車の左側のドアを開けて、運転席に座る。室内が広い割には運転席は幾分窮屈に感じる。でも、その窮屈さは、シートベルトを締めてステアリングを握った時、しっかりコックピットに納まったという安心感に変わる。ステアリングの真ん中にはバイエルンの青空を表わすエンブレム。イグニッションを回すと、ブルンと音を立てて白い虎は大きく身を震わせる。アイドリング状態でも、喉を鳴らして唸り続ける。アクセルを少し強く踏もうものなら、虎はアスファルトに爪を立て、キーッと道路が悲鳴をあげる…

かつて、左ハンドルの外車に乗っていたことがある。記憶の整理をしていて思い出した。地味な私の人生の中では、珍しい思い出だ。外車なんて自分の性に合わないと思っていたが、とても状態の良い中古で、安くするからと言われ、渋々入手した。

新潟の社長夫人が所有していたという代物で、白くて上品なのだが、エンジンを回せばなかなかの暴れん坊。アクセルの加減に敏感に応えてくれる快感は、車に詳しくない私にも分かった。沈み込むようなFR独特の加速とアウトバーン仕様の高速での安定感もたまらなかった。

高速を毎日飛ばしたい、サービスエリアに住みたい、とさえ思った。

今現在は軽自動車に乗っている。運転席はもちろん窮屈だが、しっかりコックピットに納まったと感じられる。ステアリングのエンブレムは六芒星。これはバイエルンの夜空に光っている(ことにする)。イグニッションを回せば、子猫なりに身を震わせる。ハイブリッドではないので、エンジン音はゴロゴロ、周囲を威嚇する。

運転しながら、記憶を基に外車を運転している臨場感を重ね合わせる。繰り返していると、運転時の快感を錯覚できるようになってきた。たかが軽自動車を運転しているのにワクワクする。

…面白きこともなき世を面白く。