ウメさんのお宅に初めて行った時は、タケさんがずっと話していたので、ウメさんと話すことができなかった。ウメさんはタケさんの話にうまく相槌を打って、話を遮ることはしなかった。ある時は笑ったり、ある時は「そうかね…」と言って見せたり。だから、ウメさんはとても穏やかな性格の人だと思った。

でも、そうでもなかった。

人は誰でもたった一人で生まれてくる。 それでも大抵の場合、赤ちゃんの頃は周りを多くの人が囲み、 何をするにも その動作一つ一つに歓声をあげ、声援を惜しまない。 自分が多くの祝福の下、この世に 生まれてきたことを確信しながら、成長していくのである。

でも、自分を祝福しない存在も身近にいることにいずれ気づく。それが歳の近い兄弟姉妹。タケさんのような強烈な個性が姉としている以上、穏やかで生きられる筈がない。

ウメさんは、若い時に「東京」に行った。「東京」と言っても23区内なのか、そうじゃないのか、都周辺で実は都内ではないのか、よくわからない。単に関東地方というだけかもしれない。ともかく彼女は若い頃「東京」に住んだ。そして、保険の代理店で働き、その手腕を見込まれたのもあるのだろう、社長の後妻になった。そして、一財産を築いた。先妻の子供はいたが自分が産んだ子供はいなかったので、旦那さんが亡くなったのを機に故郷に帰ってきたのだ。それでも、「東京」の駅前に小さなビルを持っていて家賃収入が入るし、しっかり蓄えもあるお金持ちだった。

彼女がこちらに帰ってくることを決めて、タケさんや幼なじみの栗原さんの近くに土地を見つけた時、不動産屋が彼女に言った。
「そんなに広い土地じゃないけど、年寄り一人が住む家を建てるには十分な広さでしょう?」
この言葉に彼女はカチンと来た。

彼女はその「そんなに広い土地じゃない」ところに消防法で許される限りのめいっぱいの家を建てた。総二階で、部屋数は半端ない。おまけに軒下ギリギリに池をこしらえ、十匹は超える鯉を飼った。余りにギリギリだったため、餌をあげている時に池に落ちてしまったこともある。水浴びをするような季節ではなかったから、
「冷たかったでしょう!?」と聞いたら、
「この歳になるとね、そんなのは感じなくなるんだよ。」と言って周囲を笑わせた。

〈つづく〉
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