トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Category:★鍼灸治療室トガシ > はりきゅう日記




車のドアを開けたら蚊!飛蚊症じゃなくリアルな蚊だったので即購入!

以前、ハンドルを握る手に蚊が止まっているのに気がついて事故りそうになったことがある。

以来、おでかけカトリスは車内に常備。しかし、電池も切れて薬の効果も切れてる感じ。

新しいのを入れ替えたらギュンギュン回る…そして…




落ちてきました(^^)v




「今日、お願いできますか?」と、若い男性の声だった。症状やら何やら、訪問する前に聞きたかったが、電話が鳴ったのは丁度別のクライアントの家の前に着いた瞬間。長電話をするわけにはいかない。住所と名前だけ聞いて、訪問時刻を決めて、そそくさと電話を切った。

その訪問時刻に伺ってみると、30代くらいの男性。左太腿の裏(承扶穴付近)が痛い。膝を伸ばしたまま股関節を曲げると痛みが走る。膝を曲げたままなら痛くない。典型的なヘルニア。こんな教科書通りの人はなかなかいない。

「ヘルニアって言われてますか?」と尋ねると「はい」。

数年前にヘルニアと言われていて、痛くなったり治まったりを繰り返している。先月、MRIを撮ったら、5番に大きなヘルニアが見つかったとのこと。

「一番下ですね。」と言ったら、「6番は無いんですね?」とおっしゃるので、
「腰は5番までです。首は7番まで、胸は12番までとなってます。大抵は(笑)」

会話のレスポンスが速い。目がクリっとしていて、表情の変化も速い。とても話しやすい感じ。

「手術は薦められましたか?」と尋ねたら「手術しなくても治ると言われました。」

「そうですね。なぜか分からないけど、ヘルニアは自然に治ることが分かったので、最近は手術はしないですね。」「そうそう、(主治医の)先生も『なぜか分からないけど』と言ってました。」

「ラッキーなことに、大きいヘルニアの方が治りやすいことが分かっています。ヘルニアは、椎間板が無いはずの所に飛び出して存在するので、白血球が異物と認識して食べるんじゃないかと言われてます。大きい方が異物だとハッキリ分かるから早く食べられるんじゃないかと。」
「(主治医の)先生もそう言ってました。」

「コルセットとかもやってるんですか?」
「はい、仕事の時は。そうじゃない時はしない方が良いんですよね?筋力が弱くなるから。」

「そうです!主治医の先生がそう説明されたんですね?」
「ええ。」

「良い先生ですね。なかなかそこまで説明して下さる先生が少ないみたいで、風呂に入る時以外はコルセットは外さないという方が結構いらっしゃるんですよね。寝ている時なんか意味が無いと思うんですが、お守りみたいな感覚なんでしょうかね…主治医の先生はどこの先生ですか?話が合いそうです(笑)」
「実は、こっちには今住んでないんですよ。お盆で帰省中なんです。かかっているのはあっちの先生でして。痛み止めとして飲み薬と座薬と両方もらっているんですが、昨日から座薬も効かなくなってきまして。鍼はどうかなと思ったのでした。」

触察してみると、腰の筋肉が非常に硬い。痛いのは太腿だけれども、痛みの原因はそこにはいない。腰に鍼をして硬い筋肉をほぐし、承扶穴付近には皮内鍼で痛みを抑えることにした。

腰の筋肉は硬く、鍼がなかなか入らなかった。しかも、筋肉の反応がいい。鍼を進めるごとに筋肉が伸縮を繰り返し、鍼先を確かめているみたいだ。鍼を抜いてみると、案の定、鍼は全部曲がっていた。この筋肉の反応の良さが、椎間板を潰してしまったのかもしれない…。

「お酒は飲みますか?」と尋ねると「ほとんど飲みません。必要なときしか。」

「お酒を毎日飲む人だと痛み止めの効きが悪いという事があるんですが、そうではないんですね。ずっと飲んでいるから効かなくなってきたということでしょうね…」
クリっとした目が笑っていた。これも主治医に言われたことらしい。

「こういう場合、痛み止めと鍼を交互に使うことによって、痛み止めの効果を持続させることができます。こちらにはいつまでいらっしゃいますか?」
「明日帰ります(苦笑)」

「では、鍼が合うようでしたら、あちらで鍼治療を受けてみて下さい(苦笑)」

クリっとした目が笑っていた。

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「足が痛くて歩けないんです。」と、そのクライアントは電話で訴えた。

足と言っても膝なのか、そうじゃないのか…歩けないと言っても立つことはできるのかどうか…いろいろ聞きたかったが、
「痛くて我慢できないので、なるべく早く来てください!」
ということだったので、早速伺うことにした。

