「明日、父の告別式なのですが、腰が痛くて…」と電話をいただいた。

悲しい報せを聞いた人たちが、不規則に、次々に訪れる。喪主ともなれば、ただでさえ悲しいのに、心休まる暇が無い。他の家族が接客する家の奥で、静かに施術が始まった。

クライアントは3月いっぱいで会社を定年退職したと言う。今は、8月。現代ではまだまだ若い年代に属する筈だが、腰が曲がっている。上半身が水平と言ったら言い過ぎだが、最近あまり見かけないくらいに曲がっている。

「腰はいつぐらいから曲がっていますか?」と尋ねると、
「会社を辞めて4月から畑をやらされました。それからですかね〜。(亡くなった)父に厳しく監督されて、休む暇なく働かされたんです(笑)」

「うつ伏せにはなれますか?」
「ええ」と言って、彼は難なくうつ伏せになった。身のこなしは悪くない。ベッドの上では腰は真っ直ぐになっている。腰椎の変形は無いようだ。

その時、チラッと手が震えているのが見えた。ひょっとして…
「何か治療中の病気はありませんか?」
「パーキンソン病と言われてます。」
やっぱり、そうか。気づくのが遅かった。プロとしては失格!でも、すぐ免許取消になるわけではないので治療を続行…。

背中の凝り具合を触診しながら、手元のタブレットでパーキンソン病の論文を検索。そこで目を引いたのがこの論文。異常な筋緊張が立位姿勢を異常にするとあり、異常な筋緊張を起こす筋肉として、斜角筋群,大胸筋,腹直筋,大腰筋,ハムストリングス,下腿三頭筋が挙げてある。論文では、BOTOX(ボツリヌス菌の毒)を注射して筋緊張を麻痺させ、立位姿勢の異常を改善させている。

さて、目の前のクライアントはベッドの上に寝ている。ゆえに異常な筋緊張は起きていない。それでも腓腹筋には硬結が見られ、小刻みに震えている。

私は論文の内容を話し、同様の治療が受けられるかどうか主治医に相談することを薦めた。

そして、異常な立位姿勢のために疲れ切っている腰の筋肉に鍼と灸を行った。でも、これは対症療法。根本から改善する手立ても講じなければならない。

パーキンソン病の根本はドーパミンの不足。主治医から薬には処方されているが、ドーパミンが増えるライフスタイルを提案することはできるはずだ。ドーパミンは「快感や多幸感、意欲、運動などの機能を司る神経伝達物質。欲求が満たされたとき、あるいは満たされることがわかったときに活性化し、快感の感覚を与える「報酬系」ホルモンである」

「何か趣味はありませんか?」と尋ねてはみたが、答えは予想できた。この国で個性が大切という教育が行われ出したのは私たちよりも後の世代。このクライアントは私より上の世代だし、亡くなられたお父さんは厳しい人だったようだ。

「何もないですね〜」
「そうですよね〜。私たちは変な道楽は持たないように教育されましたからね(笑)」

さらに批判を恐れずに続けた。
「うまい具合にと言っては語弊があるのですが、怒る人も居なくなったことですし、何か道楽を見つけましょう。どうしてもあれがやりたいとか、どうしてもあれが欲しいとか、そういうものを。そして、会社を終えた後の第二の人生を楽しみましょう!」

そして、この家に来てから気になっていたことを尋ねてみた。この家の壁には書道の作品が何点も貼ってあったのだ。更に書棚には、各種資格試験のテキスト、美術品や工芸品の写真集、その鑑定法の本、将棋・囲碁などなど…様々なジャンルの本が並んでいる。
「こちらの書道はだれが書かれたのですが?」「息子です。」
「この書棚も?」「はい、息子のです。」

「息子さんて、ドーパミンの塊のような方ですね!」
「ハハハハハ。これはこれで困ったものですが。」

「でも、ここは病気が治るまで、息子さんのようになってみましょう!爺さんが亡くなったら、人が変わったみたいだって言われるくらいに(笑)。今度は息子さんを困らせてやりましょう!」

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