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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「これからの教室はどう創るか」(p133〜228)の「見通しは指導の命綱」(p192〜215)を読みました。(小林教室収蔵

「見通し」を、教材の学習回数を設定することだと誤解している指導者が多いと指摘しています。

《以下引用(p203)》
その教材をくり返して学習したほうがいいか、さきに進むべきかを決めるのは、その日の学習において指導者の指導とこれに応える生徒の学習との関係性から決定されるものであるにもかかわらず、学習するまえから、ここは三回、ここは四回と決めておくのは、「見通し」でもなんでもない。第一、そんなことはできないのである。しかし、教室の運営上、まえもってこの「進度グラフ」を決め、なにか支障があった場合にだけ教材の組み換えをおこなうという指導者は多いのだ。…

「見通し」とは、学習枚数をはじめ、学習回数、標準完成時間など、日々の指導において可変になるさまざまな条件をすべて、カッコにいれて捨象したうえで決めるものである。そうして、そうした能力のある生徒一人ひとりの「見通し」を実現するために、生徒にかかわるさまざまな条件を戦略的に工夫して指導によって克服していく、その目標値が「見通し」なのだ。たとえば、家庭での宿題がいろいろな都合でふつうのようにはなかなかできないという環境のわるい状態におかれた生徒であったとしても、いうまでもないが、能力が同じならば、家庭環境のいい生徒になんら引けをとることなく、その「見通し」は達成できるし、達成できるように指導しなければならないはずである。
《引用終り》

キャリアを重ねるごとに、日々の仕事をルーチン化し、マニュアル化し、オートマチックに進めていきたいという抗しがたい衝動に駆られるものです。どんな業種でもそうだと思いますが、そうなった瞬間からその仕事は死んでしまうのです。単なるくり返し作業になってしまいます。

《インデックス》

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