トトガノート

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Category:★仏教 > 「空海とヨガ密教」

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「空海とヨガ密教」(Gakken) 第6章「真言宗発展の真実」(p175〜200)、第7章「奥義ヨガ密教」(p201〜225)を読みました。

もうちょっとヨガのことについて書いてあるかなと思ったのですが、それを見つけることなく最後まで行ってしまいました。

ヨーガには、アーサナ、マントラ、呼吸などが含まれます。この片鱗は、しっかり仏教に見つけることができます。今日、全く別物として分類される両者ですが、本質は同じように思いました。

ヨーガの効用は科学的(心理学)に解析が進んできています。仏教の修行が目指すものは、前頭前野の活性化によってもたらされるもののようです。

空海は晩年、朝廷から命を受けて、いろんなことをやらされていると書かれていました。空海にしても、釈尊にしても、「宗教」という今日的な分類に納まることを喜んでいるか、最近疑問に思っています。彼らが本当にやりたかったことはこういうことなのか。

今日のような仏教の在りようは望まなかっただろうけれども、かと言って、これを見て嘆くとか怒るとか、そういう次元の人でもないだろうなあ…と。

そんなことを考えながら、この本を読んでおりました。

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「空海とヨガ密教」(Gakken) 第5章「初期真言教団の実態」(p154〜174)を読みました。

ここは、私的に「そうなのだろうな〜」という内容があったので、メモっておきます。

〔以下引用(p161)〕
この真言密教を現在の真言宗の僧侶の修行だと思ってはいけない。今の僧侶の修行は、家としてのお寺を継ぐためのもので、厳しくすると後継者がいなくなってしまうから、基準は低く設定され、行法は易しいものに限定されている。こう言うと、今でも厳しいと反論する人もいるだろうが、昔ほど厳しくないし、振るい落としがない。ある期間修行すれば、それでよろしいと言われる。これならば最澄からも不満が出なかっただろうし、最澄が唐で順暁から学んだ真言密教はその程度の水準であった。要するに、形式的なものであった。最澄はそれの延長だと思っている。つまりは知識(とはいっても頭脳だけ)の集積を期待している。この時代の僧侶は、膨大な経典を暗記しているので、経典の記憶力だけを問題にすれば他人にひけはとらない。だから自信があった。しかし、本物の真言密教の修得には二つの問題点があった。「語学力」(外国語の力)と「体操技術」である。
〔引用おわり〕

これは「真言密教」という言葉にそのまんま、空海のこだわりが表われています。

「真言」とは「サンスクリット語で」ということになります。「密教」とは「筆授できないこと」であり「体得しなければいけないこと」。

「真言密教はインド語でいうと「マントラ・ヨーガ」である」(p162)とあり、ヨーガのポーズを決めてマントラを唱えるのであれば、今日のヨーガと形の上では全く同じになります。

司馬遼太郎の『空海の風景』では、最澄の攻撃的な部分は余り語られていなかったような気がしますが、この本では描かれています。

〔以下引用(p161)〕
最澄はこの年(813年)の九月、『依憑天台宗』を書いた。すべての仏典の上に天台の教説があるというもので、法華一乗を強調したものであった。その中で「耳を尊びて、目を賤しむるは漢人の嘆くところ」と書いた。これが空海の真言密教に対するあてつけになった。「文章に書いてないことを口で言って、これが密教の極意だなどというのは、中国大陸で軽蔑されていることだ」という意味である。三年後に書いた序文では「新来の真言家は筆授の相承を泯ず」と書いた。つまり、「新米の真言家は文章に残して伝えることを軽蔑する」と言っている。
〔引用おわり〕

少なくとも、長安の人々が空海を軽蔑するというのは有り得ないですね。

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「空海とヨガ密教」(Gakken) 第4章「密教修法の効験」(p131〜151)を読みました。

ここは、「う〜む」という内容なので、本書を読んでいただければと思います。

司馬遼太郎の「空海の風景」の対応箇所は…
25. 大宰府残留
26. 両部不二の構想
27. やはり知の巨人
28. 玄ぼうと空海
29. 教相判釈
30. 宮廷スキャンダルの使い道
31. 奈良六宗と空海
32. 国内的な最澄と国際的な空海

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「空海とヨガ密教」(Gakken) 第3章「インド神秘主義の系譜」(p86〜129)を読みました。

