トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

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「現代ソフィスト伝」の第一部の「一、教育に「悪の原理」を持ちこむ」を読みました。(小林教室収蔵

この本は、公文式の創始者公文 公(くもん とおる)の伝記のようなものでしょう。著者の村田一夫さんは「晴耕雨読の読書法」の茶者でもあります。公文式の国語教材を創り上げた人であり、公文公氏を最もよく知る人の一人でありましょう。

この章は、母方の祖父である吉川類次が土佐で早稲米を開発し、土佐二期作の発展に貢献した話から始まります。明治維新について触れた記述をメモっておきます。

《以下引用》
思えば、明治維新に大きく貢献す薩長連合を成功させた土佐の坂本竜馬は三十三歳、中岡慎太郎は三十歳でこの世を去っている。ともにあまりにも若い。森と同い年の土佐の中江兆民が長崎でおさめたフランス学を引っさげてヨーロッパに渡ったのは二十四歳のときである。経験を要する農業で二期作法をあみだした吉川類次は少し年長だが、それでも、四十をこしたばかりのときに仕事を残しているのだった。

ここで現代の青年論を話題にするつもりはない。それにしても、近代、そして現代へとつづく歴史のなかで、なにかとても大きな忘れものをしてきたのではないかという思いがする。青年が活発にうごけない現代は、歴史のなかでもいちばん淋しい時代なのではないだろうか。
《引用終わり》

「子どもは宝」とは山上憶良の時代から言われていますが、現代の私たちはどんな価値を子どもに見出しているでしょうか。

《以下引用》
子どもは断崖にたつ灯台ではないだろうか。親の背中を見て子どもは育つとは、子どもが親の背中をとおして時代の空気をまちがいなく感じ取ることができるから、旧世代には見えないパースペクティヴ(遠近法)を所有する、これが子どもという存在のほんとうの意味ではないか。ときに子が親に反発を感じるのもこうした事情があるからなのだ。現実の世界のなかで、次の世界を指し示すのが子どもたちである。
《引用終わり》

ユニークな地質学者で私も好きな井尻正二氏の先祖のことも紹介されています。吉川家の人々共々、世間の常識にとらわれず、陰口をたたかれながらも自分の流儀を押し通した人たちとして。

《以下引用》
吉川家、井尻家の人々は、今ははるか遠くに眺め見るだけになった。共同体が是とする考え方にあえて異を唱える所業はたしかに勇気のいることである。ことに、教育という場は、なかなか悪の原理が入り込まない世界なのだ。だから、価値のダイナミックな転換も生まれにくい。

現代に流布している教育論の類の食い足りなさは、ここに原因があるのではないだろうか。子どもたちの千年王国を語り、夢を説くのは教師であり、子どもはその夢の跡をなぞる。母親父親は世間のおおかたの価値観を第一とする習性をもつ。児童中心主義が教育論をやせさせ、学校聖域論が閉塞性打開の破天荒をしめだす。
《引用終わり》

教育が、そして共同体が、すべて閉塞にぶち当たっている現在、「悪の原理」はむしろ「希望の原理」に見えるのは私だけでしょうか。

《以下引用》
公のなしたことは簡単なことだ。高校で必要となる基礎学力をそのまま加工せずに、中学生に、小学生に、幼児に、学習させただけである。「小学生にも微積分」、これが悪臭をはなつ大元なのだ。「基礎学力とは何か」、教育学者だけでなく、教育に関わりをもつ全ての人が自分なりの一家言をもつこの問題に、公はむずかしく考える必要はないではないか、先の学校で役立たないのなら、どんなに立派な基礎学力でも価値などない。幼児には幼児にふさわしい教育、児童には児童にふさわしい教育、子どもらしさを追求することの好きな世間の人々は、公にむかって、受験教育屋が何を言うか、効率だけで教育が語れるか、教育は学力だけではない、と批判をくり返す。批判しなければ、自分たちの共同幻想がこわれてしまう。これがこわいから、世間は公文公を悪人に仕立て上げずにはおかなかったのだ。
《引用終わり》

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第一部の「二、聖なる砦としての学校」を読みました。(小林教室収蔵

公文公が創始した公文式学習法は彼の完全なオリジナルではなく、御手本となるものがありました。それが、土佐において彼が受けた教育だったようです。自分の体験をもとにして、公文式は創られたということです。

