トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Category:★鍼灸治療室トガシ > 小さな偉人伝

号外.「アクセル?ブレーキ?クラッチ?」
…「クラッチを踏むと足がつることがあるんです。」
「えっ!? それは危険ですね。ふくらはぎですか?足の底ですか?」と私。
「あー、そこです。そこのところ。」いま、押圧しているのは足の底。しかし右足である。…

号外.「「まんじゅうこわい」の人は本当にまんじゅうが怖かった?」
…お客様のお友達の旦那さんが、タバコをなかなかやめてくれないとのこと。兄弟が病気で亡くなっているし、本人もドックの成績は良くない。医師からも禁煙を勧められている。奥さんは気が気ではない。…

4−4.「オレオレ詐欺」〔小さな偉人伝〕
…そんなある日、渋木さんが独りで家にいる時に、電話が鳴った。
「もしもし、婆ちゃん?オレだけど。」
「ん?大樹かい?」と、渋木さんはついお孫さんの名前を言ってしまった。…

4−3.「お客が絶えない家」〔小さな偉人伝〕
…この寛大な決断をして二十年くらい。この決断が渋木さん(仮名)の場合は好循環を生んでいるように思えた。とにかく来客が多いのである。近所の人や智恵子さんの友達が入れ替わり訪れる。もしも娘夫婦が同居していたら、これほど気兼ねなく人が訪れることは無かっただろう。…

4−2.「寛大な決断」〔小さな偉人伝〕
…男の子にこだわるのは、当然のことながら後継ぎの問題である。昭和一桁生まれの渋木さん(仮名)の世代は、十人近く兄弟がいるのも珍しくなかったが、その次の世代はせいぜい3人兄弟くらいである。緩やかな少子化が始まっていたと言えなくもない。…

4−1.「二人の娘」〔小さな偉人伝〕
…次女が産まれてから初めて渋木智恵子(仮名)さんのお宅に訪れた時、すぐに聞かれた。
「二人目、産まれたんだって?どっち?」
「また女でした。」と答えたら、
「あら、うちと同じだ。良かったね!」と言ってくれた。…

〔続きはこちら〕
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それから一週間ほどして、スエさんの番号から電話があった。
「先日はどうもありがとうございました。嫁です。今、こちらに来ているので、お父さんとお母さんをお願いできますか?」

訪問してみると、息子さんも来ていて、丁寧に先日のお礼を言って下さった。息子さんも嫁さんも、穏やかで優しい感じの人だった。

あの後は特に問題は起きなかったけれども、週に一回は、できれば二人、ダメなら息子さんか嫁さんのどちらか一人、こちらに来ることにしたということだった。

「まずは一週間に一回ということでね。いずれはこっちに皆で住むんだから。」と、スエさんが念を押すように言った。息子さんは否定も肯定もせず、表情も変えずに聞いていた。こんな強い母には、なかなか反論もできないのだろうと感じた。

施術を終えて帰る時、息子さんだけが外に見送りに出て下さったので、聞いてみた。
「鎌倉からこちらに移ってくるというのは、なかなか難しいんでしょ?」

「そうなんです。」
彼は、苦笑して答えた。

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◆◆◆鍼灸治療室.トガシ◆山形県東根市◆◆◆
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二階には布団が敷いてあり、スエさんが寝ていた。枕元にはダイヤル式の黒電話。

その脇には、大きな皿に山菜の天ぷらが山盛りに盛り付けられていた。それを、信市郎さんがつまみながら、一升瓶を置いて酒を飲んでいた。顔は真っ赤で、とても嬉しそうな顔をしていた。いつも、お酒はコップ一杯と厳しく言われていたはずだが、スエさんが寝込んだのをいいことに飲み放題状態になっているらしかった。

「スエさん、スエさん!」と声をかけてみると、目を覚まして話し始めた。

庭木の手入れを植木屋さんにお願いしていたが、それが終わったのでお酒をご馳走していたとのこと。一緒に、信市郎さんもスエさんもお酒を飲んだ。ところが、スエさんは風邪気味で調子が悪かったので、酒が変に効き過ぎて寝込んでしまったらしい。

「大丈夫なのよ…」と言って、また寝てしまった。

大丈夫かもしれないが、信市郎さんが買い置きしているお酒を全部飲みそうで、放っておけなかった。

息子さんの連絡先は茶の間のカレンダーのところに書いてあったが、呼んだところで鎌倉からすぐに来るわけにはいかないだろう。

「近々、ケアマネと打ち合わせをしないといけない」とスエさんが言っていたのを思い出した。ヘルパーさんを断ったとは言っていたが、全ての介護サービスを断ったわけではないだろう。