密教とは「言葉では表せない教え」という意味なわけですが、それは極めて神秘的な内容だからだと思っていました。ですが、この本の指摘のように単に「言葉では表せない教え」だとすれば、私のこれまでの捉え方がかなり違ったものになることに気づきました。

今日では、日本で密教と言えば大乗仏教と考えますが、そもそも何の縛りもなく、単に「言葉では表せない教え(タントラ)」だったというのです。小乗仏教にも、ヒンドゥー教にも、ヨガにも顕教と密教がある。

密教の定義が難しいことは以前読んだ本にも書いてありましたし、「密」もいろいろあることも書いてありました

以下は私が思ったことです↓↓↓

さらに拡大すれば(していいのか分からないが)、書道にも、絵にも、音楽にも、スポーツにも、言葉で表せる部分(顕教)と表せない部分(密教)がある。つまり、密教とはインストラクターから直接教わらなければ分からない内容、という解釈。

だから、空海は絶対に渡海しなければいけなかったということにもなります。いろんなインストラクターがいる長安に絶対に行かなければいけなかった。インド僧から直接教わることも特別重要なことだったわけです。

以前引用した司馬遼太郎の文章が、今までと少し違った意味に見えてきました。
《以下引用》
…インドにおいては、その後の人類が持ったほとんどの思想が、空海のこの当時までに出そろってしまっているが、それらの思想は、当然、言語に拠った。厳密に整理され、きびしく法則化されてきたサンスクリット語によって多くの思想群が維持され、発展してきたが、空海がすでに日本において学びつくした釈迦の教えやそれをささえているインド固有の論理学や認識学も、さらに蘊奥を知るには中国語訳だけでなくこの言語に拠らねばならない、ということは、インド僧だけがそういうのでなく、インド的体温のまだ冷めないこの時代の唐の仏教界では中国僧もそう思っていたにちがいない。
《引用終わり》

そう考えると、結果からみれば恵果に会うことが最初からの目的だったように思えるのですが、実は、恵果から習ったことが帰国後には一番役に立ったというだけのことなのではないか?そもそも、恵果に会うことは優先順位の低いことだったのではないか?

密教の空海に比べれば、顕教をやっていた最澄は渡海する必要は必ずしも無かった。顕教だから「直接の教授は弟子が受けるから免除だけ私にも頂戴!」という発想も出てくるわけだし、これに、空海が激怒したのは当たり前

私は今、ヨーガを動画サイトでやっているわけで、本だけを見てやっていたのとはだいぶ違うことに気づく毎日です。それでも直接インストラクターからは習っているわけではないので、ヨーガの密教部分には殆ど触れていないのかもしれません。

私も、御大師様からバカヤロウと言われますね(笑)。

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「空海とヨガ密教」(Gakken) 第2章「入唐求法の真相」(p45〜83)を読みました。

まず、空海が持っていたと思われる超人的な記憶力。これを説明するために使われてきたと思われる「虚空蔵求聞持法」。本当に効くかもしれないので、真言をメモっておきます。

《以下引用(p48)》
ナウボウ・アカシャガラバヤ・オン・アリカマリ・ボリソワカ

これを一日10000回×100日で計「百万遍」唱える修行です。

この「虚空蔵求聞持法」と「大日経」を翻訳したのが善無畏三蔵です。虚空蔵菩薩は「自然の本質そのもの」なのだそうです。

若き空海に影響を与えたと言われるのが勤操です。

《以下引用(p53)》
勤操の弟子に混じって、空海こと佐伯真魚はこの雑密を学んだと思われる。では、具体的に雑密、つまり勤操の密教とはどのようなものであったのか。じつは「ヨガ」であった。現在、ヨガ教室に通っている人たちが学んでいる内容が、いわゆる雑密に近く、真言宗の寺院で行われている行法が真密に近い。これはまた後で論じることにする。
《引用終り》

にわかには信じがたいのですが、イメージしやすい仮説ではあります。雑密については司馬遼太郎の文章もご覧ください

さらに、空海がヨガをやっていたであろう根拠として、「五筆和尚(ごひつおしょう)」の伝説を挙げています。

《以下引用(p57)》
…両手、両足そして口にそれぞれ筆を持ち、五本の筆で壁に同じ字を書いたという伝説だが、これは空海が心の命じるままに体を動かしたことを意味する。いわば「心身の一致」を表現する伝説である。心身の一致は、インドでは「ヨーガ」といい、漢語に音写して「瑜伽(ゆが)」という。
《引用終り》

