビを見ていた方が、暗い部屋にいなくてもいいし、ポップコーン以外の好きなものを食べながらでいいし、ポーズを押してトイレに行くこともできる。映画は以前ほど特別なものではなくなりました。

でも、3Dならば…カラーテレビが無かった頃のカラー映画、テレビがモノーラルだった頃のステレオ映画くらいの特別なものに復権することができそうです。

3Dの原理はかなり昔から開発されていました。基本は右目と左目に別々の映像を見せればいい。一番簡単で誰でも経験があるのは、赤いセロファンと青いセロファンのメガネをかけて見る方法。子供向けの雑誌によく載ってました。難点は色がおかしくなってしまうこと。

次に簡単なのがシャッタータイプのもの。画面に右目用の映像と左目用の映像を交互に映し出し、それと同期して右目と左目が交互に見えなくなるメガネをかける方法。

これは20年くらい前に、ビジネスホテルのテレビで視聴可能なところがありました。但し、対応しているソフトはアダルトものだけ。私も技術者として純粋にこの仕掛けに興味がありましたので、見たくもないアダルトを見ました!(ここ笑うところ

この方法の難点は、メガネが機械仕掛けですからカタカタと振動がありますし、若干重い。同期を取るためにテレビにコードがつながってますから、これも少し邪魔になる。さらに、1秒に何コマか知りませんが、右用の映像と左用の映像が切り替わるためにコマ数が半減してしまいます。だから、どうしても画面のチラつきが気になります。

さらに、出張で同僚と同じホテルに泊まっている場合、チェックアウトの時に「ビデオをご覧になりましたね?」とフロントが言うのを聞かれては困るので、早めにチェックアウトをしてフロントの脇で新聞を読みながら同僚が出てくるのを待たなければいけない。(ここ笑うところ

3D元年ということで用いられている方法は回折格子を使用する方法です。光には振動の方向がありまして、普通の光源はいろいろな方向の光が混在して放射されます。回折格子は一定方向の光しか通さないフィルタです。だから、例えば縦方向の光だけの映像と横方向の光だけの映像を同じスクリーンに重ねて投影しても、縦向きの回折格子と横向きの回折格子を左右別々にしたメガネをかけて見れば、左右の眼には別々の映像が見えるのです。

回折格子のサングラスも普通に商品化されているはずですから、一見全く普通のメガネです。映像も左右同時に投影されていますからコマ落ちもしません。色の制約もありません。上記2方式に比べれば、見る側には全く負担がありません。

この原理はずっと前から分かっていました。実用化を阻んでいたのは、右用の映写機と左用の映写機を同時に使う必要があり、両者のタイミングは絶対にずれてはいけないことです。最近の映写機はデジタル・コンテンツを使うようになりましたから、2台の映写機のタイミングを完全にコントロールすることが可能になりました。

我が東根にも新しい映画館が建つ予定とのこと。3D映像が見れたらいいな。でも、アダルトは見ませんよ!(ここ笑うところ

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司馬遼太郎を読む に参加中!
旅行好きの方
「飛行機と船で旅行してきました!」という話ではありません…あしからず。

「空海の風景」(中公文庫)
「『空海の風景』を旅する」の「プロローグ 『空海の風景』への旅はこうして始まった」を読みました。

考えてみると、私は司馬遼太郎の本を一冊通して読んだことが一度もありません。司馬遼太郎にはNHKの「街道をゆく」から入ったものですから、一部抜粋の文章にばかり慣れていて、ところどころ映像が入ってこないと物足りない。でも、あの文章の独特な雰囲気は好きです。

弘法大師に興味を持ってから、ずっと司馬遼太郎のこの本は読みたいと思っていました。でも、このブログの読書日記でないと読破する自信がなかったので、ずっと書庫に眠らせておりました。

NHKの「街道をゆく」の映像に朗読を入れていくというスタイルは、司馬遼太郎自身がこだわったもののようです。

ドラマの形にしてしまうと脚本化の作業が間に入りますから、原作が見えてこないことが多いです。好評の大河ドラマ「風林火山」にしても「天地人」にしても、原作があっさりしているのが幸いしてか、脚本家の腕の見せ所が多く、大河とは思えないくらいに面白いお話になっています。

それはそれでいいのですが、原作が面白い場合にはドラマにしてしまうのはもったいない。新鮮な魚は刺身の方がいいじゃないか、ということです。

司馬遼太郎の最高傑作と言われるこの作品、NHK取材班の本と読み比べながら、ゆっくりじっくり、旅していきたいと思います。

《つづく》

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