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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「自学自習と教材の力」(p229〜389)の「たった一人ではじめる教室改造」(p252〜272)を読みました。(小林教室収蔵

教室改造に関して、これまでのことが総括されている感じです。

まず、マニュアルについて。マニュアルには、指導者自身がつくるマニュアルもあります。
《以下引用(p255)》
思い入れがある分、こっちの方が、始末がわるい。方法とは主体が真理と考えた世界につうじる道筋のことである。思想と考えてもいい。この思想がちがえば、いくら形をまねても、思いどおりの教室にはならない。しかし、一度やると決めたのだから、そうはやめられない。自分なりの理屈をつけて、自分流のマニュアルにこだわるから、生徒はおおいに迷惑である(公文氏はこれを「下手(蔕)は下手(蔕)なりに固まる」と言った)。
《引用終り》
マニュアルについては、この記事も参照下さい。

次に、レイアウトについて。
《引用(p257)》
斉田先生の教室のレイアウトは、8〜9の島形式である。島とは二つのすわり机をくっつけてテーブルのようにしたものである。ここにアシスタントが一人、生徒が5〜7名すわる。先生は教室の前面にイス机にすわってかまえている。アシスタントは採点をしながら、それぞれの生徒の三つの「ちょうど」を看る。先生は「ちょうどにする指導」をおこなう。
《引用終わり》
レイアウトについては、この記事も参照下さい。

そして、指導の点検について。
《引用(p266)》
…指導の点検において進度調整するときに注意を要するのは、次の点である。あくまで学習の見通しをより高くするためにおこなう指導の点検だということだ。この点をおさえておかないと、指導の点検の名のもとに生徒に対するペナルティの濫発になってしまう。…

本来、指導の点検とは指導する側に求められる義務である。生徒が悪いわけではないのだ。…
《引用終わり》
生徒の可能性を大切にする指導の点検については、この記事を参照下さい。

《引用(p267)》
生徒の能力が途中で変化したのを見逃していたのか、または、みずからの指導が徹底できなかったのか、こういう反省が指導の点検にむすびつくのである。生徒の学習態度がなっていなかったとか、こちらの指示どおりに生徒が動かなかったとか、生徒のせいにすることではない。このような状態にしてしまったのは、すべて指導者のほうに原因がある。…

一般の塾でも学校でも、こうした意味での指導の点検はしない。塾などのテスト攻めの授業形態の場合、指導の点検は起こりようもない。点検の必要がないのである。テスト結果は生徒個人の能力差であり、ひとえに生徒の責任なのだ。テストでは実施者が責任を負うことはない。学校もまた、指導する側に責任が発生しない場所である。なにせ、学校は学力だけを養成するところではないから、学力に多少の差が出ても、しぜんなこととして何事もなくとおりすぎる。「学力が低いのに、かれの運動能力はすごい、クラスを引っ張る行動力はめざましい」、指導の責任を棚にあげた、こうした評価で済んでしまう。
《引用終わり》

《インデックス》

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