入唐して、空海は二人のインド人の高僧に学んだことが分かっているようです。

《以下引用(p69)》
…牟尼室利三蔵(むにしりさんぞう:?〜806年/梵名「ムリチニー」、漢訳法名「寂黙(じゃくもく)」)と般若三蔵(734〜806年ころ/梵名「ブラジュニャー」、漢訳法名「智慧」)である。
《引用終り》

《以下引用(p71)》
「私は大唐の貞元二十年(804)に長安の禮泉寺(れいせんじ)において、般若三蔵および牟尼室利三蔵に南天のバラモン等の法を聞いた」と空海は書き残している。これはきわめて重要な言葉である。
《引用終り》

きわめて重要なのですが、出典が書いていないのが残念です。

アマゾンのレビューなどでも指摘されているように、強引な論理展開が随所に見られる本だと私も感じています。ただ、空海もヨガは多少たしなんだだろうなとは思います。

例えば、「輪廻の観念は仏教の発明ではなく、仏教成立当時のインド社会の周知の世界観・人生観」と言われるように、私たちが仏教として捉えているものの中には単に当時のインド社会の常識も含まれているわけです(逆に、昔の日本文化からお寺に流入したものも、インド伝来の仏教として捉えているものが多々あるのでしょうけど)。

真言宗は真言を最も大切にしている宗派だと思いますから、空海は最もインドに傾倒した宗祖だと思います。ですから、瞑想法のひとつとして、今日のヨガ的なものは、サンスクリット語を習う傍ら、インド僧から一緒に習っていたことでしょう。

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「空海とヨガ密教」(Gakken)「まえがき」(p3〜11)、第1章「母系空海論」(p15〜44)を読みました。

最近、ヨガに目覚めまして、動画サイトを見ながら、ほぼ毎日レッスンをしています。

そうしますと、仏教との関連を思わずにはいられません。ヨガのレッスンは大抵、あぐらをかいて胸に合掌して始まります。終りも大抵同じです。髪型やコスチュームに目を配らなければ、ヨガをしているのか、座禅を組んでいるのか、即座には分からない。

単に発祥の地が同じだからなのかもしれません。しかし、いずれも身心の別なく己を見つめ、苦しみからの解放を目指すものであるならば、全く別物と考える方がむしろ不自然に思いました。

そんな中、大好きな空海とヨガを結び付けようとしている本を思い出しました。数年前に、この本の存在は知っておりましたが、当時はヨガに興味を持っていませんでしたし、この本の内容には事実と反すると思われる箇所があるという指摘もありましたので、手に取るほどの気持ちは起こりませんでした。

今回、仏教とヨガの関係を知りたいと思った時に、まずはこの本を歴史ロマンとして読んでみようと思いました。読む方としても仏教とヨガの間に何らかの強いつながりがあってくれないだろうか…という気持ちがあるわけですから、読み物として楽しむ分にはいいでしょう。

「まえがき」で、この本の特色を筆者自身が挙げています。

《以下引用(p3)》
第一は「空海の生誕地が父方ではなくて、母方の屋敷の跡にある」という主張である。

《以下引用(p4)》
第二は「その実家とは何者か」という問題を扱っている点である。

《以下引用(p5)》
第三は「空海が唐からもたらした密教をヨガの視点から解明しよう」とする点である。

はっきり言って、第三のところしか興味はないのですが、空海の生涯を見渡した時に大きな謎がいくつかありますが、第一・第二の内容で説明できる部分もあるようです。だから、これが真実だというわけでもありませんが、ロマンとしては面白いと思います。

満濃池の治水工事をどうして成し得たか久米寺でなぜ『大日経』を借りることができたか私渡僧として遣唐使に加わるために必要な莫大な資金をどうやって集めたか唐の人も及ばないような文才を身につけていたこと。また長安でこれほど注目を集めたにもかかわらず、なぜ日本に戻ってきたのか?

これらの疑問は、第1章にあるように、母方の阿刀氏が大きな力を持っていたとすれば説明は付きます。

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