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「現代ソフィスト伝」の第二部の「一、家庭教育の始まり」を読みました。(小林教室収蔵

公文公氏は、昭和28年から、大阪市立桜宮高校に勤めます。奇抜な行動で周囲と物議をかもしては職場を変えることを繰り返していたようです。でも、長男の毅さんは小学生。安定した生活が望まれます。かく申す私も。

《以下引用》
目の前にいる一人の学生に対して、公はいつもその当の本人のうしろにある「人間X」を見ていた。この「人間X」は、教える側にも、教えられる本人にも未知なものであるから、「可能性としてのX」、「潜在能力としてのX」と言っていいかもしれない。父と子との間の関係をこうした影絵のような関係として見る目を公はもっていた。…

教育は人がときに挑発的に表に出す「人間X」に焦点を合わせて始まるしかないものではないか。公は、もっと伸びろ、もっと広がれ、この父親をこてんぱんにやっつけろ、そのぐらいの気迫をもって親をも踏み越えていけ、と心のなかでわが子毅に言っていたにちがいない。父親のコピーなんぞであったなら、そんなものはワケなくひねりつぶしてくれよう。
《引用終わり》

父と娘はともかく、父と息子は、これでいいんだと思います。基本的に人間は負けず嫌いなはずですが、相手がわが子なら、負けるのもまたたまらなく嬉しいはずです。

公文式誕生の起爆剤となったのは禎子夫人の働きかけだそうですが、この方も教育には造詣の深く、戦前と戦後の教育を比較し、戦後教育の後進性に不安を抱いていました。

《以下引用》
禎子は奈良の教育での子どもたちの学習姿勢の質の高さをさかんに公に説いた。公は、禎子と話をして、自分で問題を作ることにした。…

公文家の家庭教育の要点はこうである。学校の勉強の予習復習が自分でできる力をつける。自分で予習復習する力をつけておけば、少々学校で質問に答えられないことがあっても、また、テストで失敗しても、かえって、そうした失敗は子どものためになって、はね返ってくる。(この考え方も変わっている。一般の塾などでは逆。プロセスはどうあろうと、とりあえず学校の成績をあげようとする。しかし、公の方法は当たり前のことだし、正論である。)学校の成績に一喜一憂して、なにもかも家で面倒をみるようではいけない。学力を安定させる学習の仕方をまず立て直すのだ。…

その計画とは次のようなものだった。
)萋半時間の勉強時間
⊂学校〔の〕成績向上を目標とせず大学の入学試験が解けるようにする。小学校の教科書を参照しない。
E喘罎濃澆瓩襪鳩になるのでいつまでも続ける。
ぐ貽分の問題を作成して子どもに夕食前に自習させる。私は夜採点する。まちがった箇所の説明は夜せずに、必要な注意を書いて渡す。
《引用終わり》

親の務めとは、自分を超える能力を子どもに習得させ、自分がいなくなっても自分がいた時以上の生活を子ども自身で築いていけるようにすることだと思います。

ですから、今食べる魚を与えることよりも、自分で魚を獲る方法を教えることの方がずっとずっと重要なわけです。

小学校の成績にこだわること、今度のテストの成績を上げることは、今日明日食べる魚を与えることです。自分で予習復習できるようにすることの方がずっとずっと大切なのです。時には、「逃げた魚は大きい」という悔しい思いもさせた方がいいわけです。

《つづく》