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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「自己を創造するー学年の枠をのりこえて」(p391〜561)の「子どもの商品価値を高める教育」(p392〜414)を読みました。(小林教室収蔵

《以下引用(p393)》
なんだか会社がおかしいと感じ始めたのはいつごろからだったろう。まだそれほどの時間が経っていないようにも思うが、わかい社員が機械の歯車になることを当たり前のように受け入れて、「会社の仕事」にわだかまりなく動きまわる姿を現に目にすると、おかしくなり出してからずいぶん経ったような気がする。バブル崩壊とともに、終身雇用の制度が疑われだして、かわって能力別人事考課なるものが登場した。課長、部長という名称は横文字の言い方になって、きのうまで役職についてわかい社員に教育をほどこしていた役職者が無役の社員としてそこにいる。失業率が上昇して、どこの会社も大量採用を手控える一方で、一時的な景気回復にあわせて必要なときに必要なだけの人員を確保できる態勢をとるようになった。会社内の人の関係になにか落ち着きがなくなっている。そのためなのだろうか、その会社がほんらい集中して注力しなければならない研究業務が会社の隅においやられてしまった。
《引用終り》

この変化は、私も会社員時代に感じました。入社当初は社内のモラルの中にいわゆる「徳」のようなものが含まれていたのですが、いつの間にかそれが消えてしまって、ただ忙しく立ち回ることだけが珍重され始めたような気がします。そしてそれに気づき始めた頃から、会社組織や上司を尊敬出来なくなったような…。

《以下引用(p408)》
いつから社会は、また会社はこうなってしまったのだろうか。モノづくりにかかわらない人、研究に従事しない人が会社にふえたことがその原因の一つであることはまちがいがない。しかも、持ち株会社などが解禁になったことから、そうした人が権力を持つようになった。このために「会社の仕事」がますますふえ、柳の下の商品が町にあふれるのである。

「つくる人ーつかう人」のシンプルな関係のあいだに、ヌエのように形をもたない「会社の仕事」が入りこむ。「つくる人」は「会社の仕事」をするようになると、しぜんと「つかう人」からはなれだす。大きな組織になればなるほど、実際にこの商品をつかう現場からとおくはなれた位置に立たざるを得なくなるのだ。まさに、商品の使用価値は見失われ、交換価値だけが世の中でうごき出す。このありさまをさらに高いところから見下ろしながら、「会社の仕事」は十年一日のごとく、きょうもまた何事もなかったかのようにすすんでいる。
《引用終り》

ただ売ることだけしか考えていない「会社の仕事」で、果して教育ができるのか。

《以下引用(p406)》
教育の「方法」とは、生徒が学習するにあたって、その思考活動をどんな道筋でおこなっていくべきかを示すものである。方法は方法であって、これ以上ではない。学ぶものが教育によって得るものまで強制することはできない。しかし、その学びの道筋については、提示をして、このまま進んでまちがいはないよ、と言ってあげるべきものなのだ。…

…教育は生徒にクスリを与えれば済む世界ではないのである。処方箋を出せば医療が終了と考える医者はいない。患者の来し方行く末までつづく一筋の命を看ながら施療をおこなうはずなのだ。教育は裁判の裁定でもない。裁断と指導はあいいれない。裁断をうけた人はふかくみずからの罪を悔いて首垂れるだろう。しかし、教育にあっては、生徒は「指導の現場」からみずからの足で一歩を踏み出し、あゆみ出すのである。そこに道筋をつけるのが教育の「方法」なのだ。
《引用終り》

会社は「会社の仕事」をするしかないのかもしれません。指導者は幸いなことに会社の人間ではありません。ですから、教育の「方法」を行うことができるということになります。

《以下引用(p410)》
人は人生のなかで何回も進退きわまる岐路に立つ。そのとき、最後には自分にとって望ましいカードを引くか、それとも、自分以外の他者にとって役立つカードを引くかで道が分かれる。これは、りっぱな社会人になるとか、社会に貢献するとかといった一時代前の道徳の話のことではない。生徒自身が学びのなかで、いつも経験するのが、この岐路に立ったときの自分を賭けた選択なのだ。教育が相手にするのは、自分を超えた一点でものごとの解決を図らなければ活路が見出せないといった局面での話のことである。「教えるー学ぶ」関係は、まさに情報を超えた場所で成り立っている。
《引用終り》


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