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「神秘主義の人間学」(法蔵館)「第三章 エックハルト」(p51〜69)を読みました。

《以下引用(p60)》
存在の逆説を理解できない者のみが、この地上に縛られ、偽りの円環(時間)を廻り続けるのだ。さらに不幸なことは、この逆説を省みることのない者が、途方もない人類の恒久平和を口にしたり(私は平和であってはならないと言っているのではない。そういうことが不可能にされた存在のメカニズムの上にわれわれは立っていると言いたいのだ)、意味もないところに、もっともらしい意味を捏造し、この世をソフィスティケイトし続ける奇妙な人々がいることだ。そのためには神をも利用する詭弁に満ちた生の理解が、人間を誤った方向に導くとしても何の不思議もない。人類は確実に危険な方向へと辿りつつあるのだ。
《引用終わり》

以前、「本当はどっちだ?」というのを書きました。「本当」という言葉には「絶対的な真理」のような響きがありますが、実際は極めてあやふやなものなのです。

この世は平和が保たれるのが「本当」だと捉えれば、平和でない現実は極めて悲惨な状態であります。人間の頭で考えることを「本当」だと捉えれば、理不尽な現実は極めて不愉快な状態であります。

しかし、「そういうことが不可能にされた存在のメカニズムの上にわれわれは立っている」と捉えれば、理想的な「本当」を望まない中での次善の策を模索することはできるのではないかと思います。

《インデックス》