そのケアマネージャーがいる施設は、すぐ近くにあった。私はそこに行き事情を説明して、後をお願いすることにした。

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***In the afternoon, I got a call from her.***

いつもは早朝に電話が来ることが多いのだが、その日は珍しく昼過ぎだった。

発信先がスエさんであることを確認して、電話に出た。

「もしもし。鍼灸のトガシですが…」

返事が無い。

「もしも〜し。スエさん?」

しばらくして、スエさんの声。
「あ…先生…私ね…〇△×…ガチャリ」

その後、すぐに電話してみたが、何回呼び出しても出ない。

老夫婦の二人暮らし。夫はアルツハイマーで、妻が介護している。でも、ヘルパーさんは断ったから、もう来ない。「介護疲れの妻が悩んだ挙句…」などという新聞の見出しが頭をよぎった。

とにかく行ってみなければならない。スエさんの家へと車を走らせた。

家は、外から見た感じでは異常は無かった。玄関の戸は開けっ放しだが、これはいつも通り。

「こんにちは〜。スエさん!いませんか?失礼しますよ〜」

一階の部屋はほとんどお邪魔したことがあるので、間取りは知っていた。ただ、侵入者がいて戸の陰に隠れているかもしれないとか、二人が襲われて倒れているかもしれないとか、そんなことばかり頭に浮かぶので心臓は高鳴った。

もう、二階しかない。

「スエさん!いませんか?二階に上がりますよ!」

私は二階に向かって叫び、返事が無いのを確認すると、階段をゆっくりと登っていった。

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*** A helper of the nursing care insurance didn't come over. ***

月が変わってカレンダーが新しくなると、介護サービスのスケジュールが書き込まれていた。

ペルパーさんは月木の週二回、入浴サービスは水曜日で二週間に一度のペースになっていた。

しかし私の方は依然として前もって予約されることはなかった。大抵は朝早く、時には早朝5時半くらいに電話がかかってきて「今日、何時でもいいからお願いします」という感じ。

水曜日だったりすると、入浴中の信市郎さんに施術することはできないので、確認するようにした。ただ、先日の一件があったので、月木に電話が来た時の方がドキドキだった。

そんなある日、
「今日はヘルパーさんが来る日だったと思いますが、大丈夫ですか?」と聞いてみると、
「ヘルパーはね。断っちゃった。うるさいから。」

訪問して詳しく尋ねてみると、
「部屋の掃除を頼んでも、この部屋はするとか、この部屋はできないとか我儘なのよ。料理を頼むと、鍋で煮てる間は何もしないで鍋を見てるし、買い物頼んでもちょっとだけ違うものばかり買ってくるし…」

おそらく、ペルパーさんの規則もあるから、我儘とかそういうことではないのだろうけど、スエさんは納得できないようだった。

そして何よりスエさんにとって我慢できなかったのは、自分の生活のペースがくるってしまうことのようだった。

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*** A helper of the nursing care insurance came over. ***

当院では各種保険不使用の方針を貫いている(理由はこちら)。理由を読んでいただければ分かるが、だからと言って私のお客様が健康保険や介護保険を使用できる医療機関を利用することを妨げるものではない。そういう方法もあるということは、知らないお客様にはこちらからお教えすることさえある。

そちらを利用していながら、こちらを利用して下さる方も少なくない。これは、客商売を一人でやっている者にとっては至上の喜びである。そのお客様は間違いなく、私のサービスを選んで下さっているのだから。値段が安いからとか、受付の綺麗なお姉さんに会いたいからとかいう理由で選んで下さったわけではないことがハッキリと分かるから(施術者がイケメンだからなんて理由では尚更ありえない(笑))。

ある日、スエさんの茶の間のカレンダーに「ケアマネ」と書いてあるのを見つけた。尋ねてみると、
「そうなの。何か使えることがあるって聞いたから」

一応、私が選ばれなくなる可能性も覚悟しておかなければいけないなと、内心思った。単純な価格では絶対にかなわないはずだから。

ほどなくして、介護サービスの人たちと顔を合わせることが多くなった。これは「鉢合わせ」と呼ぶべき状態なのだと思うのだが、スエさんは全く気にする様子はなかった。

入浴サービスの車が来ていることがよくあった。これは、入浴を終えてサッパリした信市郎さんに施術してもらおうというスエさんの粋な計らいのようだった。

ヘルパーさんが来ている時もあった。スエさんと並んで座って、私の施術を見ていた。これも勤務の一環なのだろうか?と疑問に思ったが、スエさんがOKなら問題はないのだろう。それよりも、このヘルパーさんは私に対して敵対的な雰囲気があった。

