トトガノート

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Tag:弘法大師

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「空海の風景」(中公文庫)
「『空海の風景』を旅する」の「第一章 なぜ、今、空海なのか」を読みました。

チーフプロデューサーの鎌倉さんの文章。「なぜ、今、空海なのか」という、番組のメインテーマが決まらなくて悩んだことが述懐されてます。

そもそも、番組を作ることになった発端はプロローグを書いた冨沢さんの事情ですから、「なぜ、今」と言われればそれが理由なのでしょうけれど…

もっともっと大きなことを世に問いたかったんでしょうね。

それでも「なぜ」にしたらいいか、悩む。後先逆なんですけど、世の中というのは、特にサラリーマンというのは、そういうことがよくあるものです。

そんな矢先、同時多発テロが起きる。それで大きなテーマを見つけることができた…という話です。

今でも9月11日という日付けをみるとドキリとします。火曜サスペンス劇場が中断して流されたあの映像はドラマなど比較にならない衝撃で、信じられない現実に震撼したものです。2001年の出来事だったのですね…

この番組は、その後に放送されたということになりますが、全然記憶にない。世界はそれどころではなかったのかもしれない。

番組スタッフから見れば、それも皮肉な話だ…

《つづく》

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旅行好きの方
「飛行機と船で旅行してきました!」という話ではありません…あしからず。

「空海の風景」(中公文庫)
「『空海の風景』を旅する」の「プロローグ 『空海の風景』への旅はこうして始まった」を読みました。

考えてみると、私は司馬遼太郎の本を一冊通して読んだことが一度もありません。司馬遼太郎にはNHKの「街道をゆく」から入ったものですから、一部抜粋の文章にばかり慣れていて、ところどころ映像が入ってこないと物足りない。でも、あの文章の独特な雰囲気は好きです。

弘法大師に興味を持ってから、ずっと司馬遼太郎のこの本は読みたいと思っていました。でも、このブログの読書日記でないと読破する自信がなかったので、ずっと書庫に眠らせておりました。

NHKの「街道をゆく」の映像に朗読を入れていくというスタイルは、司馬遼太郎自身がこだわったもののようです。

ドラマの形にしてしまうと脚本化の作業が間に入りますから、原作が見えてこないことが多いです。好評の大河ドラマ「風林火山」にしても「天地人」にしても、原作があっさりしているのが幸いしてか、脚本家の腕の見せ所が多く、大河とは思えないくらいに面白いお話になっています。

それはそれでいいのですが、原作が面白い場合にはドラマにしてしまうのはもったいない。新鮮な魚は刺身の方がいいじゃないか、ということです。

司馬遼太郎の最高傑作と言われるこの作品、NHK取材班の本と読み比べながら、ゆっくりじっくり、旅していきたいと思います。

《つづく》

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悪口を言うな!ということですね。弘法大師の時代から「悪口」って書くんだなあ、と変なところに感心してしまいました。でも、昔は「あっく」と読んだのでしょうか。悪口雑言と書けば「あっこう」と読みますね。どれも意味は同じなんでしょう。災いの元になるのは古今東西同じでしょうね。

まず、陰口はいけませんね。最近は裏サイトで流行っているそうですが。でも、強烈な面白さがあるのも事実です。ある人の陰口で盛り上がると、陰口をたたいた者同士は強い共感を持つことができます。同盟国同士の団結を固めるために、あるいは国内の世論をまとめるために、戦争を起こしたという例が歴史上多々あります。一部の人間関係に(怪しげでスパイシーな)光が灯るのも事実ですが、それ以外の部分には暗い影を落とします。全体としては、いいことありません。

相手に面と向かって言えれば陰口にはなりません。それが相手のことを思ってのことであり、忠告として受け止めてもらえれば、真の友情が生まれるんでしょう。「苦言を呈した」、上司に対してであれば「諫言した」ということになります。でも、罵詈雑言を浴びせ合う結果にもなりかねないし、そうなれば最悪です。

毒を薬と呼んで用いるのが医学であるように、悪口という毒が有効な場面も少なくないようには思います。ただ諸刃の剣であることは間違いない。素人(凡夫?)にはお薦めできない!というのが大師様のご忠告なのでしょう。

《つづく》

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