私は今、出張専門のはりきゅう師をしています。この仕事を始めた理由は、人と接する仕事がしたかったから。

でも…

はりきゅう師をする前は会社員でした。それも技術者。なった理由は、人と接したくなかったから。

全くの正反対。

人間好き?人間嫌い?
そもそもの私はどっちだったのでしょう?


【赤ちゃんの時から人間嫌いはいない】

小さい頃の記憶を辿ってみると、いつも大言壮語。大人たちを笑わせていたようです。人と話すのが好きな「面白い子」でした。

赤ちゃんの頃から人間嫌いというのは有り得ない気がします(笑)

これは父親になって確信したことですが、赤ちゃんは皆、100%ポジティブ思考の頑張り屋さんですね。自分が大人と同じように、立てること、歩けること、話せること、歌えることを信じて疑いません。毎日毎日、大人になるために挑戦し続ける…。

そんな子どもに親は「危ないからやめなさい!」と言いがちです。

少しずつ言葉の意味を覚えていって、親がそんな言葉ばかり言っていることが分かったらどうでしょう。

子どもは挑戦をしなくなります。子どもって、意外と忖度しますね。お母さんとお父さんのことが大好きですから。

私も忖度しました。ポジティブ思考と人懐こさと好奇心にフタをしました。「面白い子」は「手のかからない良い子」に変わりました。


【特撮モノ大好きの小学生時代】

小学生時代は、ほとんど外では遊びませんでした、危ないから(笑)。家に帰ったらすぐに宿題。その後はテレビ。怪獣が出てくる特撮モノが大好きでした。

ウルトラマン、ウルトラセブン、マグマ大使、ジャイアントロボ、ミラーマン、スペクトルマン、ジャンボーグA、シルバー仮面、アイアンキング、仮面ライダー、キカイダー、バロム1、イナズマン、デビルマン、マジンガーZ、ゲッターロボ、レッドバロン…などなど。

まだまだありますけど、もういいですね(笑)。今も思い出すとドキドキします。

自分のオリジナル怪獣をたくさん創って、オリジナルのヒーローと闘うストーリーを考えて遊んでいました。ストーリーを組み立てるトレーニングになったかもしれません。


【野球は嫌い】

一方、当時の男の子なら必ず夢中になった野球には、全然興味がありませんでした。「巨人の星」とか「侍ジャイアンツ」は欠かさず見てましたけど。

その時のクラスメートはとても優しかったです。休み時間、私はいつも一人で図書館にいました。すると「としみつくんは一人でいるから、一緒に遊んであげよう!」という声が上がり、グランドや体育館に連れ出されました。好きで一人でいたのですが、クラスの皆の好意は無にできません。

かくして、私は初めてバッターボックスに立つことになったのですが、どこに立つのか分かりません。ホームベースをまたぎ、バッターボックスに片足ずつ足を起き、ピッチャーと真正面から向き合い、侍のようにバットを構えました。まさに侍ジャイアンツ?周囲は笑うことも忘れて、絶句。でも、からかわれたりバカにされたりはしませんでした。

彼らは紳士でした。当時は、小学生でも良識がありました。


【一人だけ異次元空間へ】

一人でいて、何が楽しかったのでしょう?

結局、人と関わると予想外の事態に出くわすので、それが嫌だったのだと思います。「危ないことには手を出すな」と教えられてきましたから。

それに、一人でいれば自由な空想(妄想?)ができます。

ウルトラマンシリーズに出てくる怪獣・宇宙人への興味が高じて、星空とか、宇宙とか、〇〇光線とかの、空想に耽りました。さらに興味は理科、特に物理学へと。「異次元空間」とか「時空を超える」とか非日常的な言葉も特撮モノでは日常的。アインシュタインの相対性理論なんてワクワクでした。

常識にとらわれない(非常識な?)想像力は、この時期に鍛えられたと思います。


【失敗しない学生時代】

遊ばずに宿題をするという習慣が中学校時代も続いていたのが良かったのでしょう。地元の進学校、そして国立大学(理学部物理学科)へと進むことができました。

このころの私は、周囲には無関心で、何事にも消極的。この何とも望ましくない生き方は、量子力学の不確定性原理を学んだことでますます強くなりました。観察は必ず観察対象に影響を及ぼす…だから正確に観察するためには、なるべく身を潜めた傍観者に徹しなければいけない。

相手が人間の場合は、影響を及ぼしあった方が楽しいんですけどね…それに気づくのは、ずっとずっと後の話。

自分の中の好奇心との葛藤はありましたが、常に自制心が勝利。避けて通れない物事だけに関わり、ひたすら石橋を叩き続け、どうしても渡らなければいけなくなった時だけ渡る…そんな生き方を貫きました。

