トトガノート

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Category:★仏教 > 「秘蔵宝鑰」

空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)

1.序論(1)「序詩」
2.序論(2)「序詩を基点とする十住心体系の概要」
3.序論(3)「序詩を基点とする十住心体系の概要」
4.序論(4)「曼荼羅世界を詠んだ詩句」
5.序論(5)「十住心体系の詩句」

6.本論−第一異生羝羊心「(1)第一異生羝羊心とは何か」
7.本論−第一異生羝羊心「(2)異生羝羊心の人間存在と、まとめの詩句」
8.本論−第一異生羝羊心「(3)問答による異生羝羊心の論拠」

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「空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)」(ちくま学芸文庫)「秘蔵宝鑰」(p16〜257)の本論−第一異生羝羊心「(3)問答による異生羝羊心の論拠」を読みました。

《以下引用(p61)》
問。何(いず)れの経に依(よ)ってかこの義を建立(こんりゅう)する。

答。『大日経』なり。彼の経に何(いかん)が説く。「秘密主(ひみつしゅ)。無始生死の愚童凡夫は我名・我有に執著(しゅうじゃく)して無量の我分を分別す。秘密主。もし彼、我の自性を観ぜざれば、すなわち我・我所、生ず。余はまた、時と地等の変化(へんげ)と瑜伽(ゆが)の我と建立の浄と不建立の無浄とないし声(しょう)と非声(ひしょう)とありを計(けい)す。秘密主。かくの如く等の我分は昔より以来(このかた)、分別と相応して順理の解脱(げだつ)を希求(きぐ)す。秘密主。愚童凡夫の類は猶(なお)し羝羊の如し、と」。

龍猛(りゅうみょう)の『菩提心論』にいわく、「いわく、凡夫は名聞利養資生(みょうもんりようししょう)の具に執著して、務(つと)むに安身(あんじん)をもってし、恣(ほしいまま)に三毒五欲を行ず。真言行人、誠に厭患(えんげん)すべし」。
《引用終わり》

Q&Aという形式であり、出典をきちんと提示してあり…意外と現代的。

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「空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)」(ちくま学芸文庫)「秘蔵宝鑰」(p16〜257)の本論−第一異生羝羊心「(2)異生羝羊心の人間存在と、まとめの詩句」を読みました。

《以下引用(p58)》
強窃二盗は珍財に迷って戮(つみ)を受け、和強両姧(かん)は蛾眉(がび)に惑って身を殺す。四種の口業(くごう)は舌に任せて斧を作り、三箇の意過は心に縦(ほしいまま)にして自(みずか)ら毒なり。無慚無愧(むざんむき)にして八万の罪、ことごとく作り、自作教他(じさきょうた)して塵沙(じんじゃ)の過(とが)常になす。

すべて一一の罪業(ざいごう)、三悪(さんなく)の苦を招き一一の善根(ぜんごん)、四徳の楽に登ることを覚知せず。

あるがいわく、「人は死して気に帰り更に生を受けず」と。かくの如くの類をば断見と名づく。

あるがいわく、「人は常に人たり、畜は常に畜たり。貴賤、常に定まり、貧富恒(つね)に別れたり」と。かくの如くの類をば常見と名づく。

或いは牛狗(ごく)の戒を持(たも)ち、或いは死を恒河(ごうが)に投ず。かくの如きの類を邪見という。邪見外道、その数無量なり。

出要を知らず妄見を祖として習えり。かくの如き等類は皆ことごとく羝羊の心なり。

頌(じゅ)にいわく。四韻(いん)
凡夫は善悪に盲(めし)いて 因果あることを信ぜず
但し眼前の利を見る 何ぞ地獄の火を知らん
羞(は)ずることなくして十悪を造り 空しく神我ありと論ず
執著(しゅうじゃく)して三界(さんがい)を愛す 誰か煩悩の鎖を脱れん
《引用終わり》

冒頭の文章は、昨今多発している凶悪犯罪のことを言っているのかと見まがうほどです。

最後の4行の詩の訳を写します。

《以下引用(p61)》
世のつねの人は善悪の見さかいがつかず 因果の理法が存在することを信じない
ただ目の前の利益を見るだけであるから どうして地獄の火を知るわけがあろう
さまざまな悪業をなして、何ら恥じず 実在の自我の存在をいたずらに主張する
迷いの世界に執われて、それを愛している どうして、煩悩の鎖をのがれることができよう
《引用終わり》

「さまざまな悪業をなして、何ら恥じず 実在の自我の存在をいたずらに主張する」
しっかりと犯罪を犯しておきながら、どんなにこじつけても無罪を主張する…そんな現代人のことを予言しているようです。

