トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

Category: ★読書日記




アメリカ社会、MBA、タックスヘイブン、パナマ文書、オリンピック、カジノ、オウム真理教、仮想通貨、ビットコインなどなど、盛り沢山の内容。生ベチの内容を更に深く理解することができた。

トランプ政権が始まったばかりの頃に書かれた内容なので、博士もまだトランプさんに少し期待している。そこは少し割り引いて読んだ方が良いと思う。




小学生の頃から音楽は苦手なのだが、興味は持っていた。おそらく、この本に40年前くらいに出会っていたら、ミュージシャンを目指したかもしれない。

音楽が苦手だったのは、ピアノが音痴だったからのだ!(笑)

特殊音源の作り方については生ベチ#100で軽く触れているが、本書では更に詳しい。もちろん、これを読んだからといって、自分で作れるようにはならないが。

生ベチ#86で紹介されている、独自の単位「カイザー」の創始者貝崎さんのインタービューがkindle版には載るらしい(p127)。これも興味がある。

このブログでは「音楽と数学の交差」という本を基に、パソコンで平均律やピタゴラス音律を出して見たりしている。お恥ずかしいレベルではあるが。

それだけ、純正律や平均律には興味を持っていた。博士のおかげで、やっとスッキリ理解することができた。




特に面白かったのは3点。

.リスト教史(中世ヨーロッパの話)▲妊ベートのクレームしかないツイッターのつぶやきはアファメーションのようなもので、刷り込み効果は絶大であること8胸厠呂亡悗垢訃霾鸛犧遏

文章の抽象度が高いからだろう。卑近なことにも大きな示唆が富んでいる。暗いことしか書いていないのだが、励みになった。自分の状況はまだマシだと思えるから。

がんばろう。




苫米地先生の「コーポレートコーチング」を物語にした本と言っていいのだろうか。「コーポレートコーチング」をまだ拝読してないので何とも言えないが。

物語形式なので具体的でとても分かりやすい本である。この分かりやすさは、同じものでも苫米地先生とは違う角度から説明されているという点からも来ているのかもしれない。もちろん、先生の説明が分かりにくいということではなく、説明のバリエーションが増えるということである。

巻末にも書いてあるが、私のような自営業でも何かの組織には属しているという点で有用な内容であるし、組織の場合で述べられている説明も個人のレベルに帰着させて大いに理解を深めることができた。

1万1700年前に氷河期が終わって完新世の到来が告げられると、気候は氷河期より温暖になったばかりか、安定度も増し、気候と降雨の極端な変動が少なくなった。氷河期の間にも、狩猟採集民はときおり植物を栽培してみようと試行錯誤を繰り返したが、その実験が根づくことはなかった。理由 おそらく、極端で急激な気候変化のせいで努力が立ち消えになってしまったからだろう。
(No.105)「人体600万年史(下):科学が明かす進化・健康・疾病」

こんなことを書くと農家の人に怒られるとは思うのだが…こんな果樹王国のど真ん中で書くのはとっても勇気がいることなんだけれども…

農業が始まったきっかけが氷河期後の気候安定だということになると、最近の気候変動は農業にとって致命的なことだということになる。それは、後継者不足とかいう次元の話ではない根本的なことである。

地球の気候変動が再び激しくなってしまったら、 我々は再び 狩猟採集民に戻らなければならないのだろうか?

「命のノート」という本を読みました。亮太先生にはいつもお世話になっています。

亮太先生のお話は、涙なしでは聞けなくて、テレビも最後まで見れませんでした。映画もきっと感動的なのでしょうが、とても見る気になれません。

子を持つ親として、とても興味のあることなのですが、親であるがゆえにそのつらさには耐えられない…とおっしゃる方が多いです。

この本は、子ども向けに書いてあるので、ボリュームも少なく、さらっと書いてあります。涙はもちろん出ましたが、文字が大きいし、短編なので、なんとか読み切ることができました。

私は、お年寄りに接することが多い仕事なので、毎日痛みに耐えながら先の短い人生を生きることについて、どう捉えていいのか日々悩んでいました。

でも、世の中にはもっともっとつらいことがある。そして、そういう人たちに毎日優しく接している人たちがいる。この事実は、直接の答えにはなりませんが、大きなヒントであり、励ましでもありました。

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チャプタ?の「君はまだ「神」を殺していない」「貧者の一灯」を読みました。

《以下引用》…アルベール・カミュの『シーシュポスの神話』で考察したのは、神によって罰を受け、岩を押して坂道を上ることを永遠にくり返す運命に落とされた男の物語である。男は、その宿命から逃れることができない。死ぬこともできない。永遠にそのような意識の流れの中に閉じ込められてしまっている。しかし、そのような定めから離れて彼の生命はなく、それこそがまさに自身の自己同一性の証しであるということに思い至ったとき、男は無限の自由を感じるとカミュは書く。…《引用終わり》

茂木さんも、これを引用して、「生の有限性」を経由せずして思考の自由はない、と説きます。人間は「自分はカスなんじゃないか?」という絶望感に直面しないようではダメなんじゃないか?と前に書きました。

自己嫌悪、自己否定に苦しみながらも、その嫌な「自分」から抜け出せないということは、逆に言うと「自分」という殻が強固なものである証です。殻とも見なせるし、鎧とも見なせるし。その確固たる「自分」の中では、ある種の自由を感じることができるのではないだろうか?