失敗を繰り返しながらも、できないことに何度も果敢に挑戦する!それが学生時代のはずなのに…私は「失敗しない」学生でした。

逆に言うと、冒険しない息苦しさをしみじみと感じた時期かもしれません。


【黙々と楽しい会社員時代】

コンピューターメーカーのエンジニアの道を選んだのは、冒頭にも書いたように人間嫌いだったから。ちょうど当時、この業界の求人が多かったのも渡りに船でした。つまり、「これがやりたい!」という選択ではなかったのです。

それでも会社は楽しかったです。研究開発部門で、黙々と仕事に打ち込むことができました。ディジタル無線通信のLSI設計に必要な、符合理論、フーリエ変換、ディジタルフィルタ理論、ビット誤り率の確率計算、等々を勉強。理論検討して、シミュレーションで確認する作業は、最高に面白かったです。

パソコンを使えるようになったことも、この時期に獲得した大きな財産です。MS-DOSからWindows、UNIX、C言語プログラミング、インターネットなどを仕事で使ったので、今でも物怖じせずに使うことができます。


【渡部昇一に傾倒】

ひたすら「石橋を叩け!」とつぶやき続ける親元を離れ、仙台で一人暮らし。一気に自由を手に入れた感じでした。街頭のポスターで知った市民大学にも入り、いろいろな講演を聴きました。

この頃、一番傾倒したのは渡部昇一氏。山形県出身。上智大学教授。専門は英語ですが歴史に関する著書を多く出しています。説得力ある論理展開に魅了され、手に入る本は全て買い、何度も何度も読みました。氏のおかげで、英語の歴史、世界史、日本史、宗教、医学、などの知識が自分の血肉になりました。


【世紀末到来】

そんな折、時代は世紀末に接近。ノストラダムスの予言、マヤ暦の予言、地球環境問題、コンピューターの西暦2000年問題等々、冷静に考えれば関係ないものまでがゴチャ混ぜになって警鐘を鳴らす人たちが急増。スピリチュアルの人たちの活動も活発化。市民大学の講演も、世紀末関連の内容が増えました。

渡部昇一氏の著書の中には、カントについて触れながらオカルトについて考察したものがあります。また、怪しげなものの中から次代を担う新しいものが生まれるといった内容の小論文も。それが影響したのでしょう。私は、オカルトについて、自分なりにしっかりと取り組んでみたいと思うようになりました。

カントのように、20世紀のスウェーデンボルグたちと対峙してみたい…。


【やりたいことをやる】

そして、9年ほど勤めた会社を辞めました。今思うと、思い切ったことをしたと思います。でも、これこそ私が初めて、自分の好奇心に従って「やりたい!」と思う方向に踏み出した冒険でした。後悔はありません。

退職後の日々は目まぐるしく回り、いろんな物や人と出会いました。EM、波動、オーラカメラ、ニューエイジ、前世が見える人、霊が見える人、幽体離脱できる人、自称宇宙人、などなど。シンクロニシティとか、引き寄せの法則とかが、本当かもしれないと思える瞬間の連続でした。

この時、痛感したこと。
「やりたいことをやっている時、人間は最も楽しいし、最も輝いているし、最高のパフォーマンスを発揮できる。」

これまでの地味な人生は、このことに劇的に気づくための伏線だったんじゃないか!?

そんなふうに思いました。意味づけを変えることで、過去は変わるんです。


【人生のルールを変更】

この時、カント気取りの私が決めたルールは、グレーなモノはグレーのまま扱うということ。

確証が無いからと言って、頭から非科学的だと否定しない。逆に、否定する根拠が無いからと言って、全く疑わずにのめり込んだりもしない。

振り返ってみると、この時期に、自分の人生のルールを大きく変えています。

「石橋を叩いて、なるべく渡らない」から
「自分を偽らない」へと。

これは、「自分の好奇心を偽らない(自分がやりたいことをやる)」という意味でもありますし、「自分の価値観や信念を偽らない」という意味でもあります。


【EMに取り組む】

最初に私が取り組んだのはEM(Effective Microorganisms)でした。数種類の微生物を培養した液を肥料として使用。生ゴミにかけてEMを増やせば、これも肥料となります。化学肥料を使わなくなるし、環境にも健康にも良い!というもの。