玄関で「ごめんください!」と言うと、「はい!」という声がして、お婆さんが出て来てくれた。この人がクライアントだった。膝をなるべく曲げないようにしたぎこちない歩き方ではあるが、歩いていた。

一歩も歩けない訳ではないようだ…。

症状を伺うと、
「とにかく痛くて痛くて…足も腰も手も」とおっしゃる。首と腰の手術を受けているようだ。脇で聴いていた旦那さんは几帳面な性格のようで、奥さんの手術歴を書いたメモを私に見せてくれた。

それによると、10年ほど前に腰の手術、5年ほどの前に首の手術をした。何れも狭窄症らしい。しかし、痛みが改善することは無かった。整形外科には今も通院していて、痛み止めや貼薬(痛み止め)をもらっている。内科医からは、血圧の薬と睡眠導入剤。

「とにかく、何してもダメなんだな…。医者は良くしてあげようと思って手術してくれたんだろうけど、変わり無く痛いんだ。失敗したってことだろうな。○○さんは、あなたの治療で、立てないのが一か月で治ったって聞いたから、頼んでみたんです。この痛みが無くなったら、もう天にも昇る気持ちだよ!」

○○さんは、確かに私が一年前に治療して、一か月ほどで劇的に良くなったクライアント。しかし、一見症状は同じに見えても中味は一人一人全然違うので、今後の経過を予言することはできない旨を伝えた。実際、○○さんとこのクライアントの共通点は「痛い」ということだけで、場所も程度も微妙に違うし、手術歴は全く異なる。要するに、共通点は皆無と言って良い。
「○○さんは、私ほど酷くはなかったんだろうね…」心なしか自慢げに聞こえた。

「鍼治療は経験ありますか?」と尋ねてみると、前にやってもらったことがあるけど全然効果が無かったとのこと。そして、いろいろな治療を試した話をしてくれた。口に指を突っ込んでくる中国式(?)の治療法、たくさんのロウソクを灯してひたすら呪文を唱える治療法など特殊なものから、整体やカイロ、医師によるブロック注射も経験済み。ただ、結果は全て同じ。「全然効果が無かった!」

「どれも1回しか行かなかったとかじゃないですよね?」と尋ねると、「1回じゃ分からないでしょ!2回は行ったよ。」

2回だけか…。

「全然効果が無かったというのは、痛みが全く変わらなかったということですか?」
「そうだよ。」

「痛みが変わらなかったということですが、痛みって毎日変わるものだと思うんですよ。同じ日でも朝と夜で違いが有ったりします。全く変わらなかったというのは大雑把過ぎるような気がするんですが…(笑)」と、前置きして、

「こういう時は酷くなるとか、こういう時は比較的楽だとか、ありませんか?」と尋ねてみると、

「2分くらい歩くと、もう痛くて歩けなくなる。だから、ちょっと家の周りを一周するだけでも休憩しないといけないんだよ。」とおっしゃるので…

「ひょっとして、歩かないと痛くないんですか?」
「うん」

「えっ!座っていれば痛くないんですか?」
「正座は痛くてできないよ。でも、椅子に座ってたら痛くないよ。痛かったら座ってられないじゃないか!」

「じゃあ、寝てる時も痛くないんですか?」
「だから(笑)。痛かったら、寝てられないじゃないか。」

「そのための睡眠導入剤じゃないんですか?」
「年寄りだから、眠れないだけでしょ。」

「えーっと…じっとしてても痛いのを安静時痛と言いますが、これで悩んでいる人もいっぱいいるんですよ。○○さんは、寝てても痛いので眠れなかったとおっしゃってました。」

「腰を手術したのに痛いなんてことがあるの?」
「狭窄症の手術をしたのに安静時痛が全くないとしたら、大成功かもしれませんね…」

彼女はこれまで、首と腰への施術は、これ以上ひどくなると悪いからという理由でどこの治療院でも拒んできたとのこと。5年以上経過しているし、棘筋への施術は避けるし、背骨をひねったりもしないから心配無用であることを説明し、施術を行った。

2分以上歩いた時の運動時痛は流石に1回の施術で解消することはなかったが、肩や腰がとても軽くなったと喜んで下さった。

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最初に電話で話した時は「足が痛くて、最近腰も痛くなってきました」とおっしゃるので、坐骨神経痛と思った。でも、お会いしてみたら、歩き方が変だった。歩幅が小刻みで、足の指をしきりに動かしている。

「歩き出しは良いけど歩いているうちに辛くなる感じですか?それとも歩いていると痛みは楽になる感じですか?」と尋ねてみた。「えー、そうねぇ、変わらないかな…」。

「痛みは鈍い感じ?鋭い感じ?」と尋ねると「ピリピリするのよ」。

今までに無いパターンだ。

おしゃべりな方で、エピソードごとに症状を教えて下さるので、とても楽しい。しかし、楽しんでいる場合ではない。カルテに整理しなければならない。

時系列で整理するとこうなる。

異常を感じたのは半年前の12月。主治医からは貧血と診断された。「冷え」とも言われた。
「冷え性ということですか?」と尋ねると「冬で寒かったからね〜」という答え。後で分かったことだが、主治医の先生は漢方で有名な先生。「冷え」は漢方の診断だったと思われる。

