ブログネタ
★くもん・公文・KUMON★ に参加中!
「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「自学自習と教材の力」(p229〜389)の「しつけか準備か」(p241〜252)を読みました。(小林教室収蔵

《以下引用(p242)》
しばしば、足し算の筆算は位の大きい方から解くべきだとか、約分は最大公約数を見つけて一回でやるとかいった指導を生徒に求める指導者がいる。これまでに経験した優秀児がそうしていたからだという。
《引用終り》

これは「しつけ教育」に近く、作法を強制的に教え込む面があるように感じられます。

《引用(p243)》
しかし、自学自習は「教えない」のだ。公文氏が「教えて教えて教えぬく」といった真意は、もちろん、自学自習に導くための方法を教える、その生徒が自学自習できる道筋を「教える」という意味であった。優秀児がしたとおりにするべき、などとは一言も言っていない(じっさいそのような方法をとらない優秀児はいくらでもいる)。

自学自習を指導する、ということは、その生徒がとても自学自習できないやり方を強制することではないのだ。決まった方法があるわけではない。自学自習できる方法はその生徒にとって限られたものである。その限られた方法をつかって学習をおこない、そして、そのやり方を越えていく。そうすることで、生徒はじょじょに自学自習を身につけていくのである。手際のいいやり方というものはある。しかし、その手際をおしつけて、手際をわるくする必要はないのだ。

自学自習を指導する方法と、「しつけ教育」との違いは明らかである。約分は一回でできなくても、イコールを重ねるところから入って、この生徒の自学自習への入り口がこれなら、それでいっこうにかまわないのだ。
《引用終わり》

先日テレビで見たDaiGoのメンタリスト勉強法を思い出しました。

例えば、間違ったら消しゴムで消さないで残しておく。DaiGoいわく、間違いは自分の脳が辿りやすい思考だからまずそれを出発点として覚え、その方法のどこが間違っているかを覚えた方が、回り道をすることにはなるけれども忘れない、ということでした。公文式では消しゴムで消すように指導することになっているので反することになるのですが、斉田先生は間違いを消さないで正しい答えを赤ペンで書き加えるように指導しているそうで、DaiGoの勉強法と似ています。ちなみに、私も学生時代はそうやっていました。

難読漢字を覚える方法として、その漢字を見たときにイメージしたことを大切にして、それを基に覚えるというものでした。自分しか知らない友だちの癖をイメージしたら、それを出発点にしてイメージを広げ、正解の読み方につなげていくのです。他の人には全く訳がわかりません。でも、それだから本人にはインパクトがあって忘れないのです。ちなみに、私もツボを覚える時にはこれと似た方法をやっていました。

いずれも迂遠なルートを辿って正解に行き着くわけですから手際は悪いわけですが、これを何度も繰り返しているうちに、いずれストレートに行くようになったりするものです。これが「そのやり方を越えていく」ということだと思います。

《インデックス》

◆◆◆公文式小林教室◆山形県東根市◆◆◆