現在も使っている人はいるようです。悪いものではありませんが、他を圧倒するほどの目覚ましい効果が見えるわけでもないので、ある程度の普及にとどまっているようです。


【▲ーラカメラ解析】

次に取り組んだのはオーラカメラ。手のひらに微弱電流を流しインピーダンスを測定。それを基にポラロイドカメラの周りのカラー電球が点灯し、疑似的なオーラ写真を作り上げます。これが動作原理。

オーラが見えるという人を集めて、インピーダンスとオーラの関係をデータとして収集し開発した物。「オーラが見えるという人」というのが極めてグレーですが、グレーはグレー。白でも黒でもありません。


【G汎安定オペレータ】

最後に取り組んだのが、波動測定。LFT(Life Field Tester)のオペレータを目指しました。しかし、動作原理はオペレータにも明かされませんでした。測定項目のコードはどうやって決定したのか?測定値の単位は「Hz」なのか「dB」なのか、それ以外なのか?例えば「糖尿病」という測定項目で最高の「+21」という数値が出たら「糖尿病だ!」ということなのか?「糖尿病じゃない!」ということなのか?物理科出身としては納得できませんでした。

数か月の修行の後、オペレータの師匠からは「合格」と言われました。そこで、自分で実験をしました。2つの検査対象AとBについて、10項目をそれぞれ2回測りました。そして測定値の相関係数を算出したのです。同じAの測定結果なら、1回目と2回目には強い正の相関がある筈です(というか、全く同じ数値になって欲しいのだけれど)。ところが相関係数は0に近く、こともあろうにBの測定結果との相関係数の方が大きかったのです。私はオペレータとしての自分を「不合格」にし、この道を諦めました。

「自分を偽らない」の実践です。

でも、そろそろ次の道を決めなければいけない時が来ていました。グレーのものを白にも黒にもしないというポリシーは良いけれど、グレーのもので食べていく気にはなれません。かと言って、食うためにグレーを白と言うのは自分に嘘をつくことになる…。


【鍼灸師になる】

そして、鍼灸師になることにしました。国家資格ですし、LFTは鍼灸師がよく使う良導絡に似ていたからです。また、LFTの測定で人と接する中で、こういうのも良いなぁと思えるようになっていました。

人類は、絆を深めて助け合うことで、生き延びてきたと言われています。人間嫌いだった私の中にも、人とつながりたいという神経回路が備わっていたようです。その回路がうずき始めた…そんな感じでした。

仙台にある鍼灸の専門学校に3年間。その間に、郷里の山形で、出張専門で、というプランを練りました。

開業した頃の悩みは、自分の鍼が効くことが信じられない…(笑)。作用機序は習ってきましたが、本当に効くという実感がありません。「鍼が効いたよ!」と初めてお客様に言われた時には「本当ですか!?」と聞き返したほどです。

専門学校の主目的は国家試験に合格させることですから、頭での理解が中心。腕は伴いません。研修先の先生から習うことも少なからずありますが、施術は患者さんと自分との直接のやり取りです。自分で見つけていかなければなりません。手応えを感じるようになったのは最近のことかもしれません。

この仕事は数をこなすほど上手になります。そして、人間って良いな!と思えるようになります。全て、教えてくれるのはお客様。本当にありがとうございます!


【性格が正反対の妻と結婚】

開業して約3年たった頃、妻と知り合いました。

最初、メールのやり取りをしていましたが、本当に不思議なくらいかみ合いませんでした。喜ばせようとして書いたメールを送ると必ず激怒したメールが返ってくるのです。逆に、こんなこと書いたら怒っちゃうかな…というメールの時には決まって上機嫌の返事。

何モノかが二人の仲を邪魔している?

こうなると燃えるものです(笑)。幸い、「ロミオとジュリエット」のように、両家の親が反対しているという状況ではありません。でも、何モノかが私たちを邪魔している!

私たちは性格が正反対。共通の話題で意気投合!みたいなことは無かったように思います。なのに、出会って半年後には婚約。

「何で怒ってんだよ⁉」みたいなやり取りが多かったように思います。ストレートな言葉のやり取りが続きました。だから、お互いに言えないことが無くなっていたんです。そして、この人しかいない、と思えるようになっていました。

ところで、私たちを邪魔していた何モノかとは何だったのか?

