トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Tag:脳

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「犀の角たち」(大蔵出版)
「第三章 数学」の後半を読みました。

この本の説明は分かりやすいというか、私好みです。科学史の本としても非常に優れていると思います。

そんなわけで、ペンローズについても書いてあるので、メモっておきます。いつか勉強したいと思って何年も前に本を買ってあったのですが、いまだに読めてません。それらの本を全て読んだところで、この本を読んだほどの理解ができるかどうか疑問です。

1.真実でありながら、それを数学的論理思考によって証明のできない命題が存在するということが、数学自身によって立証されている。つまり計算不可能性をもった命題が存在する。

2.我々人間の意識というものは、単にコンピューター機能の複雑化したものではなく、コンピューターには処理できない事柄、すなわち計算不可能な事柄を処理する能力がある(と思われる)。

3.抽象的な数学世界における計算不可能性が、具体的な物理世界に顔を出す場所があるとすると、量子論における「波の収縮」だと思われる。

4.計算不可能性も処理する新しい理論が見つかれば、「波の収縮」も説明できるだろう。量子論的確率の世界と現実の確定した世界とがスムーズに連結され、単一でエレガントな物理世界が見えてくるに違いない。

5.意識を生み出す脳という器官が、計算不可能な事柄を処理することのできる場所であるから、我々の知らない未知の科学理論によって機能していると考えざるを得ない。

6.脳の機能を詳細に調べれば、新理論を見つけ出せるかもしれない。ニューロン内部の微小管と呼ばれる部分が怪しい。

著者もペンローズの考えを疑問視しています。私も、ペンローズが評価されるような事実が見つかってから、ペンローズに向き合ってみたいと思います。

そうしないと、私の脳は、計算不可能な事柄を処理するどころか、計算不可能な脳になってしまいそうですから…

さて、次回からいよいよ仏教です!

《つづく》

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NHKスペシャル「女と男」第二回(1月12日放送)を見ました。

病気に男女差があることがわかってきました。例えば、狭心症は冠動脈が狭くなってが起こるとされていますが、それはほとんどが男性で、女性の場合は心筋内の微小血管によって起きている。原因は閉経後にエストロゲンが減少するためと考えられています。

他にも、骨粗鬆症による骨折は女性が男性の4倍、過敏性腸症候群は女性が男性の2倍、慢性疲労症候群は女性の方が有病率が高い…などなど。

脳の違いも明らかになってきています。女性は14歳から海馬(記憶を司る)が、男性より大きくなります。男性は15歳から扁桃体(怖いとか好きとか嫌いという感情に関わる)が、女性より大きくなる。

これに由来するかどうかは不明ですが、脳に関する病気の男女差は…うつ病にかかる人は、13歳を過ぎると女性が多くなる。55歳以降、アルツハイマー病の発症リスクは女性が男性の2倍。自閉症の発症率は男性が2.5倍。

「話を聞かない男、地図が読めない女」という本が一時期流行りましたが、言い替えると、男性は空間認知力に優れ、女性は言葉に関する能力(Fで始まる単語を1分間に何個言えるか、といったテスト)が優れているということです。

宝探しのようなゲームをした場合、宝の在りかを方角と距離で指示(「北に何m、東に何m」という形式)すると、男性が圧倒的に強いそうです。ところが、具体的な指示(「○○の像のところを右」というような形式)を出すと、女性が圧倒的に成績が良くなる。

「女は地図が読めない」というのは、地図は方角と距離を中心に作成しているので、単に男性向けに作られた情報だからということなのではないか?この能力差は、人類が狩猟採集の生活をしていた頃に、男性は狩猟、女性は採集を担当していた名残ではないか?という仮説が立てられています。

知能テストで脳のどの部分をよく使うかという研究では、男性は空間能力を司る部分、女性は言葉を話す時に使う部分(ブローカ野)が活性化しているそうです。同じ問題を解く場合でも、男と女では違う道筋で処理しているのですね。

この違いを教育に生かすという取り組みもされています。(アメリカだったかな?)男女共学のクラスの他に、男女別のクラスを選べる小学校があるらしい。落ちこぼれを作らないようにしたら、こうなったとか。