例えば、「手を上げる授業」への疑問。
《以下引用》
なぜ手をあげなければならないのか。「はい」「はい」という生徒の声がひびかないと、教室じゃないと思っている教師がいる。学校というところは、いつも「先生」のために勉強しているようなところだ。教師に向かって勉強しているわけではないのに、なぜか、そうなる。机間巡視とかいって、警官のように見回る教師までいる。

しかし、生徒の頭のなかは、いろいろな言葉が縦横無尽にとびかい、さまざまな考えをつむいでいる。もし、こうだとすると、この場合はどうなるだろうか。これとこれは結びついて、こう考えることもできる。言葉が言葉をよび、収拾がとれない。とれないところが、また、おもしろい。つかの間の興味から、まったく新しいつながりの筋が通ったときの喜び。これがおもしろいのに、考え事をゆるさない授業とは、いったい、だれのためにあるのか。
《引用終わり》

公が学んだ下知小学校の四年の時の担任の先生は「算術の教科書ができるなら、いくら先をやってもよろしい。先に進んで、わからないことが出てきたら、一人ずつ教えるから聞きにきなさい」と言う方でした。つまり「手を上げる授業」ではありませんでした。

公が入学した土佐中学は地元の富豪が創設した学校で、斬新な教育がなされました。初代校長の三根円次郎はディック・ミネの父(これは教育には全く関係ないが)。ここでの授業も下知小学校と全く同じ。最初に基本的なことを教えるだけで、あとは問題集を生徒に与えて解かせる。わからないところがあると、教壇の椅子にすわっている先生に質問する。わかったら、席にもどって、また、学習を続ける。

当時から地元でも、この授業形式にはかなりの批判があったようです。それでも、敢えて行っていたのは、それだけ成果があったからだと思われます。

《以下引用》
わたしたちは、今、教育に関して、臆病になっているのだろうか。…土佐の教育は昔話にしかすぎないと思って、ここから学ぶことをしない。土佐のエリート教育は、大正のあの時代であったから、実行に移せたのであって、現代とは条件も事情もまったくちがうと考えてしまう。

わたしたちは、また一方で、ずいぶん非寛容になってしまっている。自分なりの学び方を至上として、なかなか他のやり方に学ぶことをしない。やり方を変えるにも相当なエネルギーをつかう。今のままの方が安全だし、ラクだと思う。

それにしても、英才教育には、現代の教育に失われて久しい教育の一つの本質があった、と言うべきではないだろうか。英才を創る、こういうと、傲慢に聞こえるかもしれないが、しかし、ふつうの子どもを優秀にする、この確信は教育のなかでももっともピュアーなものではないか。できない子をできるようにしてあげたい、これに勝る教育への期待はあるのか。
《引用終わり》

で、おそらく公文の指導者なら何度も目にするはずの「下手(蔕:へた)なりに固まってしまうつるし柿」の一節。『山彦90』1985からの引用(つまり公文公自身の文章)を、引用します。

《以下引用》
公文の指導者と学校の先生との一番の大きな違いは、私たちは「この子はどこまで伸びるであろう」という楽しみをもって子どもに接していけることです。たとえば、1+1=ができない小学五年生の特殊学級の子どもでも、「どれだけ伸びていくだろう」という楽しみをもって、その子にちょうどの学習を進めることができます。幼児で分数をやっているような子どもにも、全く同じ喜びをもって接することができます。私たちが「つるし柿」にならないですむのは、こういう楽しみをもつことで子どもを伸ばす努力をすることで私たち自身が伸びていけるからではないでしょうか。学校の先生は、「その子にちょうどのことをしたい」と思ってもなかなかできません。できる限界があります。そのため自分自身が燃えていける場がないので、最初のうちは燃えていても、子どもは思うように伸ばせないので、「子どもとはこんなものだ、しかたがない、自分なりにやれるだけやったのだから」と自分に言い聞かせ、だんだんとさめていくのではないでしょうか。
《引用終わり》

公文の教室では、「おもしろくて仕方がない、プリントを何枚でもしたい」という状態の子を見かけることがあります。もちろん、いつでもこの絶好調状態では無くて、この子にもスランプはあります。ただ、子どもというのは、その子ごとに、猛烈に走り出したくなったり、立ち止まりたくなったり、後戻りしたくなったりすることがあるのです。

