ブログネタ
★くもん・公文・KUMON★ に参加中!
「現代ソフィスト伝」の第二部「三、学習以前の問題」の「1、学習態度ができていない(1973〜1978)」を読みました。(小林教室収蔵

この章は、学習態度ができていない子どもへの対策として、標準完成時間という考え方を導入する過程が描かれています。

《以下引用》
じっさい、かれらはできているうちは順調なのだった。しかし、あやふやなところが出だすようになると、極端に学習姿勢がくずれてしまう。やる気がなくなる。初めからできそうにないとあきらめてしまう。持続的に自分の力だけで解いていく力がそなわっていない。公が問題にした「態度」とは、これから先に出あうであろう学習課題を、自分で学んでいける自学の態度のことだったのだ。
《引用終わり》

わからないことに積極的に挑戦していく姿勢は養えないのか?これが課題になりました。

《以下引用》
子どもたちに、冒険的な学習の面白さをつたえたい。きっと、おもしろいはずだ。これまで味わったことのない面白さである。そのためには、どうするか。…

冒険的学習を身につけるには、それなりの作法がある。自分の力だけで進むという作法である。こうするからこそ、思いもよらない可能性の開示に出くわすのだ。学習態度の崩れの原因はこの自習力の訓練不足にあった。高校生、中学生のことだけではない。小学生にだって、幼児にだって、これは学習に必要な基礎体力の一つである。

教師は教えてはいけないのではない。自習できるようにする方法を指導しなければならない。正解を教えるのではない。正解にたどりつくやり方を教えるのでもない。では、具体的には、どうするか。「復習すべき箇所を教えてやる」…
《引用終わり》

学習態度ができていない子どもには「処理能力」をつけてあげる…。

《以下引用》
とにかくわかる教育、考える教育などと結構なことを言うより、作業が続けられるようにしてやることが大切である。やさしいところを枚数多くして作業量を増やしてやる。三分間しかできなかった子どもが四分間でき五分間できるようにしてやる。そして自習で進ませていく、このことが創造性を生みだすのに大切なことのようです。(『山彦56』1979)…

こうして、公は、学習態度の問題に、まったく数学とは別の切り口を提出したのである。「処理能力」、この力が学習態度の不安定な生徒には必要なのだ。だから、学習の出発点は、この「処理能力」を高めるために、その生徒ができる地点よりもさらに低い出発点にしなければならない。
《引用終わり》

この「処理能力」の個人差を測るために、「標準完成時間」が設けられ、時間で測るようになるわけです。

以下は私見ですが、この辺りの考え方を、お子さんも保護者さんもしっかり理解しないと、公文式で力をつけていくのは難しいかもしれません…というくらいに重要なことだと思います。

学習の出発点を低めに設定されて面食らう方がいらっしゃるかもしれません。「私はこんなにレベルは低くない!」「うちの子はこんなにできないのか?」処理能力を高めるために低く設定しているのであって、そうした方が加速度的にスゴイ伸びを示してくれるのです。

自分ができない難しい問題に最初から挑戦して、「できない、できない」と言い、「聞いても先生は答えを教えてくれない」という不満を抱いてる方もいらっしゃるかもしれません。でも、それでは自習力がつかないのです。

社会に出ても、難しい問題に出あったら、「できない、できない」と言い、「上司が教えてくれない」と言うのでしょうか?自分で調べ、自分で解決していく人しか、社会では通用しません。そのための訓練が公文式なのです。

明日のテストで良い点数を取ることが、第一目的ではありません。

《つづく》