実際には、心身ともに刻一刻と変化しているのが「自分」です。自己同一性が保たれることの方が不思議なんですけどね…

《以下引用》…くり返し言おう。宇宙は不条理である。この世にはさまざまな物質のあり様があるだけであり、私たち人間の倫理規則にどんな根拠があるのか、そんなことはわかりようがない。私たちを感動させる芸術体験も、その表象的起源がどこにあるのか、わかりはしない。現代のすべての学芸は、そのような無根拠の砂の上につくられた楼閣である。…《引用終わり》

いまさらこんなことがこの本の結論だったのか…とちょっと驚いてしまいました。理工学から法学にいたるまでを日本の最高学府で学んだ茂木さんでさえ、こんなものなのかと。私が探しているのは、まさにその先であります。

《以下引用》…今の私たちにできることは、時代の制約をわがこととして引き受けて、ささやかな貧者の知の一灯を点すことであろう。…《引用終わり》

これが結語なのですが、「一灯照隅」(最澄の言葉)を思わせるこの一文には苦笑してしまいました。やはり仏教しかないのかな…

《最初から読む》

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チャプタ垢痢崛躪臈知性と専門的知性」「「収束性」という罠」を読みました。

《以下引用》…元来、脳の中の神経細胞のネットワークが、「専門的領域」へと塗り分けられているわけではない。脳の中には、どの神経細胞からどの神経細胞へもせいぜい数回の「シナプス結合」を通せば到達できる「スモール・ワールド・ネットワーク」が存在する。表面的に見れば遠く隔たり、関係のないように見える能力の発露も、脳の生理的特性の実際に即して考えれば、実はお互いに関連しあっている。…《引用終わり》

これは、とっても興味ある記述でした。薄々勘付いてはいましたが、「やっぱりそうなのか!」という感じ。おそらく、その人なりの思考回路がユニークな形で出来上がっていて、それがCPUのようにどんな分野の情報をも処理しているんでしょうね。

少なくとも、脳の外で便宜的に行われているカテゴリーの分類に即して、脳細胞の部分部分がきれいに機能分担しているとは考えられない。つまり脳から見たとき、専門性というのは幻想に過ぎない。

《以下引用》…宗教から芸術まで、そして科学においても。「立派なもの」としてある価値を立て、そこへの収束を目指す。人間精神がそのような傾向を持つに至った理由は明らかではないが、この点にこそ、人類が生命現象の本質をとらえ損なってきたことの根本的原因がある。…《引用終わり》

私もドーキンスの本を読んだ時に、そう思いました。さらに、全てのことをとらえるのは脳であり、脳もまた生命現象であることを想起した時に、人類が全てのことをとらえ損なってきたことの根本的原因なのではないか…と思ったりしています。

日常的な事柄についてでさえ、「立派なもの」を中心に据えて、物事を考えている人はとても多いような気がします。

《つづく》

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チャプタ犬痢峪羂賈腓諒源列に「真理」は宿るか」「批評性と創造」「怒りについて」を読みました。

いかに深遠な思想といえども、紙一枚に書かれた文字列の価値を理解するのは脳であるから、脳との出会いが無ければただの汚れた紙切れになってしまいます。茂木さんが脳の研究に傾いていったのはそこなのでしょうね。

批評性を放棄した創造は良くない、ということを書いています。日本人は批評性が乏しい(真摯な批評というものを許容する精神的雅量に乏しい)のだそうです。私は、これは分からない。

「感情における「正」も「負」も、結局は脳の中の神経細胞の相互結合にもとづくダイナミクスから生み出される状態の持つ性質にすぎない。」だから、「負」ばかりの人生の中から「正」を創造する「錬金術」も可能である。時として怒りが、大きな創造エネルギーを生み出すことがある。

「錬金術」のような人生…この表現は素敵だな。

《つづく》

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チャプタ靴痢峇蕎陲竜蚕僉廚肇船礇廛伸犬痢屐峅礎諭廚呂匹里茲Δ坊茲泙襪」を読みました。

《以下引用》…私たちは、インターネット上の有限の知のくり広げる世界に幻惑されることなく、また、全体を引き受けることが不可能となった事態に対して不真面目な態度をとることなく、中世のスコラ哲学のごとく、あるいは、はじめて夜空を見上げる青年のように、無限や不可能に対する真摯な感情をこそ抱くべきなのではないか。…《引用終わり》

そうですね。「だから何だ!?」って感じですけどね。

《以下引用》…脳が文脈依存的なかたちで色を認識するという戦略を選択したのは、そうすることが複雑に変化する環境を把握するうえで有効だったからである。そこにあるのはまさに偶有性に満ちたダイナミクスであるが、私たちの意識の中で感じられるクオリアに寄り添っている限り、私たちはそのプラトン性に目を奪われてその背後にある偶有性をついつい忘れてしまう。…《引用終わり》

昼間の太陽と日没前の太陽では光の波長構成が異なるのに、家の屋根の色はほとんど同じに見える(色の恒常性)という話は興味深かった。やはり脳科学者。専門分野の著作を読むべきかな…

きれいなイデアの世界がまず有るのではなくて、五感から伝えられるバラバラな情報を脳が組み立てたものが、物の概念だということでしょうか。

《つづく》

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