そのタイミングが皆同時であるはずは、絶対にありません。

それなのに、なぜ、軍隊の行進でもするかのように皆と同じに進まなければいけないのでしょうか。スランプで足が動かない子どもに、どうして皆と同じ歩調を強いるのでしょうか。今走らせれば、あっという間に先まで進んでしまう子どもに、どうして皆と同じ歩調を強いるのでしょうか。

子どもの可能性が、そして貴重な時間が損なわれていくようで、勿体なくて仕方がありません。

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第一部の「三、自己教育の系譜」を読みました。(小林教室収蔵

大正時代は新しい教育方法がいろいろ考案され、活発な議論が行われた時代のようです。本書では、いろいろな教育論が紹介されていますので、興味のある方はご覧下さい。これに見ると、今の教育の議論は非常に狭い視野で大同小異の模索をしていることが分かると思います。

自学自習についての文章を引用しておきます。

《以下引用》
自学自習という言葉は、とくに日本人に馴染みが深い。近年では、生涯教育の必要性から「自己教育力」という言葉としても登場している。旧来型の教育は、この自律的教育法という段階を得て、今、その脱皮をはかろうとしていたのだ。

「修業」――これは、徒弟制の下での職人の人間形成の方法とされてきたものである。料理人や陶工など、技術や仕事、手技とむすびついた陶冶の方法がこれである。一方、この「修業」から派生して、仕事や技術を分離させ、精神的な面にウエイトをおいた意味でつかう「修養」という言葉もある。

「自己を学ぶ」は、ある意味で、人格教育の到達点であり、「自分で学ぶ」はその方法論として、わたしたちの耳にはしぜんに響く。修身や修養には必ず「自己教育」が加わって、自己修養の形をとるのが日本型教養主義の伝統であると言ってもいい。
《引用終わり》

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第一部の「四、知の力」を読みました。(小林教室収蔵

公文公氏が高知高校(昭和五年入学)から大阪帝国大学に在学している頃の時代や出会いが描かれております。この頃に培われた、数学という学問に対する氏の考え方にも触れています。

《以下引用》
教育の世界では、相も変わらず、思考力の育成が問題になっている。にもかかわらず、これといった新しい指導法が生み出されたという話はきかない。考える前提になるのは、事実であり、実態である。ところが、人々は考えるためのスキルの方ばかり目をやる。指導においても然り。これでは思考力育成の糸口が見出せないのも当然である。
《引用終わり》

それは例えば…

《以下引用》
集合数か、順序数か。たいした問題ではないではないか。何を言っているのだ。やれる方を先にするしかないのだ。だったら、+1は次の数だし、+2は次の数の次、これの方が学びやすい生徒が多いのではないか。これがラクにできれば、数を集合としてみる見方はしぜんと生まれる。
《引用終わり》

以下は公文氏直々の文章の引用。

《以下引用》
教材というのは、逆にあまり考えさせる問題というのは良くないと思うんです。「数学が自分で好きであった。なぜ好きかというと2日も1週間も考えて解いた時のうれしさがあるから数学をわすれない」と言う人があるんですが、考えさせる問題はそれよりもかえって、人を数学嫌いにさせる場合がはるかに多いんです。そんなに考えさせてもいけないんです。無理な考えをさせても。したがって、できない生徒にはパッと教えて済んだっていいんですね。
《引用終わり》

公文の教材は、ひっかけみたいな意地悪な問題とかが無くて、親切な(易しいのではなく優しい)問題で構成されていると常々思っていたのですが、理由が分かりました。「パッと教えて済」ますのも効果的であることは、教室で何度も目の当たりにしています。

《以下引用》
とにかく先に進んでいけば、だんだん完成してきて、いいも悪いもなくて、暗算ができてしまうようになる。できてしまうのだから、暗算に理由などはない。もちろん、足し算にも格別深い値打ちはない。掛け算を習っていたら、足し算ができていた、それだけのことである。しかし、こうした学習が生徒一人一人には意味をもつ。指導者が考えた到達点にたどり着くには、もちろん、個人差が存在する。この個人差を認めてなお、学習そのものの意味を生徒個々に得させるのだ、という覚悟がなければ、教育から何も生み出せはしないのだ。
《引用終わり》