男子クラスでは、男子はじっとしていられないから、好きな本を好きな格好で読んでもいい(寝そべっても可)。授業は軍隊のように命令口調で行われ、ボスが誰であるかがわかるようにするそうです。

女子クラスでは、女子は上下関係を好まないので、ペアで共同作業する機会を多くする。男女一緒だと競争心が強くて喧嘩になるのだそうです。

女性はプロセスを大切にするので、ひとつのやり方を強制されることを嫌うそうです。だから、解析幾何の授業ではグラフから解くやり方と、数式から解くやり方の2つを提示し、選ばせる。

男女の違いを仕事に応用した場合、というのもあります。顧客のところに赴いて、打ち合わせをする場合…

顧客の担当者が男性の場合、こちら側の地位の高い人を出席させ、提供できる最高のプランをズバリ提案するといい。男性はひとつのことに集中し、それを解決するための優先順位を付けようとするから。

顧客の担当者が女性の場合、こちら側の実際の担当者を可能な限り多く参加させ、たったひとつの答えをズバリ言うことを避け、時間をかけて議論し、結果に至るプロセスを大切にするといい。女性は複数のことを同時にこなしながら、決断していくから。

うなづける点が多々あります。妻とのやり取りで試してみようと思います。

《つづく》

話を聞かない男、地図が読めない女
話を聞かない男、地図が読めない女

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チャプタ垢痢崛躪臈知性と専門的知性」「「収束性」という罠」を読みました。

《以下引用》…元来、脳の中の神経細胞のネットワークが、「専門的領域」へと塗り分けられているわけではない。脳の中には、どの神経細胞からどの神経細胞へもせいぜい数回の「シナプス結合」を通せば到達できる「スモール・ワールド・ネットワーク」が存在する。表面的に見れば遠く隔たり、関係のないように見える能力の発露も、脳の生理的特性の実際に即して考えれば、実はお互いに関連しあっている。…《引用終わり》

これは、とっても興味ある記述でした。薄々勘付いてはいましたが、「やっぱりそうなのか!」という感じ。おそらく、その人なりの思考回路がユニークな形で出来上がっていて、それがCPUのようにどんな分野の情報をも処理しているんでしょうね。

少なくとも、脳の外で便宜的に行われているカテゴリーの分類に即して、脳細胞の部分部分がきれいに機能分担しているとは考えられない。つまり脳から見たとき、専門性というのは幻想に過ぎない。

《以下引用》…宗教から芸術まで、そして科学においても。「立派なもの」としてある価値を立て、そこへの収束を目指す。人間精神がそのような傾向を持つに至った理由は明らかではないが、この点にこそ、人類が生命現象の本質をとらえ損なってきたことの根本的原因がある。…《引用終わり》

私もドーキンスの本を読んだ時に、そう思いました。さらに、全てのことをとらえるのは脳であり、脳もまた生命現象であることを想起した時に、人類が全てのことをとらえ損なってきたことの根本的原因なのではないか…と思ったりしています。

日常的な事柄についてでさえ、「立派なもの」を中心に据えて、物事を考えている人はとても多いような気がします。

《つづく》

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科学 に参加中!
チャプタ犬痢峪羂賈腓諒源列に「真理」は宿るか」「批評性と創造」「怒りについて」を読みました。

いかに深遠な思想といえども、紙一枚に書かれた文字列の価値を理解するのは脳であるから、脳との出会いが無ければただの汚れた紙切れになってしまいます。茂木さんが脳の研究に傾いていったのはそこなのでしょうね。

批評性を放棄した創造は良くない、ということを書いています。日本人は批評性が乏しい(真摯な批評というものを許容する精神的雅量に乏しい)のだそうです。私は、これは分からない。

「感情における「正」も「負」も、結局は脳の中の神経細胞の相互結合にもとづくダイナミクスから生み出される状態の持つ性質にすぎない。」だから、「負」ばかりの人生の中から「正」を創造する「錬金術」も可能である。時として怒りが、大きな創造エネルギーを生み出すことがある。

