トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Category:★仏教 > 世紀末の夜に

時は世紀末。新世紀を語るいろいろな集まりが開かれました。わたしもなるべく顔を出して、不思議な人たちとの出会いを楽しんでいました。

ある会でのこと。「わたしは水星人なのよ。あなたは?」「わたしは火星人」というやりとりが耳に入ってきました。わたしは六星占術のような占いの話だと思いましたし、実際そのとおりのようでした。

そこにワンランク上の人が話に入ってきました。「わたしはオリオン座から来たらしいわよ。」「えー、そうなんですか!?」かに座や乙女座とか以外の星座が出てきたことで、占いの話では済まなくなりました。そして「わたしはシリウス!」「わたしはプレアデス!」と、遠方からお越しの方々が次々と名乗りを上げました。

この会に誘ってくれたT君に、こっそり尋ねました。「プレアデスってすばるのこと?」「そうだよ!昔、恐竜に姿を変えて地球を支配しようとしたんだ!だから爬虫類というのはね…」と、彼の話はジュラ紀にタイムスリップし、時空を迷走していきました。

帰り際「今日どうでしたか?」と尋ねられ、「だいぶ波動が高まった気がします」と答えました。それでみんなニッコリする。それが世紀末のしきたりでした。


「世紀末の夜に」目次
その2「瞑想教室」
その3「UFOの里」
その4「T君のこと」
その5「オーラカメラについて」
その6「実験!オーラカメラ」
その7「O社長のこと」
その8「人生を変えた本」

世紀末のある日、T君に誘われました。「Cさんという人が瞑想教室を開いているんだよ。ほら、この前のアセンションの講演会で一緒になった人だよ。一緒に行かない?」

当時、わたしの前には次々と不思議な人が現れて、不思議なことを語っていくという日々が続いていました。そのたくさんの不思議をつないでいきたくて、手掛かりになりそうなものには飛び込んでいきました。そのために会社も辞めていました。

でも、この瞑想教室はがっかりでした。Cさんのアパートに行ったら、参加者は我々二人だけでした。窓を開けて、満月の光を浴びながら、女一人と男二人が、明かりを消したアパートの一室で、ヒーリングミュージックという捉えどころのない音楽を聞きながら、じっと黙って座っている。「一体、俺は何をしているのだろう?」という正気というか、雑念と戦いながら、長い一時間を過ごしました。きっとT君はCさんのアパートに一人で来れなくて、俺を誘ったんだな?ということに気づくには十分な時間でした。

終わってから、この会合には会費があることに気が付いて、千円ならしようがないとしぶしぶ財布を開いていると、T君が耳打ちしました。「持ち合わせがないんだ。貸してくれる?」彼がわたしを誘った二つ目の理由が、これでした。

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 世紀末のある日、T君に誘われて、Cさんと3人で出かけることになりました。場所はUFOがよく目撃されるという山里。ある絵本作家の別荘にお邪魔したのでした。そこには日本各地から、30歳前後の男女が10人ほど集まっていました。夕食を食べて、順番にお風呂をいただきました。

 そこにいた人たちは、みんな不思議なことに興味のある人たちで、UFOに乗ったマリア様の写真の話や、難病が治る泉の話、地球が光の帯に包まれて世紀末を乗り越える話など、そんな話題が尽きることなく続いていました。

 みんなお風呂に入り終わったころ、ある部屋に集まり、「わたしたちの地球がうまくレベルアップできて、素敵な世界がやってきますように…みんなで祈りましょう。」ということになって、瞑想のようなことをしました。「みんな、頭に浮かんだ言葉を、そのまま口に出してください。」とだれかが言って、ひとりが言葉を終えると別のだれかが続けるという具合に、順不同の発表が続きました。

 僕はひたすら黙っていました。T君は何か言うだろうか?言うとしたら、とんでもないことを言うだろうなと心配していたら、Cさんが語り始めました。「今、マリア様がわたしたちを温かく見つめていてくださっているのが分かります。」僕は思わず天井を見上げました。