《インデックス》

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「空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)」(ちくま学芸文庫)「秘蔵宝鑰」(p16〜257)の本論−第一異生羝羊心「(1)第一異生羝羊心とは何か」を読みました。

《以下引用(p53)》
異生羝羊心とは何ぞ。凡夫、狂酔して善悪を辯(わきま)えず、愚童、癡暗(ちあん)にして因果を信ぜざるの名なり。凡夫、種種の業を作って種種の果を感ず。身相万種にして生ず。故に異生と名づく。愚癡無智なること、彼の羝羊の劣弱なるに均(ひと)し。故にもってこれに喩(たと)う。

それ生は吾が好むにあらず。死はまた人の悪(にく)むなり。しかれども猶(なお)、生まれ之(ゆ)き生まれ之いて六趣に輪転し、死に去り死に去って三途(さんず)に沈淪す。我を生ずる父母(ぷも)も生の由来を知らず。生を受くる我が身もまた、死の所去(しょこ)を悟(さと)らず。過去を顧みれば、冥冥(めいめい)としてその首(はじめ)を見ず。未来に臨めば、漠漠(ばくばく)としてその尾(おわり)を尋ねず。三辰、頂に戴(いただ)けども暗きこと狗(いぬ)の眼に同じく、五嶽、足を載(の)すれども迷えること羊の目に似たり。日夕(じっせき)に営営として衣食(いいし)の獄に繋(つな)がれ、遠近(おんごん)に趁(はし)り逐(お)って名利の坑(あな)に墜(お)つ。

加以(しかのみならず)、磁石、鋼を吸えばすなわち剛柔、馳せ逐(お)い、方諸、水を招けばすなわち父子相親しむ。父子の親親(しんしん)たる、親の親たることを知らず。夫婦の相愛したる、愛の愛たることをさとらず。流水相続き、飛燄(ひいえん)相助く。徒(いたずら)に妄想の縄に縛られて、空しく無明(むみょう)の酒に酔えり。既に夢中に遇えるが如し。還(かえ)って逆旅(げきりょ)に逢うに似たり。

一(いち)、二(じ)、道(どう)より展生(てんせい)し、万物、三に因って森羅たり、自在よく生(な)し、梵天の所作なりというが如くに洎(いた)っては、未だ生人の本(もとい)を知らず。誰か死者の起りを談ぜん。

遂(つい)にすなわち豺狼狻虎(さいろうさんこ)は毛物(ぼうぶつ)を咀嚼(そしゃく)し、鯨鯢摩竭(げいげいまかつ)は鱗族を呑歠(どんせつ)す。金翅(こんし)、龍を食(は)み、羅刹(らせつ)、人を喫(くら)う。人畜相(あい)呑み、強弱相噉(くら)う。況(いわ)んやまた、弓箭(きゅうせん)、野を亘(わた)れば、猪鹿(ちょろく)の戸(とぼそ)、種を絶ち、網罭(もうよく)、沢を籠(こ)むれば、魚龞(ぎょべつ)の郷(さと)、族(やから)を滅す。鷹隼(ようじゅん)、飛べば鷩鵠(へつこく)、涙(なんだ)を流し、敖犬(ごうけん)、走れば、狐兎(こと)、腸(はらわた)を断つ。禽獣は尽くれども心には未だ飽かず。厨屋(ちゅうおく)には満つれども舌には厭(いと)わず。
《引用終わり》

「我を生ずる父母も生の由来を知らず。生を受くる我が身もまた、死の所去を悟らず。過去を顧みれば、冥冥としてその首を見ず。未来に臨めば、漠漠としてその尾を尋ねず。」は、以前引用しております。

【要旨】の冒頭で、
《以下引用(p55)》
異生羝羊心という心の世界とはどういうものか。本能のままに生き弱肉強食の世界である動物の心が人間存在の根底にはひそむことを明らかにする。
《引用終わり》
と、まとめてあります。

私たちの脳は、魚類から爬虫類、原始哺乳類と、新しい脳を増設する形で進化を遂げています。以前の本能もそのまま受け継いでいるということを忘れてはいけません。

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「空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)」(ちくま学芸文庫)「秘蔵宝鑰」(p16〜257)の序論(5)「十住心体系の詩句」を読みました。