2月には栄養失調と言われた。それから、ずっとビタミン剤を処方されて飲んでいる。

それから少しして、つま先がピリピリするようになった。それが足底、次に足の甲、ふくらはぎ、と少しずつ範囲が広がって、今は太腿まで来た。最近は太腿の筋肉が張る感じがして正座ができなくなってきた。立ち上がる時もフラフラする。

いつ頃にどこまで広がってきたかは日記をつけていたわけではないので分からない。しかし3〜4カ月くらいの期間で着実に進行している様子がうかがえる。

「お医者さんは何ておっしゃっているんですか?」「首を傾げているのよ(笑)」
どうも笑い事ではない。

「何か大きな病気をされたことはありますか?」「んー、最近は無いよ。」
本当かな…

「手術とかもやったことは無いですか?」「ああ、胃は取ったことあるよ。全摘。」
ほら、やっぱり。

「いつごろですか?」「20年以上前だよ。」
貧血って、悪性貧血?

「栄養失調って、ビタミンB12のことですかね?ビタミン剤というのはビタミンB12?」
「んー、総合ビタミン剤って言ってたな…」
なんてのどかな名前…。

「手術の後はずっとビタミンB12を飲んでたわけですよね?」「んー、飲んでたけど、もうここ何年かは飲んでないわよ。もう間に合ってるみたい。」

そんな話をしながら施術している間も、クライアントの足の指は絶えず動いている。仰向けでリラックスしている筈なのだが。

「今、足の指が動いているんですけど、ピリピリするから動かしているんですか?」と尋ねると、指の動きが止まった。意識すると止まるようだ。

「この次、お医者さんの診察を受けるのはいつですか?」「明日。また採血検査して薬の効きを見るって言ってた。」
急いで対処した方が良いような気がするな…。でも、明日なら良いか…。

「私の方の治療はどうします?」「肩が凄く軽くなったから、5日後くらいにまた頼むわ。その後はサクランボで暫く何もできなくなると思うから。」

しかし、とても気になったので、家に戻ってからネットで調べてみた。亜急性連合性脊髄変性症という病気が検索で現れた。

『チクチクする痛み・全身の脱力感・歩行困難』
ピッタリだ。

『ビタミンB12は肝臓に蓄えがあれば、3〜5年は間に合う。』
でも、全摘しているのだから、ずっと補わなくていいはずがない。

『欠乏症が確認されれば、ビタミンB12の注射補充療法を行います。経口投与薬では、ビタミンB12を吸収できない事が多いため、注射が有効です。』
注射をしたとは言わなかった。経口投与。しかも総合ビタミン剤!

『発症から早い段階で治療を行うと、後遺症が残る事は少ない』
え!遅かったら後遺症残るの?

『後柱及び側柱のミエリン鞘がまだら状に失われていくことによる亜急性・連合性の変性が認められる。』『MRI画像所見で確認する』『長期のビタミンB12欠乏症は、神経系に不可逆の障害をもたらす。』
不可逆!戻らない!

私はすぐに電話をかけた。
「主治医の先生がちゃんと考えて下さっているとは思いますし、私は医者ではないのでこんなことは言うべきではないのですが…」と前置きをして、上記のことを話した。
「サクランボが始まる前に注射くらいはしてもらった方が良いと思うんです!」

翌日、主治医と相談した後で、電話があった。
「総合病院に紹介状を書いてもらいました。なので、この次の先生の予約はキャンセルで…」
「勿論です。きちんと診てもらって下さい!」

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「明日、父の告別式なのですが、腰が痛くて…」と電話をいただいた。

悲しい報せを聞いた人たちが、不規則に、次々に訪れる。喪主ともなれば、ただでさえ悲しいのに、心休まる暇が無い。他の家族が接客する家の奥で、静かに施術が始まった。

クライアントは3月いっぱいで会社を定年退職したと言う。今は、8月。現代ではまだまだ若い年代に属する筈だが、腰が曲がっている。上半身が水平と言ったら言い過ぎだが、最近あまり見かけないくらいに曲がっている。

「腰はいつぐらいから曲がっていますか?」と尋ねると、
「会社を辞めて4月から畑をやらされました。それからですかね〜。(亡くなった)父に厳しく監督されて、休む暇なく働かされたんです(笑)」

「うつ伏せにはなれますか?」
「ええ」と言って、彼は難なくうつ伏せになった。身のこなしは悪くない。ベッドの上では腰は真っ直ぐになっている。腰椎の変形は無いようだ。