 この発表が終わると、ひとりの女性が「こんなに地球のことを思っている素敵な皆さんに出会えて、わたしはとても嬉しいです。みんなと抱き合いたいのですが、いいですか?」と言って、次々と近くの人に抱きついていきました。この女性、すごい美人というわけではないのですが、僕としてはまあまあだったので、『みんなって、僕も?』と心の中で繰り返しながら、僕の順番が来るのを待っていました。このとき初めて、ここに来て良かったと思いました。

 翌日は作家先生の仕事部屋を拝見して、本にサインをしていただき、午後には帰ってきたように思います。というか、ほかのことはよく覚えていません。


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世紀末のある日、T君と僕は街頭でオーラ写真の撮影をやっていました。セガのオーラ写真倶楽部も当時ありましたが、わたしたちが使った機械はアメリカ製で、ポラロイド写真として出てくるものでした。

あるお店の前を借りて、そこで2週間ばかり行いました。T君は怪しい会合には必ず現れたので、怪しい情報の交換はよくしていましたが、普段はどこにいるか分からない人で、電話をかければ「お客様の都合で・・・」と録音が流れるし、こちらから連絡は取れませんでした。だから、毎日、一日中いっしょにいたこの期間に、初めて彼は自分の人生について語ったのでした。

彼は私立のそれなりの大学を卒業していて、僕が住んでいたアパートの一階にテナントで入っていた会社に勤めていたこともありました。どこか見覚えのある顔だったという謎が解けて、不思議な縁を感じました。それ以外にいろいろな職を転々としていたのですが、秘密結社に属していたこともあったというのです。

ある山奥に潜んでいて、装甲車なども持っている組織だというのです。「オウムじゃないの?」と聞きましたが、それは否定しました。「でも、これ以上は言えない。喋ったことが分かったら、狙われるかもしれない。」

僕のおごりの晩御飯を食べながら、彼の身の上話はますます謎を呼んでいきました。「お金は天下の回りもの。人に施すことで、自分にいい形で必ず返って来るんだよ。だから、お金が入ったら、人のためにすぐ使わないとダメなんだよ。今日はごちそうさま。また、明日ね。」

彼にはおごってもらうことも何度かありましたが、家賃と電話代くらいは払うように言っても聞いてくれませんでした。彼は今でもそんな暮らしをしているのか・・・いい形で人に施した分が返ってきていればいいのですが。


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世紀末のある日、僕はこの世とあの世を結ぶような機械を探していました。その候補のひとつがオーラカメラでした。

ポラロイドカメラの前面(レンズと被写体の間)に小さな装置が付いていて、この装置からさらに線が伸びていて、2つのセンサー部につながっています。自分のオーラ写真を撮りたい人は、まずいすに座ります。そのいすの両脇にはセンサー部が置いてあり、手の形をしたセンサー部の電極に合わせて、両手を置きます。そしてカメラの方を見たところで、パチリと撮ってもらいます。

センサー部で体の電気抵抗(インピーダンス)を測定し、その情報を基にカメラの前面の装置の中のLEDか何かが光って、オーラのような映像を擬似的に作り出す、という仕組みのようでした。

オーラそのものを撮影しているわけではないので、厳格な人はインチキ呼ばわりしましたが、僕は寛容な立場を取りました。なぜなら、ちまたに出回っている体脂肪計もインチキだということになってしまうから。

このカメラの開発にあたって、オーラが見えるという人を数人集めて機械を調整したと聞きました。それが本当であれば、体脂肪計も体のインピーダンスとの相関関係から算出しているわけで、開発の手法は似ているのです。体脂肪計も、説明書も読めば書いてありますが、体脂肪そのものを測定しているわけではないので、かなりの誤差が含まれます。

そして、体脂肪もオーラも、女性が興味を持つというところが似ていました。


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世紀末のある日、僕はオーラカメラを使って、いろいろ実験してみました。

数多く写真を撮っていくうちに、男性は赤やオレンジの色のオーラが出やすく、女性は緑とか青とか紫のオーラが出やすいことがわかりました。コンピューター診断によると、赤いほうのオーラが出る人は肉体的なエネルギーが強く、俗っぽいとされています。紫のほうのオーラが出る人は肉体的なエネルギーが弱いけれども、霊性が高いとされています。そして、いろいろな人に話を聞いてみると、ある程度当たっているようでした。