集中学習の時などは、採点を先に進んでいる生徒にやらせるのもいいと書いてあります。これは、生徒同士を競わせ、先に進んだ生徒が後れている生徒に教えるという適塾(緒方洪庵の塾:大阪大学医学部の前身)のやり方を参考にしているそうです。

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第一部の「五、教育の力」を読みました。(小林教室収蔵

公文公氏が初めて教壇に立った昭和11年頃から昭和27年頃までが描かれております。終戦記念日の頃に読むのにピッタリの箇所でした。

《以下引用》
公の授業は、いつものとおり、ムダがない。ムダは生徒にとってのムダである。教科書を順番どおりやっていくことをしないし、教えるということがほとんどない。五問程度の問題を板書して、さっと終わっていいところと、印象づけておかなければならないところとで、指導の仕方を変える。さっとやるところは比較的よくできる生徒に当て、三回転ぐらいで教科書の十数ページをすすむ。大切なところは、成績の中程度の子にさせて、どうまちがったかを説明する。

その生徒が将来大人になったとき、こうなっていた方がいいというやり方をいつも考えて授業していたらしい。生徒が得になることをしなければならない。数学ができるようになるには、どうしたらいいか。もっと勉強を先に進める学力とは何なのか。これだけが公の関心事であった。そのために必要なことなら、多少の反対があっても、意に介さない姿勢だったという。
《引用終わり》

自分のやり方に間違いはないという自信があるから、周囲から何を言われてもぶれなかったわけですね。こういう気骨の人、好きです。

そして、思っていることを徹底してやるから、間違いがあれば、それに気づくこともできるわけです。

《以下引用》
その頃、私は学力の低いものは勉強しても駄目だという考えをもっていました。……頭から学力がないときめないで、ともかく親切に勉強させてみるべきだったと考えさせられました。学力の進み方は素質によることが一番大きい。しかし素質がどんなかは学校の成績とか外見できめられないものだということです。また素質には素質なりにその子どもの能力を最大限に引き上げてやるべきだ、それには如何にするか。この最後のことはその当時にはまだ気がつきませんでした。方法を発見しない限りそこまで考えられなくて当然でしょう。(『山彦14』1965)
《引用終わり》

このころ学校の教え子を自宅に誘い、勉強をさせていたそうです。自宅教室で密かに個人別教育が息づいていました。そこには、分かる生徒が分からない生徒を教えるという、適塾の雰囲気もありました。

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第二部の「一、家庭教育の始まり」を読みました。(小林教室収蔵

公文公氏は、昭和28年から、大阪市立桜宮高校に勤めます。奇抜な行動で周囲と物議をかもしては職場を変えることを繰り返していたようです。でも、長男の毅さんは小学生。安定した生活が望まれます。かく申す私も。

《以下引用》
目の前にいる一人の学生に対して、公はいつもその当の本人のうしろにある「人間X」を見ていた。この「人間X」は、教える側にも、教えられる本人にも未知なものであるから、「可能性としてのX」、「潜在能力としてのX」と言っていいかもしれない。父と子との間の関係をこうした影絵のような関係として見る目を公はもっていた。…

教育は人がときに挑発的に表に出す「人間X」に焦点を合わせて始まるしかないものではないか。公は、もっと伸びろ、もっと広がれ、この父親をこてんぱんにやっつけろ、そのぐらいの気迫をもって親をも踏み越えていけ、と心のなかでわが子毅に言っていたにちがいない。父親のコピーなんぞであったなら、そんなものはワケなくひねりつぶしてくれよう。
《引用終わり》

父と娘はともかく、父と息子は、これでいいんだと思います。基本的に人間は負けず嫌いなはずですが、相手がわが子なら、負けるのもまたたまらなく嬉しいはずです。

公文式誕生の起爆剤となったのは禎子夫人の働きかけだそうですが、この方も教育には造詣の深く、戦前と戦後の教育を比較し、戦後教育の後進性に不安を抱いていました。

《以下引用》
禎子は奈良の教育での子どもたちの学習姿勢の質の高さをさかんに公に説いた。公は、禎子と話をして、自分で問題を作ることにした。…

公文家の家庭教育の要点はこうである。学校の勉強の予習復習が自分でできる力をつける。自分で予習復習する力をつけておけば、少々学校で質問に答えられないことがあっても、また、テストで失敗しても、かえって、そうした失敗は子どものためになって、はね返ってくる。(この考え方も変わっている。一般の塾などでは逆。プロセスはどうあろうと、とりあえず学校の成績をあげようとする。しかし、公の方法は当たり前のことだし、正論である。)学校の成績に一喜一憂して、なにもかも家で面倒をみるようではいけない。学力を安定させる学習の仕方をまず立て直すのだ。…

