*** An old couple lived in the little house. ***

「鍼灸の先生の電話だと伺ったのですが。」と、とても真面目そうな男性から電話をいただいた。何度か聞き返すことがあるので、耳が少し遠いらしい。詳しいことは直接会ってからの方が良さそうだ。住所を聞いて、訪問の時刻を決めただけで、電話を切った。

住所の所に行ってみると、そこは小学校の時の通学路。よく見覚えのある家だった。40年以上前から同じ佇まい。でも、中に入ったことは一度も無い。どんな人が住んでいるんだろう、というワクワク感は、この仕事の大きな楽しみの一つである。

玄関を開けて「御免下さい!」と声をかけると、すぐ前の障子戸がスッと開いて、小鳥が巣箱から頭を出すように、眼鏡をかけた白髪の老人の顔が現れた。後の会話で80代後半であることが分かったが、動作は機敏で、口調も早い。

「あ、鍼灸の先生ですね?さあ、どうぞどうぞ、狭い家ですけど中に入ってください。」

障子戸の奥は茶の間で、テーブルが真ん中にある。テーブルを囲んで人が座れば、他には何も置けないくらいの狭さ。でも、昔はどこの家もこのくらいのサイズだった。このくらいで十分なのである。それなのに、最近は大きな間取りの家ばかりになってしまった。だから、この家の主人も言い訳をしなければいけなくなった。

イスに老婆が座っていた。洋間用のイスであるが、テーブルは和室用なので膝くらいの高さしかない。テーブルの上には水槽が置いてあり、金魚が数匹泳いでいた。イスから金魚を観察するにはちょうどいい高さかもしれない。

「婆さんです、先生。お願いしたいのは婆さんなんですよ。でもね、もう、私が誰かも分からないんです。」

それが、柴田朋子さん(仮名)との出会いだった。

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