その時、チラッと手が震えているのが見えた。ひょっとして…
「何か治療中の病気はありませんか?」
「パーキンソン病と言われてます。」
やっぱり、そうか。気づくのが遅かった。プロとしては失格!でも、すぐ免許取消になるわけではないので治療を続行…。

背中の凝り具合を触診しながら、手元のタブレットでパーキンソン病の論文を検索。そこで目を引いたのがこの論文。異常な筋緊張が立位姿勢を異常にするとあり、異常な筋緊張を起こす筋肉として、斜角筋群,大胸筋,腹直筋,大腰筋,ハムストリングス,下腿三頭筋が挙げてある。論文では、BOTOX(ボツリヌス菌の毒)を注射して筋緊張を麻痺させ、立位姿勢の異常を改善させている。

さて、目の前のクライアントはベッドの上に寝ている。ゆえに異常な筋緊張は起きていない。それでも腓腹筋には硬結が見られ、小刻みに震えている。

私は論文の内容を話し、同様の治療が受けられるかどうか主治医に相談することを薦めた。

そして、異常な立位姿勢のために疲れ切っている腰の筋肉に鍼と灸を行った。でも、これは対症療法。根本から改善する手立ても講じなければならない。

パーキンソン病の根本はドーパミンの不足。主治医から薬には処方されているが、ドーパミンが増えるライフスタイルを提案することはできるはずだ。ドーパミンは「快感や多幸感、意欲、運動などの機能を司る神経伝達物質。欲求が満たされたとき、あるいは満たされることがわかったときに活性化し、快感の感覚を与える「報酬系」ホルモンである」

「何か趣味はありませんか?」と尋ねてはみたが、答えは予想できた。この国で個性が大切という教育が行われ出したのは私たちよりも後の世代。このクライアントは私より上の世代だし、亡くなられたお父さんは厳しい人だったようだ。

「何もないですね〜」
「そうですよね〜。私たちは変な道楽は持たないように教育されましたからね(笑)」

さらに批判を恐れずに続けた。
「うまい具合にと言っては語弊があるのですが、怒る人も居なくなったことですし、何か道楽を見つけましょう。どうしてもあれがやりたいとか、どうしてもあれが欲しいとか、そういうものを。そして、会社を終えた後の第二の人生を楽しみましょう!」

そして、この家に来てから気になっていたことを尋ねてみた。この家の壁には書道の作品が何点も貼ってあったのだ。更に書棚には、各種資格試験のテキスト、美術品や工芸品の写真集、その鑑定法の本、将棋・囲碁などなど…様々なジャンルの本が並んでいる。
「こちらの書道はだれが書かれたのですが?」「息子です。」
「この書棚も?」「はい、息子のです。」

「息子さんて、ドーパミンの塊のような方ですね!」
「ハハハハハ。これはこれで困ったものですが。」

「でも、ここは病気が治るまで、息子さんのようになってみましょう!爺さんが亡くなったら、人が変わったみたいだって言われるくらいに(笑)。今度は息子さんを困らせてやりましょう!」

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五十肩では開業当初から厄介な思いをした。

専門学校では、「五十肩というのは正式な名前ではないから使ってはいけない。素人だとバカにされる。肩関節周囲炎と言いなさい。」と習った。なので、「これは五十肩ですか?」というクライアントからの問いに、開業当初はひたすら「違います!これは肩関節周囲炎です!」と言い続けた。

しばらくして、あるクライアントから「先生は五十肩じゃないと言ったけど、整形外科では五十肩だって言われたよぉ〜」と指摘された。私は「開業したてで五十肩の診断もできない先生」ということになっていることに気づかされた。

NHKの「きょうの健康」でも「五十肩」という名前を使っていることに気づき、私も五十肩という言葉を正式に採用することにした。

その後も悩みは尽きなかった。「五十肩ですね」と言うと「四十肩とどう違うんですか?」と尋ねられたり、「まだ五十になってないのに…」と強烈に落胆されたり、「七十過ぎたのに?」と大喜びされたり…

今回のクライアントは、その最後のパターン。七十歳を過ぎたのに整形外科で五十肩と言われた。しかし、彼女は大喜びはしていなかった。

3カ月前から両肩(よく調べてみると肩ではなく三角筋)が痛い。腕を上に挙げることはできるが、結帯動作(腰の後ろに手を回す動作)は痛くてできない。ひどい時には、トイレで用を済ませた後にズボンを上げることができないのでオムツをはいていたこともある。

最近、両膝の痛みも気になり出した。しかも、立ち上がる時にめまいがするので何かにつかまりたいのだが、肩が痛いのでそれもなかなかできない。寝返りを打つのも大変になってきている。気持ちも落ち込んで笑顔も無くなってきたのを、友人が見るに見かねて私を紹介して下さったとのこと。この友人というのは、私のクライアントである。