《以下引用(p40)》
第一異生羝羊心(いしょうていようしん)
  凡夫狂酔して  吾が非を悟らず。
  但し婬食(いんじき)を念ずること  彼の羝羊の如し。
第二愚童持斎心(ぐどうじさいしん)
  外の因縁に由(よ)って  忽ち(たちまち)に節食(せつじき)を思う。
  施心萌動(ほうどう)して  穀の縁に遇うが如し。
第三嬰童無畏心(ようどうむいしん)
  外道天に生じて  暫(しばら)く蘇息を得(う)。
  彼の嬰児と  犢子(とくし)との母に随うが如し。
第四唯蘊無我心(ゆいうんむがしん)
  ただ法有を解(げ)して  我人皆遮す。
  羊車の三蔵  ことごとくこの句に摂す。
第五抜業因種心(ばつごういんじゅしん)
  身を十二に修して  無明、種(しゅ)を抜く。
  業生、已(すで)に除いて 無言に果を得。
第六他縁大乗心(たえんだいじょうしん)
  無縁に悲を起して  大悲初めて発(おこ)る。
  幻影に心を観じて  唯識、境を遮す。
第七覚心不生心(かくしんふしょうしん)
  八不(はっぷ)に戯(け)を絶ち  一念に空(くう)を観(み)れば、
  心原空寂にして  無相安楽なり。
第八一道無為心(いちどうむいしん)
  一如本浄にして  境智倶(とも)に融す。
  この心性を知るを 号して遮那(しゃな)という。
第九極無自性心(ごくむじしょうしん)
  水は自性なし  風に遇うてすなわち波たつ。
  法界は極にあらず  警を蒙(こうむ)って忽ちに進む。
第十秘密荘厳心(ひみつしょうごんしん)
  顕薬塵(ちり)を払い  真言(しんごん)、庫(くら)を開く。
  秘宝忽ちに陳じて  万徳(まんとく)すなわち証す。
《引用終わり》

呼び方は、ほぼ全て『大日経』住心品に由来するもののようです(第十に関してだけ異説がある)。

[冤道徳が自覚されない、人間存在以前の状態
⊂さな善の心に目覚めた状態
初めて宗教心に目覚めた状態
そ仞ご屐△垢覆錣狙ご屬鯆兇┐進教の心の世界の段階。初期仏教、部派仏教(アビダルマ仏教)すべてを含む声聞乗の段階。
ケ鏗仂茵ふとした切っ掛けで一人でさとる者の教え。小乗・部派仏教。自身の解脱のために仏道修行する段階。
λ〜蟒 唯識派。自利利他の両方を行ずるので、ここから大乗となる。
Щ囲製 中観派。あらゆるものは不生であるとさとる心の段階。
天台宗(天台法華一条)。認識の対象と主観との対立を超えた真実の心の世界を『法華経』で説く。いわば絶対空を突破したところの真実在の風光が展開する段階。
華厳宗。実在と現象を相即不離にあるとみる華厳は、重々無尽の法界縁起すなわち無限の相関関係にある関係性の宇宙的真理の世界観を説く。ただし、それは理談すなわち哲学的世界観であって、観照にとどまり実践にまですすまない。
真言密教。

次回から、一つずつ見ていきます。

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「空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)」(ちくま学芸文庫)「秘蔵宝鑰」(p16〜257)の序論(4)「曼荼羅世界を詠んだ詩句」を読みました。

《以下引用(p31)》
頌(じゅ)にいわく、

金剛(こんごう)内外(ないげ)の寿と
離言垢過(りごんくか)等空の因と
作遷慢如真乗(させんまんにょしんじょう)の寂(じゃく)と
制体籏光蓮貝(せいたいきこうれんぱい)の仁と
日幢華眼鼓(にちどうけごんこ)の勃駄(ぼっだ)と
金宝法業歌舞(こんぽうほうごうかぶ)の人と
捏鋳刻業威儀(ねつじゅこくごういぎ)等との
丈夫無碍(むげ)にして刹塵(せつじん)に過ぎたまえるを
帰命(きみょう)したてまつる

我、今、詔(みことのり)を蒙(こうむ)って十住を撰(せん)す
頓(とみ)に三妄を越えて心真に入らしめん
霧を褰(かか)げて光を見るに無尽の宝あり
自他受用(じたじゅゆう) 日に弥(いよいよ)、新(あらた)なり

軷祖(ばっそ)して伽梵(がぼん)を求む
幾郵(いくうまや)してか本床に到る
如来明らかにこれを説きたまえり
十種にして金場(こんじょう)に入る
已(すで)に住心の数(しゅ)を聴きつ
請う彼の名相を聞け
心の名は後に明らかに列ぬ
諷読(ふどく)して迷方を悟れ
《引用終わり》

