山下リツ子さん(仮名)からは、いつも突然に、電話が来る。

「今、空いてる?」

不思議といつも大丈夫。家が近いから、こちらの動きを見ているんじゃないか?と思うくらい。

苦しいのは、いつも腰。片足に坐骨神経痛の痛みが走る。これがひどくなると、私に連絡が入ることになっている。

でも、この日は違っていた。肩が苦しい、と言う。部屋を見まわして合点がいった。作りかけの木目込み人形が三体もある。ほぼ出来上がったサル、半分くらいのサル、全然手つかずのサル。まるで日光の三猿だ。

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「木目込み人形作ってるんですね?」
「そう。干支だから正月には間に合わせないとね。日中はお客さんが来るから、夜仕事にしてるんだよ。途中でやめたくないからね。」

彼女は80歳。開業当初からのお客様なので、60代からのお付き合いになる。その頃は御主人も健在。娘さんが二人いるが、北海道と大阪に嫁いでいるので二人暮らし。時折見せてくれる写真の中のお孫さんも小さかった。もう、今では御主人の方が遺影となってしまったが、お孫さんはそれぞれ所帯を持っている。

「二人の娘のところに、毎年、干支の木目込み人形を送ってたんだよ。どっちの家も十二支揃ってホッとしてたら、今度は孫が所帯持ったからね。孫の家にも送らないといけないでしょ。早いところは卯年から、その次のところは巳年から揃ってるけどね…今年から始まったところもあるから、今年から3つ作らないといけなくなった。でも、どこまでそろえてあげられるかね…(笑)」

年を取るということは、日々、自分の体の衰えに気づくことでもある。その衰えに合わせて、自分の楽しみを削っていくという生き方もある。しかし、多少無理をして動かしていないと、体はその衰えを加速させていく。

言ってしまえば、作らなくても誰も困らない人形。リツ子さんが手にした時間ほど、見つめていた時間ほどには、娘さんも孫さんも、その人形を手にしたり見つめたりすることは無いのかもしれない。

そんなことはリツ子さん自身、ちゃんと承知の上なのだ。それでも彼女は作る。夜更かしをして、疲れをため込みながらも、自分のできることに没頭する。

生きがいなんて、探しても、もう見つからない。自分で作るしかない。そして、親が設定したその幻想に、子は付き合ってあげるべきだ。それが孝行というものだ。

リツ子さんの笑い声を聞いて、奥から娘さんが現れた。何度かお会いしているが、北海道の娘さんなのか大阪の娘さんなのか、未だに見分けはつかない。

「明日、大阪に帰るんだから、一つお願いしますよ。今晩じゅうに。」と娘。

「せっかくほぐしてもらったのにね。また、凝ってしまうね。」と、リツ子さんは嬉しそうにつぶやいた。

*** My client is making three dolls, for her daughters, her grandchildren, and herself. ***

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