「早く良くなりたいので、明日も来て下さい。」と最初におっしゃったので、「では、今日は軽めの治療にして様子を見てみましょう。」と申し上げた。「先週、整体で揉んでもらったら、かえって具合が悪くなった」ともおっしゃっていたし。

翌日うかがってみると、施術後はとても楽だったとのこと。一晩寝て今朝起きた時は肩の痛みは元に戻った感じがしたが、今は痛くない。私の施術が合うようなので、強めの治療に切り替えて、週に2回のペースで治療を続けることになった。

まず、改善したのはめまいだった。首回りの血行不良が原因だったのだろう。これで、彼女の気持ちはだいぶ明るくなったようだった。

「もう、立てなくなるんだと思ってました。歳だから良くなることはないだろうと…」
「歳って、まだ70歳ですよね?今の70歳は昔の50歳くらいですよ。だから五十肩になったんでしょう!」五十肩という言葉は、こんなふうに使うためにあるのだ。

「たぶん、良くなるのは時間の問題だと思いますよ。症状で一番厄介だと思ってたのはめまいだったんですけど、それが治っちゃいましたから。」
私は、そう思う根拠を説明した。

まず、肩の痛みは関節ではなく、筋肉(三角筋)のコリが原因と思われるので、今の治療を続ければすぐに良くなるだろう。

次に、膝の関節は一時的な痛みで、よくある変形性膝関節症ではないと思われる。膝蓋骨のスライドもスムーズだし…。

おしゃべりなのでなかなかそうは見えないのだが、彼女は割とクヨクヨするタイプのようだった。
「絶対に年内には良くなって、来年はどこに旅行に行こうかな…とか、何して遊ぼうかなとか、考えるくらいじゃないとダメですよ。」と言ったら、
「○○さん(私を紹介してくれた友人)からも同じようなこと言われた!(笑)」

それからというもの、施術するたびに彼女は明るさを取り戻していった。
「最近、表情が明るくなったって言われるのよ。」と言ったのは、3週間目くらいの頃。

そして…
「完全に痛みが取れたと言う訳じゃないけど、朝起きた時に辛いくらいで後は何とかなりそうだから、ちょっと治療休んでみますね。ダメみたいだったら、すぐに電話しますから。」と彼女が提案したのは、治療開始から35日後。それから、ずっとご無沙汰である。

彼女が元気であることを聞いたのは、それから2カ月後のこと。別なクライアントから。
「昨日、○○さんと八百屋さんで会ったよ。先生から治してもらったって。寝たきりになると思ってたんだけど、助けてもらったって。それは良いんだけど、孫の話とか、親戚の話とか、話が止まらないのよ。立って聞いてるだけで、こっちは大変だったよ。」

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60代男性のクライアント。左膝が痛い。しかし、触察した感じでは関節が悪いようには思えなかった。よくありがちな変形性膝関節症とは何かが違う。いずれにしても関節をよく診てもらうことは必要だ。レントゲン等を使った医師による診断が。

「整形外科で診てもらって下さい。」とお願いしても、接骨院や整体に行ってしまう人が意外に多い。医師とそれ以外の医業類似業者(私も含まれる)とでは、特に法律上、雲泥の差があるのだが、それを知らない人が多いのだ。

医師は最新の検査技術や治療方法を行うことが認められている。だから、私のクライアントがその恩恵に浴することを妨げてはいけない。そういう医師側の法的な優位性を差し引いても、私たちは医師とは違う方法論で診て治すわけだから、違う意見にも耳を傾けるべきである。なぜなら、それが私のクライアントの利益につながるから。

さて、このクライアントは整形外科でレントゲンを撮ってもらい、軟骨が減ってますね〜という診断を受け、ヒアルロン酸の注射もしてもらってきた。幾分楽になったような気はするが、訴える症状は全く変わらなかった。

ゴルフをすると痛くなる。ハーフ回って休憩して、椅子から立ち上がる時に痛み始める。しかし、歩き始めるとそうでもない。帰宅後、椅子に座って立ち上がる時に痛い。自動車から降りる時に痛い。正座もできない。ある程度まで膝を曲げると痛くてそれ以上曲げられない。

本人の分析はこうだ。ゴルフをすると痛くなるのだから、ゴルフの動作に原因があるのは明らかだ。スイングの後半は左に重心が移動するから、膝に負担がかかる。それで関節が痛んでいるのだ。

でも、私には引っ掛かることが一つあった。膝が痛むのが階段を上る時だということ。下る時は何ともないと言う。

膝関節を傷めている人は、大抵これと反対である。上る時は痛くない。下る時は衝撃が膝にもろにかかるから激痛が走る。だから、階段を後ろ向きに降りる人もいるくらいだ。

膝関節は悪くないんじゃないか?