その計画とは次のようなものだった。
)萋半時間の勉強時間
⊂学校〔の〕成績向上を目標とせず大学の入学試験が解けるようにする。小学校の教科書を参照しない。
E喘罎濃澆瓩襪鳩になるのでいつまでも続ける。
ぐ貽分の問題を作成して子どもに夕食前に自習させる。私は夜採点する。まちがった箇所の説明は夜せずに、必要な注意を書いて渡す。
《引用終わり》

親の務めとは、自分を超える能力を子どもに習得させ、自分がいなくなっても自分がいた時以上の生活を子ども自身で築いていけるようにすることだと思います。

ですから、今食べる魚を与えることよりも、自分で魚を獲る方法を教えることの方がずっとずっと重要なわけです。

小学校の成績にこだわること、今度のテストの成績を上げることは、今日明日食べる魚を与えることです。自分で予習復習できるようにすることの方がずっとずっと大切なのです。時には、「逃げた魚は大きい」という悔しい思いもさせた方がいいわけです。

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第二部「二、学力の実態を見る」の「1、基礎学力が足りない(1958〜1963)」を読みました。(小林教室収蔵

禎子さんが始めた教室を初めとして、この学習法の良さを確信していた公氏は、その知人や教え子に依頼して教室を増やし始めました。「風呂屋の数ほど、教室をつくっていきたい」という言葉をよく口にしたそうです。

《以下引用》
人はまず教育観や教育論を立ててから教育について語ろうとする。公は生徒の学力の実態から教育を発想する。では、公の考えになにか共通する教育観のようなものがあるのかと思って注意しても、それがないのだ。公の考え方の特徴は何かと問われれば、こうした現場主義、臨床主義とでもいうべき点にあったとでも言うしかない。

人の関わり方が多様になり、状況の変化のはげしい社会では、ある一つの価値基準をもって割り切ろうとしてもできるはずはない。そうではなく、むしろ自己の価値基準の神格化を極力さけ、状況のなかで、みずからの考えを一度バラバラにしてみる。教育者という地位を投げ捨てる。どんな課題であれ、まず、現場の一兵卒であるべきなのだ。そうしたあと、再び試行錯誤のなかから、方策を組みなおす。公はこのやり方に徹したのである。

…目の前のたった一人の子どもの事例は、次なる生徒へのモデル(模例)になる。しかし、モデルはモデル以上ではない。教育は決まりきったマニュアルで仕切ろうとしてもムダな領域である。いつも不可知なるものへの真剣勝負なのだ。
《引用終わり》

これは、教育に限らず、いろんな分野で言えることかもしれません。治療の仕事の場合も、患者さんの言葉の中に医学書の内容と符合する事柄がいくつかあると、すぐにそれと判断してしまい、当てはまらない事柄は自然に聞き流してしまうことがあります。モデルやマニュアルに真正面を向いてはいけないのです。生徒さん、あるいは患者さんの方を真っ直ぐ向かなければいけない。

《以下引用》
公は、『まず算数一科目に自信を』という講演のなかで、「すべてをやろうとするな、まず、算数一科目だけにしぼりなさい。算数のなかでも全部の分野をしようとするな。計算力だけをつけるようにするとよい」と述べている。そして、計算力を次のように定義した。

\騎里坊彁擦任ること。
⊆分で誤りを発見できること。
8蹐蠅鯀瓩直すことができること。
《引用終わり》

「速さ」を求めているのはだけであることが重要です。そして,鉢△蓮↓のためにあります。

本書では、当時盛んに議論された「水道方式」とか「プログラム学習」についても詳しく述べてありますので、興味のある方はご覧下さい。

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第二部「二、学力の実態を見る」の「2、実力がついていない(1963〜1968)」を読みました。(小林教室収蔵