私が「ここ、痛いですか?」とか、信市郎さんに声がけをすると、「そんな声で聞こえるわけないじゃないの」とつぶやいているのが聞こえた。

痛いかどうかは押した時の反応で大体わかるので、尋ねていることに余り意味はない。普通は「そこがいつも痛いのよ」とか、「若い時に転んでねぇ」とか、いろんな話を引き出すことができるので声をかけている。それが癖になっているので、聞かないとやりにくいだけである。

また、「仰向けになって下さい」というのも、私が何か言っているということだけ伝われば、あとはアイコンタクトとかボディランゲージで信市郎さんは十分わかってくれた。なのだが…

「仰向けになって下さい」と私が言うと、「だから、そんなんじゃ聞こえないって!」と叫んで、ヘルパーさんがヘルプしてくれた。

「信市郎さん!仰向けになって下さい!仰向け!あ!お!む!け!」

施術中はまどろんでいる場合もあるので、私は静かに声をかけることを心がけていた。耳元で大声で叫ぶ姿には私も驚いたし、信市郎さんも驚いた様子だった。

でも、私は老人専門の仕事ではない。老人に接するには、こうするのが正解なのだろうかと、しばらく悩んだりもした。

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*** Mother waited expectantly for her son going home. ***

スエさんの家の茶の間の壁にかけてあるカレンダーには、「医者」とか、「植木屋」とか、「時計屋」とか、「壁屋」とか、ところどころに書き込みがある。お医者さんには二人でタクシーを使って出かけていたが、それ以外は皆ここを訪れる人たち。私が訪れる日には「はりきゅう」と書いてあった。

話題に困った時は、これを見て質問すれば良かった。

「今日は植木屋さんが来るんですか?」と尋ねると、「そうなのよ。」と言って、庭木の手入れを頼んでいること、その木々の種類、その木を誰からもらったか、あるいはどこで買ったか、などなどをスエさんは話してくれた。

時計屋について尋ねると、片づけをしていたら何かの記念にもらった懐中時計が出てきたけど動かなくなっているので修理を頼んだことを話してくれた。

壁屋は、部屋の壁が傷んできているし、色も気に入らないので、直してもらうとのこと。

そして、そのカレンダーの横には、それぞれのお店の電話番号を目いっぱい書き込んだ紙が貼ってあった。

いささか不用心のような気もしたが、この家の経済活動とその取引先の情報は、この一角に集約されているのだった。

今度の連休のところには「健一」と書いてあった。
「健一さんというのは、ひょっとして鎌倉に住んでいる息子さんですか?」と尋ねると、スエさんは「そうなのよ。」と答えて、いつもより嬉しそうに話し始めた。

市役所に勤めている息子の健一さんは、連休の度に帰省してくれている。親孝行の自慢の息子さんのようだった。もうすぐ定年退職を迎えるので、鎌倉の家を売って、こっちに家族4人で帰ってくることになっているとのこと。健一さんには娘さんが二人いて、大学生と高校生。

スエさんの目は期待に輝いており、「4人で」と言う時に語気が強まったように感じた。だからと言うのはむしろ逆なのだけれど、健一さんはこちらに引っ越してくることは無いような気がした。

今だから分かることだが、私のその予想は結局当っていた。

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*** The train which we get on is going to Moscow. ***

信市郎さんがマッサージ師だったということが判明した翌週、施術する部屋に行ってみると、彼は壁を背に座っていた。その目は遠くを見つめていた。そう、時空を超えた遠くを。