カルテを遡ってみると、2カ月前から、ずっと左大腿の後方内側が黄色にマークされている。半腱様筋と半膜様筋が硬いのだ。この2つの筋肉は股関節伸展の主動作筋であるが、内旋の副動作筋でもある。

痛みを発しているのがこの2筋だとすると、階段を上る時(股関節伸展動作)に痛むのは説明がつく。

私は20年ほど前に少しだけやっていたゴルフを思い出して、スイングの格好を何度か繰り返してみた。左大腿に意識を集中して、スイング。また、スイング。

左大腿が内旋している。これだ!これに違いない。

スイングの最後にしっかりと腰を回転させるために、左大腿の2筋に力が入るのだ。だから、ゴルフをするたびに痛くなることも説明がつく。

しかしながら、幸か不幸か、それに気づいたのは初冬。ゴルフはシーズンオフとなった。そして、ひと冬休んだ今では、膝の痛みはすっかり消えている。

これからの変化に注意していこう。

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このクライアントとは長いお付き合い。初めて伺ったのは開業して間もない頃。その後、半年ばかりご無沙汰だったから、リピートはないと諦めていた。

その頃は還暦の少し手前で、バリバリ仕事をされていた。何十年と片頭痛に悩まされていて、市販の頭痛薬は常にハンドバッグに入れているとおっしゃっていた。

医学書では、頭痛は片頭痛・緊張型頭痛・群発型頭痛にきれいに分類され、それぞれに適切な対処法がある。私も開業当時はそういう知識を武装してクライアントに接していた。しかし、今どきその程度の知識を持たない一般人はむしろ珍しい。受け売りの知識をひけらかしてもウンザリされるだけ。自分の苦痛を和らげてくれるのでなければ、医学知識も何の値打もない。

市販の薬ではなく主治医に相談しては?という私の言葉は一蹴された。
「痛くなる前に飲むと効く薬なんて出してよこすんだよ。笑っちゃうよ。薬が本当に効いて痛くならなかったのか、痛くなると思ったけど勘が外れただけなのか、わかんないじゃない?それ考えてると頭痛くなる(笑)」
言われてみれば確かに可笑しい。私も一緒に笑った。

無の境地で触察。首のコリがひどかった。一度の施術では少しの変化しか起こらない。慢性的なコリなのだ。週に一度のペースで、数カ月治療を続けていただいた。

全く指が入らないほどコチコチだった首が、治療を重ねるごとに少しずつ柔らかくなっていった。翌週に伺うと必ずコチコチに戻っていた首が、それほど硬くない日もあるようになってきた。

ある日、「最近、頭痛薬飲んでないんだよ。飲まなくても済むようになってきた。」と嬉しそうに言って下さった。私も嬉しかった。

それから、不定期の治療に移行し、十数年のお付き合いになる。

家業の商売を継いで営業として働いてきた。彼女の営業力は素晴らしい。さらに業種を少しずつ変化させながら、激動の時代を乗り越えてきた。時代を読む力も抜群なのである。

それでも、今回の年末年始は、彼女にしては珍しく仕事の予定を余り入れなかった。
「忙しい日が続いたから、しっかり休もうかと思ってね。」と言っていたのが、師走の30日。
「ずっと家にいるつもりだから、年明け早々またお願いするかもしれないよ。そん時はよろしく。」
と言われ、「良いお年を」と挨拶してきた。

ところが、次に電話を頂いたのは、何と翌日。大晦日の朝だった。「朝起きたら頭がツカツカする」と彼女は表現した。なり始めの施術が肝心と、すぐに電話して下さった。有り難いことである。

首と肩のコリを入念にほぐし、鍼と灸も行った。「昨日は鍼も灸もしませんでしたからね…」と言って、再び「良いお年を」と別れの挨拶。

その次に電話を頂いたのは3日の朝。大晦日は、施術後は調子が良かったが夕方から痛くなり、元日は一日中眠っていた。2日はとても調子が良く、一日中仕事をした。3日の今朝は、またツカツカが再発。割れるように痛い時もある。

首と肩は確かに硬くなっていたが、すぐにほぐれた。ほぐれた後も優しく施術を続けながら、私はあることを思い出した。
「人によって違うんですが、片頭痛は休みの日になると頭痛になって仕事の日には治るという人もいます。○○さんの場合はどうでしたか?」
「そうだね。そういう傾向はあったね…」

そこで…

「しかし、お店をここまで大きくするには大変な苦労があったでしょうね。休むと頭痛になるから、休まず仕事されたんじゃないですか?」と言って、私は彼女の若い頃の苦労などを尋ねてみた。

昔は店が小さかったから来るお客も少ないので、周辺の地域を回って歩いた。山奥の小さな村にも行った。最初は仕事は貰えなくても、定期的に足を運んでいると、待っていてくれる人が出てきた。そこには今でも、どんなに忙しくても行くようにしている。

