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先日、ある公文式の講習で、興味深いプリントを頂きました。算数で、早く習うことと後で習うことの関連を図示したものでした。

例えば、36+5=41 という足し算も、九九の6の段を習った後であれば、「36は六六、それに6よりも小さい5を足しているわけだから六七42よりも小さい数になるはず」というような、別の視点が出来てきます。

筆算の足し算・引き算は、桁の少ないシンプルな足し算・引き算の組み合わせ。

筆算の掛け算は、桁の少ないシンプルな掛け算と、筆算の足し算の組み合わせ。

筆算の割り算は、筆算の掛け算と、筆算の引き算の組み合わせ。

これが、算数で出てくる整数や小数の四則演算です。で、私は理系でしたし、算数も出来が悪いわけでも無かったのですが、計算は遅いし、余り好きではありませんでした。スピードを求められる公文式なら、間違いなく能力の低い子に分類されたと思います。

分数に出会ったとき、「二階建てのややこしい数字が出てきた」とは私は思いませんでした。「これで割り算しなくて良くなる!」と喜んだのです。

分数を使えば、例えば「5÷3は?」と聞かれても、割り切れるとか割り切れないとか余りはいくつとか全然気にしないで二階建てにすればいいのです。「こいつはいいや!」と思いました。

「能力の低い子は先に進ませる」という指導法が公文式の中にはありますが、割り算の能力が低い私にとって、分数に進むことはむしろハードルが低くなることだったのです。

でも、やはり分数の四則混合演算になると、またまた面倒になってきます。最終的には二階建ての分数で済ませられるとしても、いくつも連なっている場合には通分して一つにしなければいけませんし、約分して既約分数にする必要があります。

やはり算数は面倒だ…と思っている私の前に現われたのが文字式でした。文字式に出会ったときの私の第一印象は「これ計算しなくていいじゃないか!」でした。「こいつはいいや!」。

それからというもの、日常的な計算をする場合でも、「○○をaとおいて××をbとおいて・・・」と文字式を立て、式を簡単にしてから実際の数値を代入して計算しています。

式の展開とか因数分解とか出てきましたが、これは余り不快には感じませんでした。これが数学の計算力なのだと思います。少なくとも私の中では、算数の計算と数学の計算は全く別物であり、前者は不快なもの、後者は快いものという歴然とした違いがあります。好みで分けるのもどうかと思いますが(^_^;)

ともかく、算数の計算力の低い私にとって、文字式の登場はまたしてもハードルが低くなることでした。

さて、そんな私が中学で、図形の証明問題に出会いました。これは、パズルみたいで楽しかったです。三角形の合同とか、相似とか、根拠を書いて、「ゆえに…」とやるのは、「犯人はお前だ!」みたいな痛快さ(例えが悪いか?)があって大好きでした。

でも、一方で解析幾何も習いました。そうすると、図形の証明なんてのは雲散霧消してしまいました。座標軸をあてはめれば、つまり三角形ならば3つの頂点の座標を比べれば、合同も相似もすぐに分かります。どことどこが平行か?とか探さなくとも良くなります。

「公文は計算しかしない」という批判があります。私はよく意味が分かりません。珠算塾ならば、あるいは算数の計算しかしないということがあるかもしれません。でも、公文式にはあてはまらないような気がします。

図形の証明問題も多くはありませんが、公文の教材の中にあるはずです。しかし解析幾何が登場すれば、数学の計算力で事足りるものです。それに、そもそも公文式は大学受験に照準を当てていますから、一時的に高校受験の時に必要になる図形の証明問題は最小限に留めているのは、むしろ気が利いていると私は思います。

一方、関数の式からグラフを図示させる問題は結構多くあります。数式を見て図形がイメージできれば、図形も計算力でカバーできます。というより、すべて数式の計算でカバーするのが数学だと私は捉えています。