トトガノート

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Tag:無自性

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「龍樹」(講談社学術文庫版)
「?ナーガールジュナの思想」の「7空の考察」の「2中道と空見」を読みました。

まず、三諦偈から。「因縁所生の法、我即ち是れ空なりと説く。亦た是れ仮名と為す。亦た是れ中道の義なり」という詩句を言います。
《以下引用》…
因縁によって生ぜられたもの(因縁所生法)は空である。これは確かに真理であるが、しかしわれわれは空という特殊な原理を考えてはならない。空というのも仮名であり、空を実体視してはならない。故に空をさらに空じたところの境地に中道が現れる。因縁によって生ぜられた事物を空ずるから非有であり、その空をも空ずるから非空であり、このようにして「非有非空の中道」が成立する。すなわち中道は二重の否定を意味する。ほぼこのように中国以来伝統的に解釈されてきた。
…《引用終わり》


ところが、『中論』では違うらしい。つまり、非有非空ではないらしい。

《以下引用》…
空とは有無の二つの対立的見解を離れた中道の意味であるといいうる。すなわち空と無とは明瞭に区別されているから、空を無の意味に解することは中観派の真意に適合していないといいうるであろう。後世中国においては非有非空の中道を説いて、多くの場合は空と中道とを区別するが、また或る場合には同一視していることもある。
…《引用終わり》


非有非無についてもう少し詳しく書くと…

《以下引用》…
有と無とはそれぞれ独立には存在しえないで、互いに他を予想して成立している概念であるというのである。すなわち、有と無との対立という最も根本的な対立の根底に「相互依存」「相互限定」を見出したのであった。故に非有非無とは相互依存説(相互限定説)に立って始めていいうることであり、無自性および空という二つの概念が縁起から導き出されるのと同様に、中道の概念もまた中観派特有の「相互限定」という意味における縁起に基礎づけられていることを知る。
…《引用終わり》


『中論』では空見を排斥している箇所が見られるそうで、それについては次のように分析しています。
《以下引用》…
空見とは、本来非有非無の意味であるべきはずの空を誤解して、それを有の意味に解するか、また無の意味に解するか、いずれかであり、普通「空見」または「空に執著すること」といわれているものも、さらに突きつめて考えれば、この二種が存することがわかる。
…《引用終わり》


《つづく》
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「龍樹」(講談社学術文庫版)
「?ナーガールジュナの思想」の「7空の考察」の「1空と無自性」を読みました。

「縁起せるが故に空である」といい「縁起せるが故に無自性である」といい「無自性の故に空である」という。結局、三者は同義ということになります。そして、縁起は常に理由、無自性は理由と帰結、空は常に帰結ということから、三者の論理的順番は、「縁起→無自性→空」となります。

《以下引用》…
第一の段階として、もろもろの存在は相依って、相互限定によって成立しているのであるから、法有の立場において主張するようなそれ自体(自性)を想定することはできないということが説かれ、次いで第二の段階としてそれ自体(自性)が無いからもろもろの存在は空でなければならぬといわれる。この論理的基礎づけの順序は一方的であり、可逆的ではない。
…《引用終わり》


ところが、歴史上の順序は正反対なのだそうです。まず、空→無自性の歴史上の展開は…

《以下引用》…
『般若経』が何故に空という語をたびたび用いているかという理由は不明であるが、当時説一切有部などの小乗諸派が法の実有を唱えていたのに対して、それを攻撃するために特に否定的にひびく「空」という概念を用いたのであろう。すなわちあらゆる存在は互いに相依って成立していて独立には存在しえないから、存在するものはそれ自身の中に否定の契機を蔵することによって成立している。したがって空という否定的な語がよく適合したのであろう。そうしてこの「空」を「無自性なるが故に」という理由をもって説明している。
…《引用終わり》


空・無自性→縁起の歴史上の展開は…

《以下引用》…
ところが『般若経』の始めの部分が成立したころに、反対派の人々はその主張を聞いて、空を無の意味に解し、空観を虚無論であるとして非難していたという事実の記されていることを知る。そこで後になると、すなわち『般若経』の終りの部分および『勝天王般若経』においては、空の意味を一層明らかにし誤解を防ぐために、最初期の仏教以来重要であった「縁起」という語をもってきて、それを「相互限定」「相互依存」の意味に解して空および無自性とは縁起の意味であると説明するに至ったのであろう。すなわち縁起によって空および無自性を基礎づけたのである。
…《引用終わり》


これを踏まえて『中論』の位置づけをすると…

《以下引用》…
『中論』は歴史的には、『般若経』の各層を通じてみられるような空観を基礎づける運動の終りであるとともに、思想的には『般若経』理解のための始めである。『中論』は空観の入門書であり、アサンガのいったように「中論の解釈に順じて『般若経』の初品法門に入る」べきである。すなわち『般若経』の初品、すなわち端的に空を宣言している部分の内容を明らかにするために、『般若経』は一部一部と附加増大されていったのであるが、この運動の最後に位し、新たに中観派を成立せしめるもととなったのがまさしくこの『中論』である。
…《引用終わり》


《つづく》
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