「毎日のように接骨院に行っているんですが、良くならなくて。」と、若い女性の声で電話を頂いた。よくよく聞いたら、腰痛を訴えているのは中学生のお子さんだった。

接骨院が終わる時間に間に合わせたり、ギリギリ間に合ったかと思うとその後の待ち時間が長かったり…。毎日だとしたら、かなり大変な話だ。
「いつくらいからですか?」と尋ねてみると、
「一か月以上経つかもしれませんね。」

仕事から急いで帰って来て接骨院に連れて行っているが、お母さんの方もお子さんの方も時間的にギリギリなので自宅での治療を考えてみたということだった。
「少し遅い時間でも大丈夫なのですか?」と尋ねられたので、
「大丈夫ですよ。何時頃が良いですか?」と答えた。

「8時とかでも?」と、申し訳なさそうに。
「ええ。大丈夫です。10時からとか言われることも有りますよ。」

お子さんは走り高跳びの選手。大会が近いので、練習にも力が入る。腰に痛みを感じているが、休むことはできない。周囲の目があって休みにくいというよりは、自分が休みたくない。

腰の筋肉を触察してみる。少し硬めと言えなくもないが、しなやかで弾力があり、それほど状態が悪いようには思えなかった。

「痛いかな?」親指で強く押して、尋ねてみた。
「はい。」と答えた。でも、淡々としている。シャイな年頃だろうから、我慢しているのか?

押した時の圧痛は、私にとっては最も重要な診断ポイントだ。「痛いですか?」と言葉で尋ねたりはするが、実際は尋ねなくとも体の反応で大体わかる。痛みは、それほどではないと判断した。

「痛みにもいろいろあって、例えば『イタキモチイイ』という言葉があるんだよね。痛いんだけど気持ちいいという状態だね。」
「・・・」

「それから、『押すのやめて下さい!』という状態。押されれば押されるほど痛みが強くなってくるような場合。もっとひどいと『触るな!コノヤロー!』というのもあるんだけど、どれかな?」
「・・・」

「わかんない?でも、『触るな!コノヤロー!』じゃないよね?さっきからずっと黙って押されているから・・・」
「(笑)」

「イタキモ?」
「はい(笑)」

そこで、私は無痛症の話をしてみた。
世の中には全く痛みを感じない人がいる。一見とても幸せなことのように思うかもしれない。しかし、実はとても困ったことなのだ。自分の体が傷ついていることに気づかない。関節がボロボロになるまで走ったり跳ねたりしてしまう。怪我をしても平気。赤ちゃんだったら指を食べてしまったり、目をこすってるうちに失明してしまったり・・・。

「痛いってありがたいことだよね?」と言うと、うつ伏せのまま頷いた。

痛みっていうのは大事なメッセージなんだ。何か悪いことが起きているかもしれませんよというサイン。でも、「痛み=悪いこと」ではない。そこは大事なポイント。

そこで今度はこんな話をしてみた。どこかで聞いたことがあるような無いような…そんな話。

ある王様が戦争をしていました。そこに伝令が駆けつけてきました。「王様、大変です!敵の猛攻撃に遭って我が軍に大きな被害が出ています!」王様はこの報せに怒って、この伝令を斬り捨ててしまいましたとさ。

「痛み」は、この伝令の役割。敵ではなくて大切な味方。しかも、手遅れにならないように、「ひょっとしたらもう少しでヤバいかもしれませんよ」と前もって報せてくれたりする。こんな大切な味方を敵(悪いこと)扱いしたら、バカな王様みたいなことになる。

「押すとイタキモな段階の痛みは、前もって気を利かせて駆けつけてくれた伝令だね。だから、無視していいわけでもないけど、そんなに深刻に考えなくてもいい。」

そんな話をしながらの触察を終えて、鍼と灸。皮内鍼も貼っておいた。

「どうなの?楽になったの?」というお母さんの問いに、シャイな中学生はコクリと頷いた。

その後、このお母さんから電話をいただいたのは一カ月も後のことだった。経過が気になっていたので、着信を見てドキドキした。
「実は、あれから接骨院にもどこにも行ってないんですよ。全く痛くないと言う訳ではないんでしょうけど、支障なく練習ができてます。今度の土日が大会なので、今日は直前のメンテナンスということでお願いしたいんですが・・・。また、8時からで、お願いできますか?」

「はい、もちろんです!」
私はホッとして答えた。

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