「新・人体の矛盾」の「2 背骨を訪ねて」を読みました。(小林教室収蔵

背骨の起源は、現在ではホヤの幼生に見られる脊索と考えられるとのこと。パイナップルのような、いわば植物と見まがうような生物の幼生(子ども)が、魚のような姿で泳ぐことができるというのは驚きです。

無顎類、板皮類、軟骨魚類の背骨で、やっと脊索を軟骨が包むという構造が見え始めるようで、これはシーラカンスの背骨から推測されること。硬骨魚類になって初めて、神経の束を硬い骨で包み込む構造ができることになります。これは、神経を保護するというメリットはありましたが、これによって脊柱管狭窄症を生む構造が出来上がったとも言えます。

ヒトの胎児の場合も、脊索から始まり、その周りに分節状の筋肉ができて、その分節に一致する場所に椎板という細胞集団ができ、この椎板が椎間円板と椎体に変化していくそうです。魚からヒトに至る背骨の進化も、およそこのようであったことでしょう。

進化史上、二足歩行を始めたのは恐竜だと思われますが、恐竜の骨盤は、股関節より後ろに、長い突起が張り出していて、ここと大腿骨との間に強力な筋肉があったと考えられます。直立ではなかった(姿勢が悪かった?)のですが、この強力な筋肉が背骨の傾斜を支えていたようです。だから、姿勢が悪くても腰痛は起きにくかったことでしょう。

直立二足歩行を始めたヒトの背骨は、下方の椎骨ほど太くなり、前後に湾曲を繰り返すなど、直立姿勢に対応した構造も見られます。しかし、椎間円板への垂直方向の加重は進化史上初の出来事であり、おのずと限界があります。これが椎間板ヘルニアの原因となるわけです。

《つづく》