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「瞑想の心理学」(法蔵館)
第三章「存在論―返本還源」の「生の源泉」を読みました。

われわれはどこから来て、どこに行くのか…その問いに対する答えは、多くの宗教で、同じ場所から来て同じ場所に戻ることになっているようです。

《以下引用》
このように宗教というのは、「どこからどこへ」という人生の根本問題を考える場合、本源、心源、法界、法性、原初、始源……と呼び名はさまざまであるが、あらゆるものがそこから現象してくる本源(諸法の本源)というものを想定していることが分かる。
《引用終わり》

「このように…」とは、イスラーム神秘主義(スーフィズム)やキリスト教からの引用を踏まえてのものですので、詳しくは本書をご覧下さい。

《以下引用》
以上、「どこから来てどこへ行くのか」という人生の根本問題に焦点を当ててきた。わずかな例で申し訳ないが、宗教はこの問題に早くから答えを出していたことが分かる。ただわれわれの耳に届かなかっただけなのだ。われわれはどこから来たのかというと本源であり、どこへ行くのかというと(正しくは、どこへ行くべきかというと)それもまた本源である。ところが、われわれ人間はこの本源と本源の間(あわい)で帰るべき永遠の故郷(法性の都)があることをすっかり忘れ、徒に生まれ、徒に死を繰り返しているのだ。
《引用終わり》

この本源に還り行くことを「返本還源」と言うそうです。次は、このことを般若心経のマントラから見ていきます。

《つづく》