《以下引用》
公の最初の五年間は、一つの言葉、すなわち、基礎学力という言葉の周囲をめぐる実践であった。
《引用終わり》

この時期、公さんは、自分の教材を「一定の学力に達するのに必要な内容とそれに要する時間を示すもの」と言い切っているそうです。

《以下引用》
…自分が毅につくった教材はたった一枚のルーズリーフである。毎晩、学校から帰って、夜、毅の出来具合を見て、次の一枚をつくっている。×が多くかさなれば、さらに細かく復習を加え、×が1〜2個で自己訂正ができるようなら予習の分を増やしてステップを大きくする。だから、結果的に、課題ごとに要した教材の枚数が、すなわち、生徒が学ぶに必要な時間になる。…

これに比べると、学校で決められた授業時数は、生徒に勉強させる時間のことであって、生徒が学ぶために必要とする時間ではないと、公は言っているのだ。学校の授業のカリキュラムを見ても、これが学力を高める必要量だとは、だれも思わない。学校は一斉に教える形をとっている。だから、教えるのに必要な時間はわかっても、学ぶのに要する時間という考え方が初めからとれないのだ。
《引用終わり》

「教育は子どものため」と言いながら、カリキュラムは子どもの側には立っていないようです。

《以下引用》
…同じ年齢の子どもだから同じことを学習させるということは、各人の素質は一様ではないので各個人にとっては不自然にきまっています。学校ではやむを得ずそうきめてあるので、学力を伸ばすには能力があるなら学校の内容を越えてゆく勉強をさせることです。芸術、スポーツ方面での修業は能力に応じて年齢に関係せずに進ませるのです。数学の家庭学習においても、当然これと同じ学習法がとられるべきです。学校と同じように進むことを強制するのは、基本学科の学習を軽視するものと言わねばなりません。(『山彦13』1965)

幼稚園児には音感教育とか図画教育など、さかんに行われているではないか。これは情操にかかわるものだから、幼児にはふさわしいという。しかし、子どもにムリのない方法なら、基礎学力もまたこうした教育の一つになる。ベートーベンのピアノ・ソナタを弾くために、教則本を練習してその目的を達している例は多いはずである。公の教材は、高校数学の基礎をそのまま教材にしたバイエルである。ピアノでゆるされて、数学でゆるされない法はない。
《引用終わり》

これが発展して、「国数英は技能教科」という主張につながっていくのかもしれません。

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第二部「二、学力の実態を見る」の「3、学力が安定しない(1968〜1973)」を読みました。(小林教室収蔵

《以下引用》
安定した学力の目安になるものとして、進度一覧表があります。一覧表の上位の地位を確保しておくことは安心できる学力を身につけていることになります。一覧表の上位50人は必ず学校の成績は5といえません。また一覧表にのっているからといって学校の成績が4以上とも言いきれません。しかし、一覧表の地位は学年が進むにつれて安心できるものであることは確かなことです。したがって、この一覧表を目安として、勉強してくださるよう希望します。…(「進度一覧表」1970)
《引用終わり》

公氏の文章からの引用です。

そもそも大学の入学試験を目標にしてスタートした学習法であり、学校の成績に一喜一憂しない方針で行われてきましたから、上記のことは当然かもしれません。

当時とは若干違うとは思いますが、うちも進度を最も重要な目安としております。

《以下引用》
六年生の算数がよくわかるためには六年生の参考書を多くあたってみるというのは、すぐれた勉強法とはいえません。むしろ、中学一年生、二年生と進んで勉強してみることが大切です。現在のところよりももっと高い立場の数学を知ってみると現在している方法なり考え方の意味がよくわかってくるものです。そして、安定した学力が身についてきます。高い立場に立って考えることができるようになることの大切さは、数学だけではなくて他の科目にもいえることです。数学の勉強法として高い立場に立った方がよいことがわかり、他の科目でもそのような勉強をしてみようということを知ることができれば、誠にすばらしいものです。(「進度一覧表」1972)

計算ばかりしている公文式、と芳しくない評判が立っていた。意味もわからずに、計算ばかりしていても仕方がないではないか。上の公の文章に「意味」という言葉がある。「意味」とは、本来、こういうものではないか。生徒自身が見出してこその「意味」である。教材が先に進めば、視野が広がる。生徒の立つ場所の次元が変わる、そうして、学習者自身が「意味」をつかみとる、こう公は言うのだ。
《引用終わり》