私は、短いメールでも起承転結をつけていました。前半でガッカリさせて、後半で喜ばせる。このギャップが感動を生む…そんな効果を狙ってました。

後日わかったことですが、何と、妻はメールの最初しか読まない人!スクロールをしない!当時はガラケーでしたから、スクロールしないで読める量はかなり限られているはず。

私は、もらったメールは最後までキチンと読むタイプ。メールの最初しか読まない人が世の中にいるなんて思ってもみませんでした。

いずれにしても、起承転結の効果で結婚できたと思っています(笑)。


【ブログで育児日記】

その後、娘が二人誕生。子ども嫌いの私でしたが、毎日大事件が勃発!好き嫌いを言っていられない状況を楽しめるようになりました。

そしてブログを開始。文章を書くのは小さい時から好きでした。だから「やりたいことをやる」の実践です。

内容は育児日記だけではなく、読書日記、テレビの感想、鍼灸のこと、公文式(妻の仕事)のこと、興味を持った仏教のこと、などなど。毎日1記事のペースを数年維持しました。

アウトプットを出すためには勉強が必要です。でも、自分の好きなテーマで、読者を気にせず勝手に書くスタイルなので、楽しくて仕方ありませんでした。1日のアクセス数は100件くらいをキープ。

このことで、自分のライティング技術が磨かれたことは間違いありません。やりたいことをやっていると、知らず知らずのうちに、未来への準備ができあがっていくようです。

プログラミング、公文式、仏教、それぞれのジャンルの著者と、直接メールやSNSでやり取りすることもありました。献本も頂いたり…。

「著者」からのメッセージってメチャクチャ興奮しますね。


【DaiGoで自己啓発に目覚める】

そんなある日、メンタリストDaiGoに興味を持ちました。人の心を読んだり、フォークを曲げたり、超能力者のようなことをやっています。とっても怪しい。でも、超能力ではないと言う。その説明の仕方がとても気に入りました。その切り口は世紀末に、私がオカルトに臨んだ時とソックリ。大学は違えど、同じ物理科出身だからでしょうか。

しばらく、DaiGoのニコ生にハマりました。

彼が紹介する本、自己啓発とか、心理学とか、脳科学とか、今まで避けてきた本を次々読破。彼が薦めるオーディオブックでの読書も開始。


【うつ病になる】

しばらく冒険することを忘れていた私が、ある会の役員の仕事を引き受けたのは、ケリー・マクゴニガル著「スタンフォードのストレスを力に変える教科書」が背中を押してくれたから。


しかし、慣れない仕事ばかりで、ストレスが極限に達しました。医師の診断は受けていませんが、間違いなくうつ病でした。

心の声が一日中、自分を責め続けます。瞬間瞬間のすべての思考が自己批判ばかり。胸には大きな焦燥感。動悸。呼吸困難。慣れた仕事をするのがやっとの状態で、慣れない仕事などこなせるはずがありません。

ケリーの本は、かなりザックリ言うと、冒険し、自分の限界に挑戦し、困難な状況に陥っても、前向きにそこから這い上がることによって、人間として得るものは大きい…ゆえにストレスは力に変え得る!という内容。

だから、この困難な状況は想定内でしたが、やはりうつ病はつらかった。


【苫米地式でうつ病を克服】

この状況を救ってくれたのが苫米地英人博士の本。インパクトあるお名前は何度か目にしていましたが、インパクトがあり過ぎて本を読む気がしませんでした。

オーディオブックで割引されていたので聴いてみると…一撃で虜に!

オーディオブックになっている本をすべて買い、何度も何度も繰り返し聴きました。これは、自分を責める自分の声を消すのにも有効でした。

「うつ病を治すのは簡単。治ろうとすれば良い!」

私は鍼灸の売上が伸びないことも悩んでいましたが、これも簡単。

「成功できないのは成功しようとしていないから。大成功の具体的イメージをゴールに設定すれば良い!」

嘘のような解決策ですが、彼のことを微塵も疑いませんでした。なぜなら、私がこれまで興味を持って取り組んできたこと、コンピュータ、数学、物理学、音楽、歴史、仏教哲学、医学、心理学、宗教、オカルト、の全てにおいて彼の理解はズバ抜けていたから。更には私が知らなかった金融、法律、世界情勢、についても池上彰を遥かに凌ぐ分かりやすさ。

すべての疑問が解消した感じでした。

また、苫米地博士は小学生時代を仙台で過ごしていて、私が通勤で歩いていた辺りを苫米地少年も歩いていたことが判明。天童では将棋の駒の表札を作っている!(ニコ生より)

凄い親近感です。

「I’m good.」と「It’s not like me.」をひたすら繰り返し、うつ病は克服。

やりたくないことへの挑戦でも、得るものは大きいことが分かりました。

DaiGoに感謝!ケリーに感謝!そして苫米地博士に大感謝!