ところが、手をパンパンと何回かたたいてから撮ると、紫だった女性でもオーラが赤くなることが分かりました。一方、ハンドクリームをぬると赤だった男性でも紫になることがわかりました。手をたたくと、体が元気になって、俗っぽい人間になる?ハンドクリームをぬると、霊性が高まる?もちろん、そんなことはないのでしょうが、ひょっとしたら、ある程度当たっているのかもしれない。

これは、体脂肪計でしゃがんで測ると体脂肪率が変わるのと同じように、インピーダンスとはそれだけ微妙なものだということなのでしょう。

僕たちはそんなことをあれこれ議論しながら、楽しんでいました。


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世紀末のある日、僕はCW研究所に出入りしていました。オーラカメラは、その研究所が購入したものでした。そのほかにも、アルファ波(脳波)測定器や、波動転写器・波動測定器などがありました。「あの世」関係の図書(この研究所のO社長の蔵書)もたくさんありました。

僕はいろいろな講演を聴くのが好きで、会社員時代には聴けるものは何でも聴きました。後で分かったことですが、超科学(トンデモ科学ということですね)関係の講演のときにO社長と僕は同席していました。O社長は複素電磁場理論について質問をしたのでした。僕はすごい人がいたもんだと思い、講演会が終わってからO社長を追いかけましたが、そのうしろ姿は人込みの中に消えてしまいました。それから一年ほどして、その人に出会うことになります。


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思えば、僕の世紀末は講演会から始まったのでした。この講演会はジャンルにとらわれないもので、政治・経済・宗教・スポーツなどの各分野から講師を呼んで来るものでした。その講演会の最初の講師が、今もわが師と仰ぐ渡部昇一先生。講演の後、著書を買い漁って読みました。僕のものの考え方は、この人の影響を一番受けていると思います。

そして何人目かの講師が、経営コンサルタントの船井幸雄氏でした。この人のもたらす情報はトンデモ科学のようなものが多く、半信半疑でしたが、非常に興味をそそられました。この人の著書も買い漁りました。

渡部昇一師の本は非常に内容が濃くて、一行一行かみしめながら読んでいました。船井幸雄氏の本は、パラパラとすぐに読み終わるのが特徴でした。だから、船井さんのことは軽く見ていたのですが、この二人が共著を出したものだから、僕も船井幸雄に本腰を入れざるを得なくなっていきました。

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日本新生―「本物」が21世紀を築く

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死なない理由 に参加中!
世紀末の夜、僕は生きる意味を考えていました。

生きることに意味が必要なのか?意味のないことをしちゃいけないのか?そもそも意味って何だ?という悩み方もありますが…

どうして生まれたんだろう?両親の行為の結果とはいえ、世の中はなぜそういうシステムになっているんだろう。

当時はプラス思考を唱えるのが流行っていて、「世紀末、みんなで渡ればこわくない」という楽観的な人たちが、よく会合をしていました。要するにクリスタルチルドレン的な集まりでした。会社を辞めた僕は、そういう会合に顔を出していました。そして、プラス思考だけでは食べていけないという現実に直面し、マイナスだらけの状況をなんとかプラス思考で乗り切ろうとしている人たちを何人も見てきました。…まさに世紀末でした。

成功法を語るビジネス書、科学、哲学、宗教、スピリチュアル、など、いろいろパラパラと立ち読みしました。どれも信じ込むには物足りなくて、なるほどと思える部分を自分なりにかき集めて組み立てるしかなさそうだなと思いました。

その中で皆が共有すべきだと思う大切な考え方をひとつ見つけました。それは「みんなひとつなんだ」ということ。なぜなら、僕の場合この考え方を持たないと利他的な行動を取る気持ちになれません。この考え方を説明する方法はいくつかあります(僕はあまり気に入っていないが)。

