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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「これからの教室はどう創るか」(p133〜228)の「見通しは指導の命綱」(p192〜215)を読みました。(小林教室収蔵

学力診断テストを用いた「見通し」の他に、斉田先生の教室では、もう一つ別の「見通し」があるそうです。

《以下引用(p210)》
しかし、ここで述べるもう一つの「見通し」はちがう。きょう学習した分をふくめ、直近の学習状況を判断材料にする「見通し」である。きょうのこの力であるなら、宿題分もふくめて一回で自学自習できるところまでを前もって生徒にわたすのである。もちろん、この生徒のきょうの学習からすれば、以前に学習したここを再出発点にして一回とおしの学習にしたほうがさきの学習に役立つ、こう判断する場合もある。いずれにしても、個人別ではあるが、教材の枚数にして20〜30枚の、短期の「見通し」を立てて、教材渡しを先生はさきにしているのだった。もちろん、長期の「見通し」とこの短期の「見通し」は無縁ではない。先生の頭には、さきの長期の「見通し」以上の進度を達成するためには、二ヶ月後にはこの教材まで進みたいが、そのとき、この「見通し」を上回るチャンスをつねにねらっている。これなら、このままさきに進める、はじめに立てた「見通し」もはるかに越えていく、これが可能になるかならないか、先生のいつも念頭にあることなのだ。長期の見通しとのかかわりは、どちらかといえば、「上から下への見通し」の実現イメージ。しかし、この短期の見通しは、きょうのこの教材の学習から判断して、ほぼ一回ですすむ2〜3週間分、20〜30枚を想定して教材をわたす、いわば、きょうこの日の学習から判断する、「下から上への見通し」である。
《引用終り》

「(飛んでくる)ボールが大きく見える」「ボールがゆっくりに見える」「ボールのこれからの軌跡がはっきり見える」…球技のスポーツ選手が絶好調のとき、こんな言葉をよく聞きます。

こういう瞬間は、スポーツに限らず、学習においてもあります。今まで何度やってもピンと来なかった問題が「何だ、こんなことだったのか!」と思う瞬間。「この要領で良いのなら、この先はこうじゃないの?」と先の問題をやってみると、ドンドン解ける!自分は天才なんじゃないか?と思う瞬間。

この「自分の可能性に気づいた瞬間」を放置してしまうと、それは「単なる錯覚」に終ってしまうのです。だから、そんな勿体ないことは断じて避けなければならない…。

しかし、この瞬間は、同じ教材をやっていても訪れる箇所は人によって違うし、ゆえに当然ながらタイミングもまちまちです。

だからこそ、個人別の自学自習が必要なのであり、一斉に進む講義形式ではダメなのです。

斉田先生の教材先渡し方式は、指導者の仕事量を減らすというメリットもありますが、決してそれが狙いではありません(本書をご覧ください)。

《インデックス》

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