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「神秘主義の人間学」(法蔵館)「第十章 劉一明」(p197〜220)を読みました。

《以下引用(p201)》
では、色身(rupakaya)と真身(dharmakaya)の相違は何に依るのかというと、炁(エネルギー)の流れに依る。ここで中国道教(仙道)の重要な三つの概念(三宝)、精・炁・神についてまとめて説明しておくのが分かりいいだろう。

まず、神は精神(こころ)の機能、炁は生命エネルギーと解しておこう。しかし、神炁といっても先天(真)と後天(仮)の違いがあり、道を修し、悟り(成仙、成仏)に至るには先天の神炁(元神、元炁)に依るのでなければならない。炁について言えば、ひとつは誰もが生まれながらに具えている先天の炁で、陰陽五行を含む先天虚無真一の炁とも言われる。これが仙仏の種子であるのだが、いまだ錬成を経ないと陰陽分裂して後天の炁、つまり性エネルギーと化し、一方、神は道心と人心に分かれ、遂には後天私欲の人心が欲情に走るにおよんで精は外へと流れ始める。従って、精は性中枢が刺激をうけることによって走泄する後天の炁と考えておこう。

炁が動いて精となり、神(こころ)の赴くにまかせるとき、自然の造化に従って新しい生命(色身)が生まれてくるが、おしむらくは永遠不滅ではない。これを順造化の道、あるいは人道という。一方、もし神を以て精を迎え、錬成を加えるならば精は化して炁となる(煉精化炁)。この炁を仙仏の種子としてさらに温養するならば、あなたは死すべきもの(色身)から不死なるもの(真身)に行き着く。これを逆造化の道、あるいは仙(仏)道という。ところが世の人はあげて順造化はよく知っているけれども、逆造化については全く知らない。その結果、人は生老病死、輪廻して息(や)むことがないのだと劉一明は言う。
《引用終わり》

順造化のみの傾向は、現代の方が激しいと思われます。

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