お風呂に入る時は脱いだ服をきちんとたたんで置くように躾けられていたので温泉でもそうしていたら、思わぬ良縁に恵まれた。後に姑となる人が見ていたのだ。旦那さんはとても優しい人だった。しかも、先見の明のある人だった。今まで取り扱っていた商品に見切りをつけて、別な商品に切り替えたのは旦那さんだった。

あるお客さん、老婆との出会い。自分の好きなものにお金をかける代わりに、他のものには一切お金をかけないという豊かな生き方。

「思えば、いろんな出会いに恵まれた。私は運が良いのよ。」
彼女は自分の仕事と人生を振り返って、そう総括した。

その言葉を口にした頃には、彼女は疲れを癒すために何日も横たわる人では無くなっていた。営業ウーマンとしての目の輝きを取り戻していた。

その後に彼女から電話を頂いたのは、一週間後のことだった。私は経過が気になっていた。
「あれから、いかがでしたか?」
「お陰様で、あれから絶好調で毎日働きました。今日も調子は良いんだけど、明日から出かけるから一回メンテナンスしとこうかと思って。」

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「毎日のように接骨院に行っているんですが、良くならなくて。」と、若い女性の声で電話を頂いた。よくよく聞いたら、腰痛を訴えているのは中学生のお子さんだった。

接骨院が終わる時間に間に合わせたり、ギリギリ間に合ったかと思うとその後の待ち時間が長かったり…。毎日だとしたら、かなり大変な話だ。
「いつくらいからですか?」と尋ねてみると、
「一か月以上経つかもしれませんね。」

仕事から急いで帰って来て接骨院に連れて行っているが、お母さんの方もお子さんの方も時間的にギリギリなので自宅での治療を考えてみたということだった。
「少し遅い時間でも大丈夫なのですか?」と尋ねられたので、
「大丈夫ですよ。何時頃が良いですか?」と答えた。

「8時とかでも?」と、申し訳なさそうに。
「ええ。大丈夫です。10時からとか言われることも有りますよ。」

お子さんは走り高跳びの選手。大会が近いので、練習にも力が入る。腰に痛みを感じているが、休むことはできない。周囲の目があって休みにくいというよりは、自分が休みたくない。

腰の筋肉を触察してみる。少し硬めと言えなくもないが、しなやかで弾力があり、それほど状態が悪いようには思えなかった。

「痛いかな?」親指で強く押して、尋ねてみた。
「はい。」と答えた。でも、淡々としている。シャイな年頃だろうから、我慢しているのか?

押した時の圧痛は、私にとっては最も重要な診断ポイントだ。「痛いですか?」と言葉で尋ねたりはするが、実際は尋ねなくとも体の反応で大体わかる。痛みは、それほどではないと判断した。

「痛みにもいろいろあって、例えば『イタキモチイイ』という言葉があるんだよね。痛いんだけど気持ちいいという状態だね。」
「・・・」

「それから、『押すのやめて下さい!』という状態。押されれば押されるほど痛みが強くなってくるような場合。もっとひどいと『触るな!コノヤロー!』というのもあるんだけど、どれかな?」
「・・・」

「わかんない?でも、『触るな!コノヤロー!』じゃないよね?さっきからずっと黙って押されているから・・・」
「(笑)」

「イタキモ?」
「はい(笑)」

そこで、私は無痛症の話をしてみた。
世の中には全く痛みを感じない人がいる。一見とても幸せなことのように思うかもしれない。しかし、実はとても困ったことなのだ。自分の体が傷ついていることに気づかない。関節がボロボロになるまで走ったり跳ねたりしてしまう。怪我をしても平気。赤ちゃんだったら指を食べてしまったり、目をこすってるうちに失明してしまったり・・・。

「痛いってありがたいことだよね?」と言うと、うつ伏せのまま頷いた。

痛みっていうのは大事なメッセージなんだ。何か悪いことが起きているかもしれませんよというサイン。でも、「痛み=悪いこと」ではない。そこは大事なポイント。

そこで今度はこんな話をしてみた。どこかで聞いたことがあるような無いような…そんな話。

ある王様が戦争をしていました。そこに伝令が駆けつけてきました。「王様、大変です!敵の猛攻撃に遭って我が軍に大きな被害が出ています!」王様はこの報せに怒って、この伝令を斬り捨ててしまいましたとさ。

「痛み」は、この伝令の役割。敵ではなくて大切な味方。しかも、手遅れにならないように、「ひょっとしたらもう少しでヤバいかもしれませんよ」と前もって報せてくれたりする。こんな大切な味方を敵(悪いこと)扱いしたら、バカな王様みたいなことになる。