一人の人間に必ず親が2人います。さらに一代、先祖をさかのぼると4人。さらにさかのぼると8人。n代さかのぼると2のn乗の御先祖様がいることになります。30代さかのぼると10億に達するようです。一千年くらい前になるでしょうか。日本だけで考えたら、絶対先祖が足りなくなる。だから、先祖はかなりダブっているんだよ、共通なんだよ、みんな親戚みたいなもんですよ、という説明のしかた。

それから、生き物はDNAを拠り所として生成発展を繰り返している点で共通であり、だから生き物はみんな同じ仲間なんだよ!という説明のしかた。

さらには、地球上の存在物は原子で構成されているという点で共通だし、体を構成している原子も日々入れ替わっているから、地球全体が同じ仲間なんだよ!という説明のしかた。

「葉っぱのフレディ」なんて本も当時流行りました。みんな、おおもとは同じ一本の木(それが人間という種なのか、生物という枠組みなのか、地球上の存在物という枠組みなのか、あるいは宇宙ということなのか)にくっついていて、「仲間なんだ」という感じがうまく表現されていると思います。

そして、みんな同じように生まれて、同じように悩みながら、同じように死んでいくのだということ。日本人は「皆さん、そうしてますよ。」と説得されると、だいたい弱いんです。それ以上「どうして?」とは余り聞きません。ただ、若い人はそうでなくなってきたのかもしれませんね。

漫画浮浪雲の中(何巻かは忘れました)で、こんな言葉を見つけました。「人生に何の意味もなし。ただ生きるのみ。」これは気に入っている言葉です。生きる意味。あるのかもしれないけれど、おそらく生きている人間には分からないんですね。

おおもとから分かれて、おおもととは別のポイントに立って、何かを考えてみましょう!というのが、この世に生れ落ちる理由なんじゃないかと思います。そこで何を見つけるかは人によって違う。人と違うところで、人と違うものを見つめ、人と違うことを考えて、人と違う人生をおくる…死にたいと何度も思って、精一杯生きて、寿命を全うしたときに初めて意味ができるんだと思います。

だから意味が見つからないまま死んでしまったら、自分が生きている意味は永遠に分からないまま、だと思います。

そんなことを考えながら、世紀末の夜は更けていきました。

《つづく》

葉っぱのフレディ葉っぱのフレディ

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地球温暖化 に参加中!
世紀末の夜、僕はある本を読んでいました。1995年に出版された「ミュータント・メッセージ」。オーストラリアのアボリジニの生活を、彼らと生活を共にしたアメリカ人の目で描いたものです。

ミュータント(突然変異)とは、われわれ文明人のこと。自然と共に(地球と共に?)暮らすアボリジニが、地球を破壊し続ける人たちに充てた呼び名。

本の中で語られるアボリジニの生活習慣や考え方のひとつひとつが地球と共にある感じがして、文明に毒されたわれわれには非常に新鮮に映ります。縄文時代頃は、日本人もこんな生活をしていたのかな…と、仙台のビルの間から満月を垣間見て、独り考えました。

ミュータントという呼び方が衝撃的だったかもしれない。文明人をガン細胞扱いしているとも取れるから。

地球を一人の人間として見た時、病原体は何にあたるか?地球外から飛来した場合には、細菌とかウイルスにあたると思います。しかし、地球の内部から発生した場合にはガンが考えられます。

細胞分裂という細胞の日常的な活動の中で突然変異は発生し、その中からガンも発生します。周囲の正常な細胞に一切お構いなしに増殖を続けます。最終的にはその人の生命を奪うところまで増殖し続けます。でも、その人が死んでしまったら、ガン細胞も死にます。増殖・発展の先にあるものは自滅でしかない、それがガンの宿命です。

我々はガンという病気に脅威を感じ、日々研究を重ね、闘っているわけですが、自分たちがそれと同じ存在であることに気づいていない。自分たちもガンと同じ宿命を背負っていることに気づいていない。

いや、気づいてはいるんだな…気づいてはいるけど、立ち止まれない。悪性から良性に変わることができない。断崖絶壁に向かって、私たちは突進するしかない。

「あと、どのくらいですか?」
世紀末は、ガン患者に対する告知のようでもありました。

《つづく》

ミュータント・メッセージミュータント・メッセージ

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