トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Tag:バランス

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体にいいというサプリメントも摂り過ぎはいけません。「レモン○○個分を一錠に凝縮しました!」とか「ホウレン草○○グラム分を一錠に…」とかありますが、これをゴロゴロッと口の中に入れてゴックンしたら、レモンやホウレン草何トンも食べたことになってしまう…これが体にいいはずがありません。

どんなに体にいいものでも純粋成分を抽出すると毒になってしまう危険があるのです。

だから、「一日30品目の食材を食べましょう!」とか言われます。いろいろな物のごちゃ混ぜがいいのです。純粋成分はいけません。おそらく理想的な食べ物というのは、この世のありとあらゆる食材の栄養成分がバランスよくごちゃ混ぜになっている料理なのでしょう。

「この料理の主成分は何ですか?」と聞かれてもいろいろ全部入っているから答えられない。答えられないから何も入ってないのかと言えば、そんなことはない。

さて、人間の思想・信条(考え方)のようなものも同じじゃないかと最近思うのです。例えば、自分を客観視する作業というのは、仮想的に自分の目を自分の外に設定し、自分が今考えているのとは違う視点(考え方)で自分を見てみることです。

この「違う視点(考え方)」のバリエーションが30品目くらいあったら、とってもいいんじゃないでしょうか。

忌憚ない意見交換ができる夫婦は、「違う視点(考え方)」が倍増します。友人を多く持つことも、この意味で良いことです。読書も同じ。

長く人生を歩むことでも知見は広がり、「違う視点(考え方)」が増えます。ただ、この「視点」のひとつひとつは柔和なものではなくて、確固たる角であっていいと思います。若いうちは鋭い角であっても、その数が増えるごとに丸く見えてきます。

それはウニとか栗のいがのようなものかもしれない。「角はどっちを指しているのですか?」と聞かれても全方向を指しているから答えられない。答えられないから何も指していないのかと言えば、そんなことはない。

あるいは、多角形が角を増やすごとに円に近付いていくようなものかもしれない。ゆえに「違う視点(考え方)」が増えると、人間は丸くなるのである。
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表と裏はセットなのに

光と闇はセットなのに

昼と夜はセットなのに

春夏秋冬はセットなのに

みんな表だけを欲しがる

光だけを求める

昼だけを喜ぶ

春だけを…夏だけを…秋だけを…冬だけを…

ネタとシャリはセットなのに、娘たちはネタばかりを食べる

シャリを食べるのは、妻と私

《つづく》
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遺伝子というか、DNAというか…

「自分」とは何か?と聞かれた時に、医学的には一番間違いのないもの。

「自分」を指し示す最も純粋な情報かもしれない。

でも、こいつらは、次の世代に乗り移ろうという時に、半分しか自己主張しない。

「自分」を半分に分けて、もうひとつの半分になった別の「自分」と組になり、新しい「自分」になる。

半分は自己主張し、半分は相手に委ねる。

「自分」を半分にしない生物たちより、「自分」を半分にする生物たちの方が、複雑な生を営み、地球上で繁栄している。

だから…ということでもないんだが…

半分は「自分」に固執するのもいいかもしれない。

でも、半分は相手にゆずるべきだ。

それが、「自分」を本当に生かす道なのかもしれない…

《つづく》
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ゼロの状態から粒子と反粒子が分かれて、この宇宙ができた…と聞くと、意味が分からないだけにいろいろ想像してしまいます。宇宙を構成しているのが粒子だとすると、反粒子の世界もどこかに細々と存在するんだろうか?とか。

私たちのこの宇宙が表舞台だとすると、楽屋のような世界なのかもしれない。舞台裏もひっくるめて全部なのだから、表舞台だけ見つめていていいんだろうか…

話は変わりますが、右利きなのに左が凝るという人は結構多いです。ちなみに私もこのタイプ。「ずーっと右手で作業していて、左手は全然使ってないのに、どうして左が凝るの?」という質問はよくいただきます。右手はステージの上だから右手だけ大活躍しているように見えるけど、左手は舞台裏で大活躍なんですね。舞台裏の方が大変だとこういうこともあります。

私たちの意識は右手にばかり気を取られて作業してますが、例えば右手が動けば動くほど体の重心も動くはず。この重心の移動を体の他の部分で打ち消さなければ、私たちは転んでしまいます。これが舞台裏の仕事。足してゼロになるのだから、反粒子にならって反仕事と呼ぶのもいいかもしれない。

環境問題で捉えるなら、人間社会が表舞台。その矛盾をすべて引き受けて、支えてきたのが地球環境ということになります。

人間の生き方で言うなら、表舞台は利己的な生き方。それが成り立つのは、舞台裏に利他的な生き方をしている人がいて、支えてくれているから。

まあ、物理学とは全然関係ないのですが、こんなことを勝手にイメージしていた方が難しい理論の説明を読んでいるより楽しいんです。

《つづく》
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左右の体のバランスとか、背骨が曲っていないかとか、骨盤が歪んでいないかとか…気にしている人はとても多いです。「あなた曲ってますよ。」なんて言われたら、確かに気になるのは当然かもしれない。

この仕事をするようになってから思うのですが、顔でさえ左右対称の人はいないのだから、背骨だって骨盤だって左右対称ということは無いんじゃないかな?という疑問。

だから、背骨や骨盤の矯正を至上命題としている治療法が多々ありますが、もともと左右対称でないものを無理矢理左右対称にして、大丈夫なの?という疑問です。

ちなみに私は背骨の矯正をすると、手が振るえたり汗が出たりという自律神経の症状が出るので、絶対に避けています。体もその都度、たわみながらバランスを保っているのではないかと思う。そのときそのときで、多少は右や左に振れるのがいいんじゃないかと。

物事は何でも中庸がいいと言われますが、中庸というのはまっすぐな姿勢を保つようなもので非常に難しい。ちょうどいい真ん中にいつもじっと固定しているなんて無理なんだと思う。時として右に振れたり左に振れたりしながら、動いているのがいいんだと思う。

私が子供のころは日本人は皆同じで個性が無い!という批判もあって、個性重視ということになり、「自分を発見して自己実現しよう!自己主張もしっかりしよう!」と言われましたが、今となっては自己主張を奨励するなど言語道断なほどジコチュウが増えている。子どもに付ける名前を見ても、利他的な生き方など望んでいないことが伺えます。

考えてみると、「自分を発見して自己実現しよう!自己主張もしっかりしよう!」というのはずいぶん偏ったメッセージです。「自分のことがしっかりできたら、周りの人を助けてあげよう!」という部分が欠けている。

利己だけではいけない。利他だけでもいけない。強い利己主義と強い利他主義を両方もった生き方がいいのだと思う。そうすれば、そのときそのときで、利己的行動も利他的行動も使い分けることができる。

体のバランスを気にする人は多いけれど、生き方のバランスを気にする人は少ない。

《つづく》
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