【ミスを暴露】

役員をしていた会で、ちょっとしたトラブルがありました。ある集計で、私はミスを見つけたのです。

私は独断で、そのミスで不利益を被る人に真っ先に報告しました。会には、その後に報告。

私が黙っていれば隠蔽できましたが、自分を偽ることはできませんでした。ミスと隠蔽は、過失傷害とひき逃げくらい違います。罪の重さは雲泥の差です。

結果として、対策会議、謝罪、修正等、役員の方々の仕事が増えました。「あなたが黙っていれば、みんなこんなことしなくて良かったんだよ!」と言う人もいました。

でも私は、そう言ってくれた彼に感謝しています。もし私が会の方に先に報告していたら、間違いなく隠蔽されただろうと確信できたからです。

「自分の敵のように思える人は、自分の素晴らしい所を教えてくれる人。だから、素敵」
(by ひすいこたろう)

【娘たちも苫米地式で合格】

この頃、娘の中学受験がありました。早速苫米地式(?)で実験。

長女は横浜の公文式の中高一貫校を受検。私が引率しました。受検の前日、私は尋ねました。
「この新幹線の中で一番頭いいのは誰だと思う?」
「わかんない。誰?」

「目の前にいるだろう」
「え?パパなの?」

「うん。2番目は誰だと思う?」
「わかんない」

「ミホ(長女)だよ」
これで、めでたく長女合格。

一年後は次女の受検。地元の中高一貫校です。

受検勉強している頃、夜中に、寝ている次女の耳元に
「合格おめでとう!」と
つぶやく→次女がニヤニヤする。

これを何夜か繰り返しました。
これで、めでたく次女も合格。

もちろんこれだけではないと思いますが、子どもは素直なので「術」にかかりやすいようです。


【家計がピンチ!】

公文式の学校は私立なので学費が(*_*;
おまけに、横浜なので寮費が(*_*;

知ってはいましたが、人生で大切なことは
「自分がやりたいことをやる」です。それは娘も同じ。

前出の金言を再掲すると…
「やりたいことをやっている時、人間は最も楽しいし、最も輝いているし、最高のパフォーマンスを発揮できる。」

「娘がやりたいことを後押しする」
それは、親がやりたいことでもあります。相談もしなかったのに、妻も同じ意見でした。

この人とは性格が不一致ですが、一番大切な価値観が一緒です。だから、今まで逃げないで居てくれたのかな…。どうもありがとう!

それはともかく、家計を何とかしなければ…


【出版プロデューサーという仕事】

そんなとき、電子書籍出版プロデューサーという仕事があることを知りました。

紙の本を書店に並ぶ形で出版する場合、費用も期間も結構かかります。これに比べると、電子書籍の出版は、かなり簡単です。そのため、本の位置づけが変化しました。

一億人みんなが作家になれる時代がやってきたのです!

出版プロデューサーは、本のテーマ決定から始まる一連の作業をサポートする仕事。本を出したいというのは、小さい時からの私の夢。この仕事なら自分の夢も実現できるし、同じ夢を持つ人の役に立つこともできます。

怪獣のストーリーを考え続けた日々、宇宙空間に想いを馳せた日々、会社でITスキルを身につけた日々、やりたいことをやる歓びに身を震わせた日々、やりたくないことをやって沈んだ泥沼から這い上がった日々、娘の進路に驚いた日々…。

それらが全て、この仕事をするための準備だったんじゃないか?と思えるようになりました。

運命…というか、使命を感じました。


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一億人みんなが「著者」になれる時代がやってきました!

本は自分の分身。だから、本を作る時には必ず自分を見つめ直すことになります。

この「長いけど略歴」を書く前、自分の人生は無駄に時間を費やしてきただけだと思っていました。「こんなに長い時間、自分はいったい何をやってきたんだろう…」と。

継続しない中途半端な努力。天から見放されたような境遇。思い出すのは嫌な思い出ばかり。

実際、「国立大学で、物理なんて難しい勉強してきたのに…何でこんな仕事してんの?」と言われることはあります。「こんな仕事」は言い過ぎだろ!とは思うのですが、やはり結構凹みます。

でも、もう今は大丈夫!

きちんと整理して、パズルを組むようにつなぎ合わせていくと、中途半端な努力もその時結果に結びつかなかっただけで今ならすごく役に立つスキルが身についていたり、不運続きだったことで思い切った方向転換ができていたり、結構楽しい思い出もたくさんあったことに気づいたり…。

ドラマチックな大どんでん返しを見るように、無駄ばかりだった過去が、周到に準備を重ねていた過去に変わる…そう、過去は変わるのです。

それに気づいた時、自信と周囲への感謝で胸がいっぱいになります。そして、自分の使命に気づくはずです!!

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