「燃えている…」と彼はつぶやいた。彼の視線の先を追ったが、火の気配は全くない。

「台所で火を使ってますか?」とスエさんに尋ねたが、「使ってないよ」と言う。

信市郎さんは視線の先を指差して、「山が燃えている。見えませんか?」と言う。

その方向に窓はない。山の絵や写真が壁にかかっているわけでもない。これは、調子を合わせた方が良さそうだと私は思った。「そうですね。煙が見えますね。」

すると、信市郎さんは視線を下ろし、周りを見渡した。ここは三畳ほどの部屋で、布団が敷いてある。

「この貨車はどこに行くんですか?」

全く訳が分からないが、付き合うしかない。「どこでしょうね…。私も分からないんですよ。」

「モスクワですかね?」

それを聞いてスエさんが笑い出した。信市郎さんがどこにいるか分かったのだ。

「お父さんはね、捕虜になってシベリアにいたのことがあるんだよ。そん時のこと思い出したんじゃないの。」

この二人の人生経験には頭が下がるばかりである。

「お父さん、モスクワまでなら時間もありますから疲れを取っておきましょう」と私が言うと、信市郎さんはうなづいて、布団の上に横たわった。

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*** He was a masseur in old days. ***

ある日、池田スエさんに手技療法の施術を行っている時、信市郎さん(旦那さん)が脇で見ていた。いつもは自分の番の時とかトイレに行く時に寝床から出てくるだけだったから、その日は気分が良かったのだろう。

そしてスエさんに声をかけ始めた。
「痛いのか?苦しいのか?でも大丈夫だから。きっと楽になるから。」
スエさんは笑っている。

少しの間、信市郎さんは私の施術を見ていたが、ついには私に指示を出し、自分も手伝い始めた。
「じゃあ、あなたはそっちの方お願いします。私はこっち側をしますから。」
私はスエさんの右半身を施術していたのだが、信市郎さんはスエさんの左手を取って揉み始めたのだ。

私はすっかり戸惑ってしまったが、長年連れ添った奥さんの手を揉んでいる姿は微笑ましい感じだった。
「旦那さん、優しいんですね」

「違うのよ。昔、お父さんは人から頼まれて揉んであげることがあったのよ。私を同じ村の誰かだと思ってるんでしょう」

確かに慣れた手つきだった。時空を超えて、昔の治療師の技術が今再現されているのだ。いつしか私は、治療師セミナーで行われる実演を見る目つきになっていた。

「プロなんですね?」
「いいや、免許なんか持ってなかったよ。だから、お金は貰わないで、酒ご馳走になって帰って来てたの。私は、ずっと留守番して豚の世話(笑)。」

しかし、信市郎さんのタイムトリップはこれに止まらなかった。

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*** She had the clawhand. ***

池田さんは前もって日付を決めて予約するということは無かったが、平均すると週に1〜2度のペースで呼んで下さった。

前出の柴田さんの時がそうであったように、信市郎さんの治療効果に関してはスエさんの観察にかかっていた。普段、「痛い」と言わなくなったとか、動作が痛そうでなくなったとか。そして、スエさんは良くなっているようだと言って下さった。

信市郎さんを施術している最中はスエさんはずっと脇で見ていた。信市郎さんは耳が遠いので、「ここは痛いですか?」といった問いかけを私がすると、スエさんが信市郎さんの耳元で叫んで伝えるという方法で診察は行われた。

何回か通うなかで少しずつ分かったことだが、この夫婦は二人ともこの辺りで生まれ、結婚し、北の方に引っ越して暮らしていたらしい。北海道だったか、青森だったか、その辺は定かではない。ただ、かなり広い土地を所有し、養豚業を営んでいた。

「何百匹もの豚を私が独りで育てたんだよ!お父さんは何も手伝わないで、私から話を聞いて、飼育の方法をいろんなところに教えに行ってたの。本まで書いたんだよ。全部自分がやったみたいに。」とスエさんは話してくれた。本もパラパラっと見せてくれた。結構分厚くて、表やグラフもあり、きちんとした数値データが盛り込まれている本のようだった。

しかし、その土地に何やら大きな施設が建設されることになり、かなりの金額を受け取る代わりに立ち退くことになった。

そのお金の一部で、今住んでいる家を買った。アパートも建てた。鎌倉に住む息子さん一家がこちらに帰ってきた時に住む場所も土地だけは購入済み。

食事は朝ごはんだけスエさんが料理するけれども、昼と夜は近くの食堂に毎日頼んであった。昼は寿司、夜は定食ものと決めてあるようだった。

毎食作らないのは、お金に困っていないということだけではなく、スエさんの左手が不自由だったということも有ると思う。

彼女の左手は鷲手だった。尺骨神経麻痺が原因で起こる、独特な手の形である。教科書で見たような典型的な形をしていた。

「豚、何百匹も独りで育てたからね…」と、スエさんは左手を見つめながら言った。

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