「錬金術」のような人生…この表現は素敵だな。

《つづく》

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疲れはどこで感じるのか?実はこれが分かっていないのだそうです。かつては乳酸が疲労物質と呼ばれ、この血中濃度を脳が検知して疲労を感じるというのが定説でしたが、今は否定されているとのこと。筋肉の「疲れたよう」という叫びがそのまま疲れとして感じ取られるわけではないらしい。これもプログラム処理なんじゃないかと言われているみたいです。

そこで思い出したのがノートパソコンなどに使われているリチウムイオン電池です。もちろんパワフルな電池なのですが、「電池の残量がなくなってきました」とか「充電が完了しました」とか分かるところがなおさら素晴らしい。これはスマートバッテリーというそうですが、電池パックに内蔵されている8ビットマイコンがバッテリーの特性データを基に計算して表示しているのだそうです。人間の疲れもこんなメカニズムだ!なんてこと無いですかね?

手や足に、動け!動け!と言いつけているのは脳です。同じ動作を繰り返していると、手が上がらなくなったり足が痛くなったりします。これは筋肉が疲労を直接訴えているとしても、それ以外の「疲れた!」という感覚は脳が勝手に演算処理して表示しているものもあるんじゃないかと思うのです。

つまり、疲れたと思っていても本当に筋肉が疲労しているとは限らない。逆に、疲れていないと思ってもかなり疲労がたまっているということがあるのかもしれない。年をとってくると、体をそれほど酷使した感覚がないのに意外と疲れていて、急に体が動かなくなるということがあるようなのです。

認知症のお年寄りは不思議と満腹中枢の方だけ壊れやすいようです。私の祖母もそうでしたが、いくら食べても「まだ食べていない」とか「ご飯を食べさせてくれない」とか言います。そう言えばケータイの電池も、古くなるといくら充電してもすぐ無くなりますね…

機械と人間て似てますねぇ。

《最初から読む》

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脳の仕組み に参加中!
一般の方は意外だと思うのですが、針を刺して骨に当たった感触があるとき、ホッとします。針を深く刺す場合には、骨を目標にすることが多いのです。「骨に当たったら痛いんでしょう?」とたいてい聞かれますが、針が骨に当たって痛いということはありません(単に当たっただけでは、という意味です)。

私たちの体には痛みを感じるセンサー(痛点)がありまして、痛点や神経に当たらない限り普通は痛くありません。ルパン三世で赤外線の防犯装置が付いているところに忍び込むシーンがあります。赤外線が見えるメガネをかけて、体をよじって赤外線を避けながら先に進んでいきます。針の感触を嫌うお客さんに針をする場合は、そんな気分です。神経に触らないようにソーッと刺していきます。

さて、刺激が神経に伝わって電気信号となって脳に伝わるわけですが、「痛い!」と感じるまでには更にワンクッションあるようです。いろんな神経が絡み合って、この痛みの刺激を強めたり弱めたりしているようなのです。これは、コンピュータが演算処理するようなイメージだと思います。つまりソフト処理されているんです。

こんなことを考えたのは線維筋痛症という病気を「本当は怖い家庭の医学(4月15日放送分)」で見たからです。この病気はからだのあちこちにものすごい激痛を感じますが、痛いところを調べても何も異常が見つからない。

原因もはっきりわかってはいないのですが、怪我による激しい痛みや手術などがきっかけでソフトが壊れたのではないか?という解釈が有力なようです。銀行のオンライン・システムで流行っているプログラム・ミスのようなものではないかと。(これは私流の乱暴な例えなので、異論は多々あろうかと思いますが)

物の見え方というのも、上下左右逆に網膜には映っているそうですね。それを戻しているのは脳の中の画像処理プログラムによるものです。それよりも何よりも、神経ってデジタルの電気信号なんですよね。それをプログラム処理したものが、意識というモニターに表示される。

「機械はデジタル、でも人間はアナログだから…」なんて言葉をよく耳にするんですが、本当にそうかな?アナログの情報をデジタル化して内部処理しているという点で、機械と人間は似ているんじゃないかな。

…と思ってしまうのは、元デジタル技術者の偏見でしょうか?

《つづく》

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