「意味」については前にも引用した文章がありますので、読み比べていただくといいかと思います。

平地にばかり居たのでは、自分の立ち位置は分かりにくいかもしれません。少しだけ高い所に上がってみると、それまで自分が居た場所の近くには川があったり森があったりすることが分かってきます。さらに高い所に行けば、さらに広い視野で理解することができるようになります。

六年生はここまでしか上がってダメだから…とカリキュラムの制限を律儀に守っていたら、より広い視野での理解はできなくなります。六年生の呪縛が解かれるまで、周りがよく見えない立ち位置で、ウロウロと時間潰しをしなければいけなくなります。

こんな勿体ない状態が各学年で起きているわけです。今も…。

《つづく》

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「現代ソフィスト伝」の第二部「三、学習以前の問題」の「1、学習態度ができていない(1973〜1978)」を読みました。(小林教室収蔵

この章は、学習態度ができていない子どもへの対策として、標準完成時間という考え方を導入する過程が描かれています。

《以下引用》
じっさい、かれらはできているうちは順調なのだった。しかし、あやふやなところが出だすようになると、極端に学習姿勢がくずれてしまう。やる気がなくなる。初めからできそうにないとあきらめてしまう。持続的に自分の力だけで解いていく力がそなわっていない。公が問題にした「態度」とは、これから先に出あうであろう学習課題を、自分で学んでいける自学の態度のことだったのだ。
《引用終わり》

わからないことに積極的に挑戦していく姿勢は養えないのか?これが課題になりました。

《以下引用》
子どもたちに、冒険的な学習の面白さをつたえたい。きっと、おもしろいはずだ。これまで味わったことのない面白さである。そのためには、どうするか。…

冒険的学習を身につけるには、それなりの作法がある。自分の力だけで進むという作法である。こうするからこそ、思いもよらない可能性の開示に出くわすのだ。学習態度の崩れの原因はこの自習力の訓練不足にあった。高校生、中学生のことだけではない。小学生にだって、幼児にだって、これは学習に必要な基礎体力の一つである。

教師は教えてはいけないのではない。自習できるようにする方法を指導しなければならない。正解を教えるのではない。正解にたどりつくやり方を教えるのでもない。では、具体的には、どうするか。「復習すべき箇所を教えてやる」…
《引用終わり》

学習態度ができていない子どもには「処理能力」をつけてあげる…。

《以下引用》
とにかくわかる教育、考える教育などと結構なことを言うより、作業が続けられるようにしてやることが大切である。やさしいところを枚数多くして作業量を増やしてやる。三分間しかできなかった子どもが四分間でき五分間できるようにしてやる。そして自習で進ませていく、このことが創造性を生みだすのに大切なことのようです。(『山彦56』1979)…

こうして、公は、学習態度の問題に、まったく数学とは別の切り口を提出したのである。「処理能力」、この力が学習態度の不安定な生徒には必要なのだ。だから、学習の出発点は、この「処理能力」を高めるために、その生徒ができる地点よりもさらに低い出発点にしなければならない。
《引用終わり》

この「処理能力」の個人差を測るために、「標準完成時間」が設けられ、時間で測るようになるわけです。

以下は私見ですが、この辺りの考え方を、お子さんも保護者さんもしっかり理解しないと、公文式で力をつけていくのは難しいかもしれません…というくらいに重要なことだと思います。

学習の出発点を低めに設定されて面食らう方がいらっしゃるかもしれません。「私はこんなにレベルは低くない!」「うちの子はこんなにできないのか?」処理能力を高めるために低く設定しているのであって、そうした方が加速度的にスゴイ伸びを示してくれるのです。

自分ができない難しい問題に最初から挑戦して、「できない、できない」と言い、「聞いても先生は答えを教えてくれない」という不満を抱いてる方もいらっしゃるかもしれません。でも、それでは自習力がつかないのです。

社会に出ても、難しい問題に出あったら、「できない、できない」と言い、「上司が教えてくれない」と言うのでしょうか?自分で調べ、自分で解決していく人しか、社会では通用しません。そのための訓練が公文式なのです。

明日のテストで良い点数を取ることが、第一目的ではありません。

《つづく》

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