訳の後、「胎蔵曼荼羅」「金剛界曼荼羅」「両部」について解説があります。

「胎蔵曼荼羅」では、以下の記述が気になりました。
《以下引用(p38)》
…特に注意すべきは『十住心論』は九顕十密であるのに対して、『宝鑰』は九顕一密であって顕教と密教とは次元を異にするとみること、前者は密教すなわち第十住心によって第一住心より第九住心までの顕教をすべて包摂していることである。

胎蔵曼荼羅は理(理法)の原理、平等の世界を示すのに対して金剛界曼荼羅は智(智慧)の原理、差別の世界を示す点からみても、九顕十密は金剛界的な、また九顕一密は胎蔵的な世界観とみることもできよう。
《引用終わり》

「金剛界曼荼羅」では…
《以下引用(p38)》
『宝鑰』は胎蔵界曼荼羅の構成を基礎にしている。帰敬頌(序詩)は金剛界と胎蔵の両部を巧みに組み合わせて両部曼荼羅の世界を要約的に示している。…

真言密教の大法を両部としてアンビヴァレンスに関係づけたのは中国の不空(705-774)であり、恵果(746-805)、空海へと伝えられた。
《引用終わり》

「両部」では…
《以下引用(p39)》
空海は金剛界・胎蔵の二つの曼荼羅を両部という。金剛界は智、胎蔵は理を表わすというのは中国密教の理解の仕方である。

両部を不即不離の関係すなわち金胎不二、理智不二として明確に説いたのは覚鑁(1095-1143)からであって、空海にはまだ不二思想は認められていない。・・・

『十住心論』『宝鑰』の冒頭の帰敬頌には金胎の構成を組み合わせてあるが、両部曼荼羅を「天珠の如く渉入して虚空に遍じ、重々無礙にして刹塵に過ぎたるを帰命したてまつる」(『十住心論』)、あるいは「重々帝網なるを即身と名づく」(『即身成仏義』)とあるのみで、空海が両部不二の語を用いているという従来の説は訂正されなければならない。
《引用終わり》

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「空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)」(ちくま学芸文庫)「秘蔵宝鑰」(p16〜257)の序論(3)「序詩を基点とする十住心体系の概要」を読みました。

《以下引用(p23)》
唯蘊(ゆいうん)に我を遮(しゃ)すれば、八解(げ)六通あり。
因縁に身を修すれば、空智、種を抜く。
無縁に悲を起し、唯識、境を遣(や)ればすなわち二障伏断し、四智転得(てんどく)す。
不生に心をさとり、独空慮絶すればすなわち一心寂静にして不二無相なり。
一道を本浄に観ずれば、観音、熙怡(きい)し、法界(ほっかい)を初心に念(おも)えば、普賢、微咲(みしょう)したもう。

心外(しんげ)の礦垢(こうく)、ここにことごとく尽き、曼荼(まんだ)の荘厳(しょうごん)、この時、漸(ようや)く開く。麼(ま)たの恵眼(えげん)は無明(むみょう)の昏夜(こんや)を破し、日月の定光(じょうこう)、有智(うち)の薩埵(さった)を現ず。五部の諸仏は智印を押覆劼辰機砲欧匿考紊燭蝓四種の曼荼は法体(ほったい)に住して駢填(へんてん)たり。阿遮(あしゃ)一睨(いちげい)すれば業寿(ごうじゅ)の風定(しず)まり、多隷三喝(たれいさんかつ)すれば、無明の波涸(か)れぬ。八供(はっく)の天女は雲海を妙供(みょうく)に起し、四波の定妃は適悦(ちゃくえつ)を法楽に受く。

十地も窺窬(きゆ)すること能(あた)わず。三自(さんじ)も歯接(ししょう)することを得ず。秘中の秘、覚中の覚なり。

吁吁(ああ)、自宝を知らず、狂迷を覚といえり。愚にあらずして何ぞ。考慈、心に切なり、教えにあらずんば何ぞ済(すく)わん。薬を投ずることこれに在り。服せずんば何ぞ療せん。徒(いたずら)に論じ徒に誦すれば、医王、呵叱(かしつ)したまわん。

爾(しか)ればすなわち九種の心薬は外塵(げじん)を払って迷いを遮(しゃ)し金剛の一宮は内庫を排(ひら)いて宝を授(さず)く。楽と不楽と得と不得と自心能(よ)くなす。哥(か)にあらず社にあらず、我心、自ら証すのみ。求仏(ぐぶつ)の薩埵、知らずんばあるべからず。

