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演劇 に参加中!
宮沢賢治作「税務署長の冒険」を昨年に引き続き、見てきました。

まず、昨年の復習

入り口でお花を渡して、パチリ。


上演が終わってからは、UFO harp に夢中になり、楽士の平島聡さんに教えていただきました。


今回は、前回の朗読形式に代わって、一人芝居の形式で上演して下さいました。


↑左の男性が楽士の平島聡さん(2015/8/9 14:41)

上演が終わってからは、お芝居の中の聴衆の笑い声役を演じた「笑い転げる猫」に夢中になりました。




シンガポールナイトのマスターと(2015/8/9 14:32)

交通や通信の便が悪かった昔、トケウ(東京)と地方の隔たりは想像できないほど大きなものだったことでしょう。

『ベコの「う」、ビッキの「か」』という話を思い出しました。

明治政府に押し付けられた近代教育が始まった当初、牛の絵を見せて、先生と一緒に「牛の「う」」と皆で叫んで「う」という音や文字を覚えるという授業が行われたようです。でも、山形では牛を「うし」とは呼びませんでした。「ベコ」と呼びました。ですから、牛の絵を見せられて「う」と叫んでも何の意味も無い。そこで苦肉の策として、牛の絵を見せて、みんなで「ベコの「う」」と唱和するという奇妙な風景が見られたのです。

同じように、「か」を教えるために蛙の絵を使いますが、蛙は「ビッキ」と呼ばれていたので「ビッキの「か」」と唱和したとのこと。

トケウの事情で決まった政策が地方に強要される。趣旨が説明されない、あるいは説明しても理解できないという状況。それでも強引に押し付けられる。

昨日まで、当たり前のようにやっていた、最大の楽しみだった酒の自家醸造。それが突然ダメだという。アメリカの禁酒法に右ならえした政策のようで、世界の潮流ということなのでしょうが、そんなことは東北の山村には全く関係が無いことなわけです。

だけど、やらなければいけない。丁寧に政策の趣旨を説明するという過程を端折ったことにより発生した滑稽な事件が、『ベコの「う」』であり『税務署長の冒険』なのだと思います。

もっとも、丁寧に政策の趣旨を説明するという過程を端折るのは、交通や通信の便が格段に良くなった今日も続いているようではありますが。