トトガノート

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Tag:ポニョ

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「意識の形而上学」
第一部「存在論的視座」の「.真如の二重構造」を読みました。

全一的「真如」のイメージを略図化したものが示されています。円を半分にし、上半分をA空間、下半分をB空間とします。A空間は何も描かれておらず、無分節,非現象,形而上を示します。B空間は鱗のような模様になっていて、分節,現象,形而下を示します。

まん丸いタイ焼きが上を向いているような絵です。ポニョが上を向いている姿…「シンニョ」と「ポニョ」だから、少し似ている?

《以下引用》…ここで注意すべきことは。B空間なるものが、A空間との関連において、形而上学的・存在論的に、二重の意義をもち得るという事実、…我々がもしB空間だけを認知して、それの実在性信じ、流転生滅の現象的事物の存在次元のみが唯一の実在世界だと思い込むなら、『起信論』の立場からすれば、B空間はすなわち「妄念」の所産に転落する。…これに反して、我々がもしB空間は、ほかならぬA空間そのものの本然的自己分節の姿であって、A-B双面的な全体こそ、全一的実在としての「真如」であると覚知するなら、B空間は、そのとき、「妄念」の所産であることをやめ、…形而下的存在次元における「形而上的なるもの」、ということになる。「真如」は、妄心乱動する生滅流転の存在として機能しながら、しかもその清浄な本性をいささかも失うことはない、と考えるのである。《引用終わり》

このような「真如」の側面を『起信論』では「如来蔵」と呼ぶそうです。

この崇高な次元のものを身近な俗っぽいものに見立てていこうと、私は企てています。この世の全ての存在物がこのような双面性、ひょっとしたら多面性を持っているんじゃないかなと、思ってます。

《つづく》

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先月の29日、ポニョを見に行きました。新しい映画館で。見る人は大体見たんでしょうね、人はまばらでした。

というか、みんな一番見やすい場所(指定席)を選ぶから、空いているときは真ん中辺の席に集中するんですね。こんなにガラガラなのに、なんでみんな私たちの周りに集まるの?という感じでした。

しかも、空いているから、空調が効き過ぎる。風邪気味のお姉ちゃんはとたんに咳を始めました。それでも、ポップコーンとカルピスで一時間くらいはおとなしかったのです。

ポップコーンとカルピスが無くなった瞬間、次女がつぶやきました。
「ポニョ、終わんないな…おうちに帰りたいな。」
あんた、ポップコーン食べに来たんかい?と思ったら、お姉ちゃんが泣き出しました。なだめても全然だめで、ドンドン大声になる。ガラガラなのに、私たちの周りにだけ人が居ますから、とっても大迷惑です!

これから後半の面白いところ…なのに、そそくさと帰ってきました。帰りの車中は、妻とふたりでお姉ちゃんを責めてしまいました。「あと少しだったのに…これからいいところだったのに…グチグチグチグチ」

考えてみれば、映画は二回目。去年見たのはプリキュアだったから、我慢できたんですね。あのまっ暗い部屋に二時間もいるのは大人でもつらい時がある。責めすぎたな…と反省しました。

翌日、鶴岡の公文の講演会に行きました。出発して間もなく、免許不携帯であることが判明、引き返しました。

「ここさっき通ったよね?」と長女。
「うん」と妻。
「どうしてまた通ってるの?」と長女。
パパが忘れ物したから。」と妻。

「今、どこに向かっているの?」と長女。
「おうち」と妻。
「どうして帰るの?」と長女。
パパが忘れ物したから。」と妻。

と、すっかり長女に仇討ちされてしまいました。でも、そんな元気があるんだから大丈夫かな…とホッとしました。

帰りに、加茂水族館に寄ってきました。クラゲもきれいでしたが、何十年ぶりかでみたアシカショーが何だか楽しかった。子供の頃より楽しめたような気がします。

加茂水族館のアシカ

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