摩尼(まに)と燕石(えんじゃく)と驢乳牛醐(ろにゅうごご)と察せずばあるべからず。察せずばあるべからず。

住心の深浅、経論に明らかに説けり。具(つぶさ)に列(つら)ぬること後の如し。
《引用終わり》

「住心」についてまとめた文章があるので、メモっておきます。

《以下引用(p29)》
各宗の宗祖は、一宗を開くに当って釈尊が生涯に説いた教えをアレンジして、その最勝と信ずる経典、論書を所依としている。ところが、空海の十住心体系はそれらとは全く異なって思想の歴史を構成している。すなわち儒教(第二住心)、道教・インド哲学諸派(第三住心)、小乗仏教(第四・第五住心)、法相、三論およびインド大乗仏教の二大学派である唯識派と中観派(第六・第七住心)、中国仏教の二大宗派である天台、華厳(第八・第九住心)、インド大乗仏教の発展の最高段階に位置する密教(第十住心)と、思想史の展開をそのまま鳥瞰している。
《引用終わり》

曼荼羅については、自性(じしょう)曼荼羅、形像(ぎょうぞう)曼荼羅、観想曼荼羅の三種に分けて、それぞれ説明してあります。

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「空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)」(ちくま学芸文庫)「秘蔵宝鑰」(p16〜257)の序論(2)「序詩を基点とする十住心体系の概要」を読みました。

《以下引用(p20)》
空華(くうげ)、眼(まなこ)を眩(たぶら)かし、亀毛(きもう)、情(こころ)を迷(まど)わして、実我に謬著(びゅうじゃく)し、酔心(すいしん)、封執(ふうしゅう)す、渇鹿野馬(かつろくやば)、塵郷(じんきょう)に奔(はし)り、狂象跳猨(きょうぞうちょうえん)、識都(しきと)に蕩(とらか)るが如くに至っては、ついんじて十悪、心に快うして日夜に作り、六度、耳に逆(さか)ろうて心に入れず。人を謗(ぼう)じ法を謗じて焼種の辠(つみ)を顧みず。酒に耽(ふけ)り色に耽って誰か後身の報をさとらん。閻魔獄卒は獄を構えて罪を断り、餓鬼禽獣は口を焔(えん)して体に挂(か)く。三界(さんがい)に輪廻(りんね)し、四生(ししょう)に〔足令〕跰(りょうひょう)す。大覚(だいかく)の慈父、これを観て何ぞ黙(もだ)したまわん。この故に、種種の薬を設けて種種の迷いを指す。意(こころ)、これに在るか。

ここに三綱五常を修すればすなわち君臣父子の道、序あって乱れず。六行(ろくぎょう)四禅を習えばすなわち厭下欣上(えんげごんじょう)の観、勝進して楽を得(う)。
《引用終わり》

「十住心体系では仏教的な世界観を世間と出世間との二つに分ける。まず世間における思想、哲学、宗教を概説的に紹介する。」とあります。

「六行四禅」とは「外道の修道」と註がありますので、仏教の修行ではありません。儒教や外道を修めれば、世の中はうまくまとまる…ということになってるけど、そんなんじゃないよ!ということだと思います。

最初は儒教・外道の解説書と思わせる構成、「三教指帰」に似てます。

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「空海コレクション 1 (秘蔵宝鑰・弁顕密二教論)」(ちくま学芸文庫)「秘蔵宝鑰」(p16〜257)の序論(1)序詩を読みました。

《以下引用(p16)》
悠悠(ゆうゆう)たり 悠悠たり 太(はなは)だ悠悠たり
内外(ないげ)の縑緗(けんしょう) 千万の軸あり
杳杳(ようよう)たり 杳杳たり 甚だ杳杳たり
道をいい道をいうに百種の道あり
書死(た)え諷(ふう)死えなましかば本(もと)何(いかん)がなさん
知らじ知らじ吾も知らじ……(欠文)……
思い思い思い思うとも聖(しょう)も心(し)ることなけん
牛頭草甞(な)めて病者を悲しみ
断菑(だんし) 車を機(あやつ)って迷方を愍(あわれ)む
三界(さんがい)の狂人は狂せることを知らず

四生(ししょう)の盲者は盲なることを識(さと)らず
生まれ生まれ生まれ生まれて生(しょう)の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終りに冥(くら)し
《引用終わり》

以前も一部引用していた名文です。

遠大な仏法、それについて記した書物もまた膨大であり、その道を説く方法も幾通りもあります。それらを記した書が現存し、伝えようとする人がいることはありがたいことです

仏法のヒントはそこいらじゅうにあるのでしょうが、それを見抜く目が無ければ見えません。それを聞き分ける耳が無ければ聞こえません。つまり、密やかに存します

生と死については「シパ・バルド」の記事が参考になると思います。

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