トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Tag:プラス思考

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公文式の算数の教材Aについてです。

前半の80枚は基本的な足し算(たす10まで)の復習し、二桁の足し算に挑戦、暗算力を養います。後半の120枚は引き算。20までの数字から引く計算をします。

磁石すうじ盤100を4〜5分以内という目標が設定されています。

引き算に自信がないときは、足し算で検算ができるといいです。

長女は「引き算は嫌だ!」と言い始めたので、年齢の割には進んでいるし、簡単な教材に戻したりしました。そういうテクニックも「あり」ということなので。「簡単!簡単!」と言って、楽しいそうに足し算をします。

プラス思考の娘に育ってくれればいいと思ってます。

《つづく》

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世紀末の夜、僕は生きる意味を考えていました。

生きることに意味が必要なのか?意味のないことをしちゃいけないのか?そもそも意味って何だ?という悩み方もありますが…

どうして生まれたんだろう?両親の行為の結果とはいえ、世の中はなぜそういうシステムになっているんだろう。

当時はプラス思考を唱えるのが流行っていて、「世紀末、みんなで渡ればこわくない」という楽観的な人たちが、よく会合をしていました。要するにクリスタルチルドレン的な集まりでした。会社を辞めた僕は、そういう会合に顔を出していました。そして、プラス思考だけでは食べていけないという現実に直面し、マイナスだらけの状況をなんとかプラス思考で乗り切ろうとしている人たちを何人も見てきました。…まさに世紀末でした。

成功法を語るビジネス書、科学、哲学、宗教、スピリチュアル、など、いろいろパラパラと立ち読みしました。どれも信じ込むには物足りなくて、なるほどと思える部分を自分なりにかき集めて組み立てるしかなさそうだなと思いました。

その中で皆が共有すべきだと思う大切な考え方をひとつ見つけました。それは「みんなひとつなんだ」ということ。なぜなら、僕の場合この考え方を持たないと利他的な行動を取る気持ちになれません。この考え方を説明する方法はいくつかあります(僕はあまり気に入っていないが)。

一人の人間に必ず親が2人います。さらに一代、先祖をさかのぼると4人。さらにさかのぼると8人。n代さかのぼると2のn乗の御先祖様がいることになります。30代さかのぼると10億に達するようです。一千年くらい前になるでしょうか。日本だけで考えたら、絶対先祖が足りなくなる。だから、先祖はかなりダブっているんだよ、共通なんだよ、みんな親戚みたいなもんですよ、という説明のしかた。

それから、生き物はDNAを拠り所として生成発展を繰り返している点で共通であり、だから生き物はみんな同じ仲間なんだよ!という説明のしかた。

さらには、地球上の存在物は原子で構成されているという点で共通だし、体を構成している原子も日々入れ替わっているから、地球全体が同じ仲間なんだよ!という説明のしかた。

「葉っぱのフレディ」なんて本も当時流行りました。みんな、おおもとは同じ一本の木(それが人間という種なのか、生物という枠組みなのか、地球上の存在物という枠組みなのか、あるいは宇宙ということなのか)にくっついていて、「仲間なんだ」という感じがうまく表現されていると思います。

そして、みんな同じように生まれて、同じように悩みながら、同じように死んでいくのだということ。日本人は「皆さん、そうしてますよ。」と説得されると、だいたい弱いんです。それ以上「どうして?」とは余り聞きません。ただ、若い人はそうでなくなってきたのかもしれませんね。

漫画浮浪雲の中(何巻かは忘れました)で、こんな言葉を見つけました。「人生に何の意味もなし。ただ生きるのみ。」これは気に入っている言葉です。生きる意味。あるのかもしれないけれど、おそらく生きている人間には分からないんですね。

おおもとから分かれて、おおもととは別のポイントに立って、何かを考えてみましょう!というのが、この世に生れ落ちる理由なんじゃないかと思います。そこで何を見つけるかは人によって違う。人と違うところで、人と違うものを見つめ、人と違うことを考えて、人と違う人生をおくる…死にたいと何度も思って、精一杯生きて、寿命を全うしたときに初めて意味ができるんだと思います。

だから意味が見つからないまま死んでしまったら、自分が生きている意味は永遠に分からないまま、だと思います。

そんなことを考えながら、世紀末の夜は更けていきました。

《つづく》

葉っぱのフレディ葉っぱのフレディ

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