「押すとイタキモな段階の痛みは、前もって気を利かせて駆けつけてくれた伝令だね。だから、無視していいわけでもないけど、そんなに深刻に考えなくてもいい。」

そんな話をしながらの触察を終えて、鍼と灸。皮内鍼も貼っておいた。

「どうなの?楽になったの?」というお母さんの問いに、シャイな中学生はコクリと頷いた。

その後、このお母さんから電話をいただいたのは一カ月も後のことだった。経過が気になっていたので、着信を見てドキドキした。
「実は、あれから接骨院にもどこにも行ってないんですよ。全く痛くないと言う訳ではないんでしょうけど、支障なく練習ができてます。今度の土日が大会なので、今日は直前のメンテナンスということでお願いしたいんですが・・・。また、8時からで、お願いできますか?」

「はい、もちろんです!」
私はホッとして答えた。

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当院から北に5キロ。それでも結構雪の降り方は違う。少し多めの雪景色の奥に、そのクライアントの家は有った。雪が多い地区ほど除雪をきちんとしている。だから、雪が多い地区で雪に困ったことは開業以来一度もない。逆に、雪の少ない地区で雪に困ることは珍しくない。面白い現象である。

クライアントは80歳。女性。「雑巾をしぼる時、一番痛みを感じます。」「何もしてなくても痛いです。」と彼女は症状を訴えた。「12月に、どっと雪が降った時に除雪をして…痛みはそれからです。」

近くの整形外科には通っている。セレコックス(鎮痛剤)は一日3回服用。その他にロキソニンテープや塗り薬も処方されているが、痒くなるから使っていない。

痛みが気になるので飲み薬はやめられないが、もっときちんと痛みを止めたいので電話下さったということだった。「鍼だと一発で治るんでしょう?」

ばね指や腱鞘炎は使いすぎが原因なので、たとえ鍼といえども除雪を続けるうちは治りにくいだろうことは説明した。ただ、膨らんでいる筈の腱鞘は、施術によって血流が良くなるから楽になるだろう…。

「あ、楽になりました!体も軽くなった。」施術後に、彼女は明るい声で叫んだ。

マッサージのような治療は未経験ということなので、全身の血流改善はかなり爽快なはずだ。

彼女は特におしゃべりと言う印象ではなかったが、自分の境遇を説明するのが上手だった。施術が終わったころには、彼女について随分知っている自分に驚いた。

亡くなった旦那さんのこと、姉妹のこと、自慢のお孫さんのこと…そして、病気の娘さんのこと。

「娘はガンの治療中で、奥で休んでいるんです。」

彼女は2人娘さんがいた。次女の方が数年前にガンで亡くなった。長女は亡くなるまでの間、妹を献身的に看病した。仕事は休むことが多かったので、特に職場の人から言われたわけではなかったが自主的に退職した。皮肉なことに、妹が亡くなって数か月後、自分がガンに罹っていることが分かった。

彼女(クライアント)は、女性限定のスポーツジムに週3回、11月まで通っていた。コーラスもやっていた。雪道が心配なので今は両方とも休んでいる。

「3月から始めるんです。」と彼女は明るく言った。
「3月って…明日じゃないですか?」

「そうです。雪も、これからなら大したことないでしょうから。」
「お友達とのおしゃべりが楽しみですね?」

「そうなんです。どっちも私が年長だから、もうやめようかとも思っているんですけど。」
「いやいや、他の人の励みになりますから。それに次の人が同じ悩みを持つことになりますよ(笑)」

私は、スポーツジムやコーラスを止めた時期と指の痛みを感じた時期が同じであることに気がついた。そして、次回の予約について提案した。こんな提案を毎回していたら商売あがったりなんだけど。

「この次の治療なんですが…どうでしょう。明日から、ジムにコーラスにと忙しくなるわけですから、ちょっと様子を見ては?○○さんが多趣味な方だと分かって安心したんです。

痛みというのは、何もせずに向かい合っているとますます痛くなるものです。ちょうど、アパートの隣の部屋の物音みたいなものです。気になりだすと聞き耳をたてるようになる。そうすると、どんな小さな音でも気になって仕方がなくなります。

これから、除雪をすることもなくなり、その代わりに運動もおしゃべりもということになると、ひとりでに良くなっていくような気がします。

私は残念ながら出張専門なので、予約をしてしまえば、外出できなくなってしまいます。外に出て、いろんな刺激を受けると、痛みも気にならなくなりますよ、きっと。」

すると彼女は答えた。
「娘も外出しなさいって言うんですよ。私のことは良いからって。」

そうだった。娘さんは、妹の看病のために自分の人生を犠牲にしてしまったような人だった。

「娘さんの分も楽しまないといけないですね!」と言ったが、彼女は答えなかった。

顔を見ると、今にも涙がこぼれそうな目で頷いていた。

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