トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Tag:自学自習

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「わが子を守る教育法」(1973年)
「指導上の心がけ」(1974年)
「より多くの生徒に公文式を」(1976年)
「自学自習の強み」(1978年)
上記4編を読みました。

学校での内容を補完するということなのか、学校で大事にやっていることは公文式ではしないということのようです。重複したら子供が損をする、とのこと。

教科書に沿った内容をして欲しいという親からの要望が少なくないようですが、上記の考え方を踏まえて、能力に合うところから始められるメリットを説くのが指導者(公文のインストラクター)に求められる力量のようです。

他の塾の、一斉授業による指導よりも、公文方式(自学自習)の方が勝っていると書いてあります、学習時間vs効果の面でもモチベーション向上の面でも。これは、今後、妻の実感を聞いてみたいと思います。

《つづく》

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「数学の学力を伸ばす指導法」
1965年の文章です。公文さんが考案した学習法を自ら「実験」と呼んでいるのですが、その割には自信のある発言が目立ちます。始まって7年くらいでしょうか。かなり実績ができてきたのでしょう。

半時間くらいでできる内容のプリントを毎日自学自習させる。間違ったところを指摘して見直しをさせる。満点を取ったところで次のプリントに移る。

文科省が決めた各学年での学習内容に子供を合わせていくのではなく、学年にこだわらずに子供に教材を合わせていくという点が公文式の特長だと思います。

スポーツや芸能では学年平均以上の能力を身につけることを喜ぶのに、算数等の教科では学年相応の能力を望むのはおかしい、という指摘はなるほどと思いました。今はともかく、当時はそういう親が多かったかもしれません。

公文式はフレキシブルな飛び級ができる、ということなのかもしれません。一学年とか二学年とか、一年単位の飛び級ではなく、自由なズレ具合で先に進むこともできれば後に遅れることもできる。

学校の進度から独立しているという点が大きな魅力です。

《つづく》

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妻が公文の教室を開くことになりました。そんなわけで、創始者公文公会長の御本を読んでみることにしました。

「小学生に微積分まで」
1959年の文章です。今年50周年ということですから、本当に始まったばかりのころですね。高校の数学の先生をされていた公文さんが自分の子供(さらに4年前で小学2年生)の算数の成績が悪かったのでなんとかしようと取り組んだのがはじまりのようです。

いろいろな計算ドリルを参考にプリントを作り、子供に自習させ、夜に自分が添削するというを繰り返した。それが今の公文式の原型というわけです。

授業するよりも自分で問題を解くほうがいいのではないか?という気づきは、公文式にとって重要なことでしょう。

タイトルの微積分ですが、高校生でも単純にやり方だけを覚えるのに終始するのが現実かもしれません。まして小学生となればやり方だけを覚えるのが関の山でしょう。意味も分からずやり方だけ覚えて意味があるのか?

小学生の時に一度やり方だけ刷り込んでおけば、高校生になったとき何となく解ける状態になっていることでしょう(うまくいけば)。そこでゆとりが生まれる。ゆっくり微積分の意味を覚えればいい。

公文式の考え方のポイントのひとつでしょう。

「まず算数一科目に自信を」
これは1960年の文章。まず得意科目を作れ!という戦略は当時としては特異だったかもしれません。計算力をつけるのが大事だ!ということも。

ストップウォッチで時間を計って計算問題のプリントをどんどん解かせるというやり方が注目されたのも数年前だったと思います。40年も前の話ではない。

最近は脳力とか言って、大人が簡単な計算問題を次々解くのも流行っています。ボケ防止に公文式をやろうかと真剣に考えております。

《つづく》

公文式の主張公文式の主張

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